<雪が舞う街角で>
「なぁ、ロディ。お前どうしてもこの町を出るのか!?」
バーツが、そっとロディの肩に手をかけた。
「わざわざ俺をここへ呼び出したのは、そのことだったのか」
ロディは静かにバーツから離れ、自分自身に確認を求めるかのように、目を閉じたまま答えた。
「前にも言っただろう? 東京の大学を受けるって」
歩道橋の上、まだ夕陽は遠く山の端にかかってはいなかった。
「最後の追い込みだってのはわかってる。悪かったな。でも…」
行き交う人波を背に、二人はまぶしくない夕陽を見つめる。
バーツは手すりに右ひじをつき、鋭いあごを右手で支えていた。
「大学ったって、こっちにも結構たくさんあるだろ? 何も東京に出て行かなくてもよぉ…」
両手を手すりに乗せていたロディは、手すりの支柱を軽く何回も蹴りつける。
バーツの気持ちは、わかりすぎるくらいわかっているつもりだった。
ふと、手すりから腕を引いた。力無くだらりとさがる両手。
「そうかもしれない。だけど、東京に行けば何かが変わるような気がするんだ」
「東京って言っても、何も変わりゃしないぜ? ここでだってやろうと思えば何だって…」
大きく腕を広げて説得するバーツ。
「いや、何か違うんだ、きっと」
自分に言い聞かせるようにつぶやくロディ。
改めて小さく握り直された拳には、彼の決意が現れていた。
だが、意外な言葉に出くわしたのか、バーツは思わず即座に聞き返した。
「何かって?」
「それは俺にもわからない。だけど、行ってみたいんだ。もう決めたことだからな」
すっと背筋を伸ばすバーツ。右手は手すりを握り締めていた。
「おふくろさん、辛いだろうなぁ」
ロディは人差し指を立て、バーツの前でかざしながら、自信なさそうに答える。
「フレッドがいるさ」
「そうそう、あいつ、来年は高校受験なんだって?」
ちょっと偉そうに、腕を胸の前で組んで、軽く肩を上げるバーツ。
「ああ。おふくろも、そっちのことで手一杯さ。ちょうどいいんだ。いつかは家を出る時が来るんだから。俺は俺の夢をじっくりと探してみるよ」
バーツに背を向け、肩をすかしてみせるロディ。
どことなく弱々しく見える背中を、親友は小さく叩いた。
「んなことねーよ。お前の事だって心配してるさ。なんたって親なんだからな」
いつの間にか、夕陽は沈み、代わりに足元に赤と白の光の流れが出来ていた。
「よぉ、少し歩こうぜ。お互いに頭が冷えるかもな」
バーツの提案に、ロディは黙って頷いた。
都会の喧騒に紛れながら、しばらく歩道を歩く二人。
ずっと黙っているのもおかしいと、バーツが先に口を開いた。
「それにしても、お前が大学になぁ」
「ちゃかすなよ、バーツ」
「いーや、絶対おかしいぜ。なんたって、あの『はなたれ』ロディがなぁ」
あはは! と、手を叩いて高笑いするバーツ。
だが、親友の気持ちがわからない程鈍感ではない。
すぐに自分の非を恥じて一言詫びた。
「そっか。真剣、だもんな」
逆に、ポンと肩を叩かれたロディは、少し楽になった気がした。だからこそ、
「別にいいさ、笑われても」
くらいは言い返せるというものだ。
また、会話が途切れた。
バーツは手をコートのポケットから出し、息をかけて暖めた。
「寒くなってきたな?」
ロディもわざわざ合わせるかのように手を擦りあわせた。
「ほんとだ。どっかに入ってコーヒーでも飲もう」
いきつけのハンバーガーショップへ入ると、二人とも迷わず値段の安いセットものを指差す。
大量に作り置きしてあったためか、二人とも注文のセットをさっさとその手に受け取ることができた。
席に座ると、露骨にレジを指さすバーツ。
「あのねーちゃん、可愛いなぁ」
対して、全然… と手を振るロディ。
「そうか? 俺は隣の子の方がいいと思ったけど…」
落ち着いてコーヒーを飲むと、カップを持つ手とコーヒーが入ったおなかからの暖かさが心にまで染み渡ったのか、気がつくといつもの態度に戻っていたようだ。
「ところでロディ、お前勉強大丈夫なのか?」
「大丈夫!」
「ホントかぁ!?」
「絶対に!」
自慢げに胸を叩いてみせるロディに、バーツは『奇襲』をかけた。
「すいへーりーべー」
「…ぼくのふね?」
「ひとよひとよに」
「ひとみごろ!」
「いいくにつくろう」
「鎌倉幕府… おいバーツ、いくら何でもそれじゃ高校入試レベルだぞ!」
すでにフレミングの指の形を完成させていたバーツは、慌てて手を引っ込めた。
「あ、俺を馬鹿にしてんな? 俺だって二次曲線くらいは書けるぜ?」
「数学得意だからな、バーツは。お前こそ大学に行って…」
そこまで言ったロディの口を、バーツは強引に自分のチーズバーガーをねじ込んで黙らせた。
「それは言わない約束だろ? うちのことはもういいんだよ」
「もご、ふご、ああ、そうだったな。あ、俺もチーズバーガーにすりゃよかったかなっ!?」
そう言いながら、シュリンプバーガーによるロディの『逆襲』の一撃が放たれた。
「むぐぐ…」
「あはは。さーて、全部食べたし、そろそろ出ようか」
「じゃあロディ、ルート3な」
「…」
ちょっとガッカリするロディだった。いや、いつものことなのだが。
しばらくウロウロとあてもなく歩き回っていたが、ふとバーツが気付く。
「そっか。悪いな、こんな遅くまで引き止めちまって。明日の朝、早いんだっけ?」
「ああ。じゃあ、そろそろ帰るか」
二人は同じ方を向いて歩く。
互いに割と近所に住んでいるのである。
すっかり陽は沈み、星も見えない夜空。
少し歩くと、立派な住宅街へと入っていく。
「なぁ…」
突然バーツがロディと肩を組むと、ふと思い出したかの様につぶやく。
「あの子のこと、どうするんだ?」
ビクッ!
ロディの肩が震えたのを、バーツはその手のひらで感じとった。
「大丈夫さ…」
「そうじゃねぇ、お前の方のことだ」
「俺の?」
驚いた、というよりは動揺している。
「ああ。新幹線で数時間ったって、そうそう逢えるもんじゃねぇし」
「別にいいんじゃないのか?」
「そんなもんか? ま、いいけど」
「そんなもんさ。そういうお前だって…」
「おっ! そうだ、ちょっと寄ってくか?」
話をごまかすためバーツが指差した先には小さな鳥居があった。
町外れの神社である。
「神頼みか… 悪くないかもな」
ロディもにっこり頷いた。
チャリン!
賽銭の10円をそっと右手で放り込むロディ。
「しけてんなぁ?」
「いいだろ? 別に」
パン! パン!
二礼二拍手の後もう一度深々とと礼をする。
これで一応、願いは届けたことになる。
「ま、叶うかどうかは知らねえけどな?」
「あれ、バーツ、こんなに低かったっけ?」
ロディはバーツの嫌味な言葉を無視し、社を見上げた。
「最近来てなかったからなぁ。ロディもそうだろ?」
「ああ。わざわざ来ることもなかったしな。でも、よくここで遊んだりしたっけ」
「そーだ、あそこに隠してるの、まだあったりしてさ?」
「やめろよバーツ、今見たら恥ずかしいだけさ」
「そうだな、それにもう無くなってるだろうからな」
T字路で立ち止まる二人。ここからは帰る道が分かれる。
「寂しく、なるな」
「そんなことないさ… あっ!」
ロディはそっと右手を前に伸ばした。
冷たい。バーツもすぐに気付いた。
二人して見上げる。
「…雪、か」
「珍しいな。去年は降ったっけ?」
「いや。暖冬だったからな」
「そうだっけ? ま、寒いはずだぜ」
静かに、厳かに雪が降る。
「じゃあ、な」
「ああ」
わざわざ大きくハイタッチをする。
雪が舞う街角で、二人は別々の道を歩いていった。
終わり