<真っ白なきもち>
「なぁ、バターってこんなもんでいいのか?」
ケンツの大声が、居合わせたみんなの神経を逆撫でた。
「バカ! もう少し小さい声で聞けねーのか!?」
「あーっ! バカはないだろバカは!! どうせ俺達の他に誰もいないじゃねーかよぉ!!」
「いいからさっさと渡せって!」
と、バーツが少々苛立った声で、言い訳するケンツをたしなめた。
「ちぇっ! 勝手にしろよ! あーあ、こんなことなら洗濯でもしてりゃよかったかなぁ?」
すねる軍曹をよそに、不安を隠しきれない様子のロディ。
「なぁ、バーツ、本当に俺達だけで出来るのか?」
「大丈夫なんじゃねーの? あ、お前がいるから不安だってのはあるけどよぉ」
質問の答えがカウンターパンチとなってロディ自身に戻ってくる。
「こういう時、頼りになるのはフレッドだよなぁ?」
「そ、そっかな? えへへ!」
「ほーんと、どっかの兄貴とは大違いだな?」
「なにぃ! 俺だってちゃんと作れば…」
「わかったわかった。とりあえずバターまぜろよ」
「…」
しかめっ面のロディをよそに、バーツが本をめくる。
「えーっと、何なに…? 次は溶き卵? おいジミー、溶き卵、用意出来てるか?」
「う、うん…」
「はぁ。確かに用意してるな、『卵』は…」
溶いていないことを指摘すると、慌てて卵を割り始めるジミー。
「でも、なーんで俺が手伝わなきゃいけねーんだよぉ!?」
「どうしたんだ、軍曹?」
「俺だけチョコレートもらってないんだぜ?
「そりゃあ先につまみ食いしたからだろう?」
あはは! と、ロディの指摘に笑いながらバーツが話を続ける。
「あんときの女子連中の目、怖かったよなぁ?」
「そうそう。クレアやペンチが特に凄かった。たかが義理チョコでさ」
「本当に怒ってたんだよ、ペンチ」
フレッドがむくれる。どっちが怒ってるんだか。
「確かに悪かったけどさぁ、バレンタインデーだったなんて気付かなかったんだからしょうがねぇだろ!? もらえるもんだってわかってりゃ食ったりしねーよ!」
「あれ? 君達こんなところで集まって、何やってるんだい?」
「うわっ!!」
一同飛び上がる程驚いた。
「ス、スコットか… はぁ、はぁ…」
「おどかすなよ、まったく! 確か見張りはジミーじゃなかったか!?」
「ぼ、僕、これしてる、から…」
「卵割りながらでも見張りできるだろう!?」
「で、でも…」
こんなロディ達の慌てふためき様より、食堂に入ってきたばかりのスコットの方が余程目を丸くしていた。
「驚いたのはこっちだよ。男ばかりで何やってるんだ?」
「ほんと、男ばっかでキッチンにこもって何やってんのかなぁ?」
ブリッジでは、感のいいマキが、ロディ達の不審な行動に気付き始めていた。
「べっつに何でもいージャン? それより今日の食事当番、あいつらが変わってくれるってんだろ? ラッキー!」
シャロンが心底嬉しそうに話した。
「余計に怪しいじゃない? 普段文句ばっか言ってるあいつらがさぁ… わざわざアタイ達が中を探れないようにいろんな仕掛けをボギーにしていったみたいだし…」
「それもそうね?」
交代に来たクレアは、マキの言葉にいちいち納得した。
「さりげなくキャップに探りに行かせてみたものの…」
「あ、ここお願いね? …スコットさんはみんなが何してるのか知らないのかしら?」
カチュアと席を替わったペンチの問いに、まゆをひそめるマキ。
「そうみたい。男連中みんなで何かやるのかと思ったら、キャップとマルロは違うみたいなんだよねぇ…?」
「帰って来ないわね、キャップ」
カチュアは心配そうにつぶやくが、別にライオンに食われたわけじゃないのは誰の目にも明らかだ。
「でも、様子を見に行った方がいいかもしれないわね?」
皆、クレアの提案に乗りたいところだが… 元々ほぼ男子一同が食堂に集まっているのだ。
交代の時間とはいえ、うかつにブリッジを離れるわけにはいかないと、一同判断していた。というわけで…
「しょうがない。ここはひとつマルロとルチーナに頑張ってもらうか!」
「あ、ルチーナ、どうだった? 何かわかった?」
「…ううん、わかんなかったの」
「中は? みんな何してたの?」
「…みえなかったの」
「誰か教えてくんなかったのかよ?」
「…だれもおしえてくれなかったの」
「あら?マルロは? 一緒に行ったんでしょ?」
「…マルロだけ、なかにいれてもらったの」
大粒の涙を浮かべてしょげかえるルチーナ。
しゃがんで頭を撫でていたクレアが、すっくと立ちあがり、キャプテンシートに座る。
そして、おもむろに受話器を手にパネルを操作すると…
「ちょっとひどいんじゃない!?」
いきなりの大迫力。大声がブリッジにこだまする。
「あたし達に隠れて何をしたいのか知らないけど、ルチーナにくらい教えてあげたらどうなの!? えっ? そうするとあたし達に知られるから駄目!? それよ! 一体何をしているの? ブリッジを空けてまでやるべき大事なことなの!?」
「もっと言ってやりなよ、クレア!」
「そうだわ! 今、私達とっても大変なのよ!」
後押しにも助けられ、言いたい放題叫ぶクレア。
「そうよ、聞いてるの!? スコット!!」
「聞いてるよ… ああ、とにかく、ここは僕を信じて任せて… えっ? どうして信じてくれないんだ!? 仮にも僕はジェイナスの…」
あーあ、埒があかないなこりゃ…
スコットの頼りない艦内通話でのやりとりを見ながら、ロディが肩をすくめる。
「なぁ、女子連中、もう俺達が何やってるか、感づいてきてるのかな?」
バーツも同じように肩をすくめる。
「さーて、どうだか。とにかく、急いで作った方がいいな」
「よぉし、まかせといてくれ!」
ロディがバターと溶き卵のよく混ざったボウルの中に、さらに薄力粉を加えて混ぜる。
「しかし、結構面倒なんだな、これって」
「兄さん、変わろうか?」
「いいよフレッド。お前ばかりにやらせるわけには…」
「そんなこと言って、失敗したらどうすんの… あっ!」
禁句は身内が一番よく知っているはずなのだが、一番言いやすいのも身内だったりする。
一瞬、テーブルを囲む一同に緊張が走る。
「あのう、みんな…」
そんなクッキング中の輪の中に、艦内通話で疲れ切ったキャプテンが首を突っ込んだ。
ここぞとばかりに、
「ああ、スコットか。ちょうどいい。今日の晩飯作っといてくれよ!」
と、ロディがナイスな提案をする。ちょっとは株を上げたいのだろう。
バーツやフレッド、ジミーもうんうんうなずく。
「えーっ!? 僕がぁ!? だって、これを手伝う約束で…」
「晩飯だって立派な手伝いだろう? 女子連中に言っちまったからなぁ、俺達で晩飯作るって…」
「…わかったよ。晩御飯作ればいいんでしょ、僕が…」
最年長を納得させたバーツ、今度は最年少に目を向ける。
「さてと、マルロ、お前もスコットの手伝いだ」
「えーっ!? ぼくもぉ!? こっちのほうがおもしろそうなのにぃ!」
「今度暇になったらゆっくり作らせてやるから。な? それに…」
不満顔のマルロに、耳元でバーツがささやくと、急に張り切りだした。
「スコットだけじゃ心配なんだよ」
「なぁ、バーツ… これってなんかおかしいんじゃないか?」
突然ロディが相談を持ち掛けてくると、中身もわからないまま、またも異様な緊張が駆け抜ける。
「な、何がだ!?」
冷や汗まじりにバーツが聞くと、ロディが首を傾げながらボウルを手渡す。
「ほら… なんかちょっとかたいような…」
「そ、そうか? うーん、…かもな。何が足りないんだ?」
慌てて本をめくるバーツ。
「げっ! 単位が一桁違うんじゃねーか?」
「おーい、そろそろ、そっちの方は出来たのか? 出来てるなら…」
スコットの呑気な呼びかけに、苛立ちを隠せない一同が揃って叫ぶ。
「まだだっ!!」
ガーン! 足元がふらつくスコット。
「そ、そんな! こっちも手伝ってもらおうと思ってたのに!?」
一難去ってまた一難。
「なにぃ!? マルロは!?」
「ぼくのつくってた、えーっと、なんとかさらだ…」
「ツナサラダ!」
「そうそう、ツナサラダはできたんだけど、スコットおにいちゃんのほうがまだなんだって!」
「なんでもっと早く言わねーんだ!?」
焦りをみせながら周囲を見回すバーツ。
「バーツ、俺は手を離せない!」
そんなことは言われるまでもない。火に油を注ぐわけにはいかないのだ。
「何だよ! 足りないって言うからもう一度溶き卵作ってるとこだぜ!?」
ケンツの返事は、一緒に作業をしているジミーの返事でもある。
「じゃあ、僕があっちを手伝うよ!」
「ああ、任せたぜ!」
兄と仲良く粉を混ぜていたフレッドが、やはり一番頼りになる存在だったのだ。
「それでも間に合うかどうかだな…」
冷静な態度に見せているバーツに、ケンツが叫んだ。
「もうすぐ晩飯の時間になっちまうぜ? どうすんだよ!?」
「晩御飯の時間よ! 当然出来てるわよね!?」
クレアのトゲトゲしい言葉が男子連中の胸に突き刺さる。
「やだぁ、ちょっと何これ!?」
マキが頭を抱えるのも無理はない。
パラペコで入った食堂で、彼女達が目にしたものは…
「これ、おにぎりの、つもり?」
ペンチのきつい一言の通り、テーブルの上、ツナサラダの隣には不細工なおにぎりの山。
「いくら急いで作ったっていってもよぉ、もちっと何とかなんなかったのかぁ?」
あれほど当番を嫌がっていたシャロンだったが、言うことは言う。
それに対し、男連中はただただ上を向いたり口笛吹いたり目をそらしたり…
「これじゃ話にならないわ! 今からでもあたしが何か…」
立ち上がるクレアを慌てて制するケンツとフレッド。
「ちょ、ちょっと…」
ジミーまでもが彼女の前に回って首を横に振る。
「もういい加減にしなよ!」
「そうよ! ちょっとひどいんじゃない!?」
マキもペンチも怒り心頭。
「あたし達、ずっとブリッジでみんなの穴埋めしてたのよ!? その見返りがこれじゃ合わないわよ!!」
クレアのヒステリックな言動に慌てる男性陣。
互いに目を合わせたり、小声で何やら言い合ったり…
「きっと訳があるのね? でも、やっぱりお食事はきちんと作ってもらわないと」
カチュアも理解がありそうな態度にみせかけ、やはり責め立てる。
「おなかすいたぁ…」
「いいわ、わかった。食べればいいんでしょ!」
あまりにひもじい声でルチーナがせかすので、仕方なくクレアが率先しておにぎりの山に手を出した。
何のかんの言っても育ち盛り、食欲にはかなわないらしい。
「うーん、ちょっと塩が多い気もするけど、食べられなくはないわね?」
この一言に安心したのか、
「しょうがない。アタイも…」
と、諦め顔のマキに続いてカチュア、シャロン、ペンチも食べ始める。
「あら?」
「案外うまいかも? いやいや、やっぱにぎり方がなってねーなぁ?」
「…」
ペンチの口には合わないらしい。さすが、根が「おフランス」な少女だ。
で、いざ食事が終わってみれば、山と置かれてあったおにぎりはすべて無くなっていた。
その、満腹感で一息ついた彼女達の隙をついて、ロディとバーツが俊敏な動作で彼女達の手を引き、食堂から追い出す。
「ちょ、ちょっと、何なのよ!?」
無常にもドアはあっさり閉められた。
「もう! あなた達、何かうらみでもあるの!?」クレアの罵声が飛ぶ。
「何があったって知らないんだからね!!」マキもおかんむり。
「明日の朝もオメーらでメシ作るぅ? 勘弁してくれよぉ!」と、シャロン。
「おかしいわ、絶対。何かあったのかしら?」満腹のカチュアは案外怒っていない。
「何かを作ってるみたいだったけど…」ペンチもカチュア同様怒るよりも疑う方だ。
「でもおいしかったよ?」ルチーナにはちょうどいい食事の質と量だったりする。
女子一同を追い出した後、男連中が食堂のテーブルを囲む。
いわゆる残り物の整理である。
「なぁ、このおにぎり… おいしいか?」
ケンツが、ばつの悪そうな顔で一同に問い掛けた。
「ぼ、僕はまあまあだったと思うけど、形と握り具合がちょっと、ねぇ?」
「フレッドのせいじゃないさ。それにしても…」
そう、フレッドをもってしても、調理が間に合わなかったのだから仕方ないのだ。
というわけで、結局全員で適当にこさえた不格好なおにぎりとマルロの職人芸的ツナサラダだけが食事の内容となってしまった。そこで当然、
「まいったなぁ… クレア達、随分怒ってたな?」
という、ロディの心配もあながち的外れではない。
「当たり前だろ? あーあ、スコットがちゃんと晩飯作っててくれりゃあなぁ…」
「ぼ、僕だって頑張ったんだけど、その、時間が…」
「でもぼくはちゃんとできたよ?」
「あ、あのねぇ!?」
「マルロと言い合ってる場合じゃないだろっ!?」
「わ、わかってるよ… みんな食べたな? さてっと」
バーツにたしなめられ、スコットは渋々キッチンへ皿洗いに向かう。
同時にケンツとジミーもキッチンへ向かう。
「冷蔵庫開けられたら全部バレちまうからなぁ」
「う、うん…」
そんな会話を交わしながら二人が食堂のテーブルまで運んできたのは、先程ロディ達がドタバタしながら作り上げた生地だった。
生地は打ち粉の後棒状にまとめられ、ラップに包まれている。
満足げに頷くバーツ。
「30分、ちょうどいいんじゃねーか? この本にも冷蔵庫でかためるのは30分くらいって書いてあるぜ?」
「さぁて、いよいよだな。フレッド、切っていこう!」
「うん!」
兄弟仲良く生地を切り始めた。
「ふぅ、やっと後片付けも終わったよ」
「ちょうどいい。スコット、こっちも焼けたぜ!」
皆で作り上げたものを囲む。
「ちょっと焦げてるけど… それじゃあ試食会といくか!!」
皆が手を伸ばす。
「…うっ!」
皆が口の動きを止める。
「うわっ、まずーいっ!!」
マルロが露骨に嫌がった。
これを皮切りに、のたうち回る男達。
そんな中、やはりキャプテンとしての責務からか、スコットが立ち上がる。
「どうするんだ君達! えっ? 一体僕達はこれからどうすればいいんだっ!?」
「…やっぱ作り直すしかねーだろうな」
「う、嘘だろう、バーツ?」
「しょうがねーだろ!? でなきゃ当番代わってまでやった苦労が水の泡になっちまうんだぜ!?」
「そうだ! 義理でも何でももらったチョコレートにはお返しするのが筋だ!」
ロディもバーツの意見にのった。
「もう、誰だよ! プレーンクッキーなんか作ろうって言ったのは!? やっぱこんな短時間で出来るわけねーんだよっ!!」
ケンツのうなり声も、もうみんなの耳には届いていなかった。
「塩が多過ぎたのかなぁ…?」
「こげてるから…」
フレッドもジミーも既に今の状態を「イエロー警戒態勢」と認識していた。
「はぁ、この先まだまだ長丁場かなぁ?」
スコットのつぶやきが、そのまま彼らの運命を決めた。
というわけで、またも不格好なおにぎりと、ちょっと豪華になったハムたまごサラダの朝食後、目を真っ赤にして、どこから見ても眠そうな顔の男子全員から、女子一人ひとりに質素な袋に包まれたクッキーが手渡されたことを報告しておこう。
終わり