銀河漂流バイファム私小説 「真夏のロディ」 1.英雄の後日談  その日は、とても暑かった。  ただ暑いだけではない。  この海岸特有の蒸しあがった、うだるような暑さ。  馴れない者には容赦なく、長年住んでいる者にも手加減無用。  ただひたすら暑く、人々はのらりくらりと暮らす。  ここでは、そんな夏が当たり前だった。  ところが、この夏の道をわざわざ走り抜けなければならない少年 がいた。 「まったく… これじゃあ身体が持たないよ」  口調こそ柔らかいが、本当に迷惑そうである。  彼は一人で走っているわけではなかった。 「きゃー!」 「待ってーっ!!」  背後に押し寄せるは、海ならぬ女の子達の波。  彼にとっては、海に入った方がまだいい、とでも言いたいところ だろうか。  買ったばかりの白のサマーセーター、塩水に濡れるのも困るが、 引き裂かれてもやはりたまらない。  だがそうも言ってはいられない。  そう、彼は今や、パンツを持っていかれる程の人気なのである。 「ただスーパーにポテトチップスを買いに来ただけなのに…」  やがて彼は海岸通りを抜け、やむなく市街地へ入る。 「あ、いたわ!」 「サインしてぇ!」  黄色い声援が倍になる。  街の中へ逃げたのは、明らかに失敗だった。折り返した方がいい こともあるものだ。まっすぐな性格のつけがまわった。  ハンバーガー屋の角を右へ曲がって路地裏へ。  うまく逃げ切れた、かな?  そう思ったのも束の間。  彼は何故か濡れたマンホールの上で足を滑らせた。 「いてっ!」  尻もちをつきながら、表通りへと身体が投げ出される。  ついでにポテトチップスも。  だが、偶然にも追っかけギャル達が通り過ぎた後だったために、 人通りはまばらだった。  それでも気付く者がいる。それほど派手に転んだのだ。 「ふふっ、これじゃあ、英雄もかたなしね?」  そう口にした少女は、わざわざ彼に歩み寄り、しゃがみこんで、 どこか嫌味な笑顔を振りまく。  かなり不格好だったが、慌てて立ち上がる英雄。  その仕種はまだ落ち着かない少年のものである。  やがて、彼は普通に、至って普通に、少女に話しかける。 「君は…?」 「私、リンダ。よろしくね、ロディさん」  愛想良く見えるが、どことなく苛立ちを相手に植え付ける話し方 である。  ショートカットの金髪、青い瞳、すぅっと形良く通った鼻筋。  男物にしか見えないYシャツは自然と胸の大きさを隠し、細身の ジーンズも所々破れているせいか、迫力がなくもない。  下手をすると「美少年」とも呼ばれかねない。  実際、男と言われても誰もが信じてしまうに違いない。いい匂い を除いては。  さて、ロディと呼ばれた方の少年は、転んだときに打ったお尻を 手で押さえながら、そんな少女の顔をしばし覗き込む。  彼女の表情は笑顔には違いないのだが、どうも好意的と割り切る わけにはいかない、そんな雰囲気を感じとった。  あ、そういえば、名前なんか聞いてる場合じゃない!  冷静になった途端、とっさに思い出すこともある。  逃げなきゃ! また何されるかわかったもんじゃない!  経験則に基づいて慌てて立ち上がるロディに、リンダはそっぽを 向きながらも話しかけた。 「大丈夫。私はあんなミーハーな連中とは違うから。静かなところ へ連れていってあげるわ」  活動的な肢体が、ロディの視界から一瞬消え失せる。  探すのに手間はかからない。もう一度裏の路地へ入ればいい。  低い雑居ビル、古びた鉄製の非常階段を昇る。  5階分階段を昇り切ると、ロディはとてつもなく気持ち良い光景 に出会う。 「うわぁ、すごいな!」  思わず、いたみのひどい手すりに平気で寄りかかる。  その瞬間、潮風がロディの心と身体をすり抜けた。  左手に広がる半島も、先程いた場所の喧騒も目を惹くが…  眼下に広がる砂浜とその先につながる深い青。  逆に顔を上げると、入道雲を遠くにのぞむ、少し薄い青。  ここ、セントサフィニアシティは、空と海の街。  ビルの屋上はその両方の青を独り占め出来る場所だったのである。  周りの建物の低さも手伝って、彼は今まで味わったことのない、 青い色に取り込まれる自分を感じた。  まるで、あの頃が嘘だったみたいだ…  その自分の言葉に、そっと首を振ると、案内人に声をかける。 「ふぅ、暑いね。君、ここに前から住んでるの?」 「…あんたと同じくらいよ。つい数週間前に来たところ」 「えっ?」  ロディが驚くのも無理はない。  てっきり地元の少女だと思っていたからである。 「私もあのベルウィックの、第2ステーションから逃げてきたわ」  そうか…  彼女の言葉の後、ふと、寄りそう少女と少年の姿がロディの目に 浮かぶ。  やっぱり嘘なんかじゃないんだ。  彼らは、イプザーロン系への移住民だった。  ベルウィック、クレアドと順調に入植していったが、突如異星人 …ククトニアンからの攻撃を受ける。  ロディ達は、はぐれた両親に逢いたい一心で戦火の中潜り抜けて きた。  現在はククトニアンの反政府組織との和平交渉が進み、停戦状態 を維持している。  そして、結果的にロディ達は無事両親と逢う事が出来た。  二人を除いて、である。  また、逢いたいな…  今、彼はその二人に思いを馳せる。  方向などは関係ない。遠い空の果てを見つめればいい。  だが、晴れ渡る大空は、まだ星空を拒んでいた。  きょとんとしているリンダを前に、ロディが慌てて言葉をつなげ ようとする。 「あ、そう、そうなんだ。俺達はクレアドから…」 「知ってるわ。だってあんた、英雄だもん」 「? いや、そんなことないさ」  ロディはその「英雄」という言葉に、明らかに過敏に反応した。  態度に出てしまう性分は、話相手には何かと都合がいい。 「でも、英雄なんでしょ?」  確かに疑い様の無い事実である。  ロディ達は、4〜15歳の、たった13人で宇宙を旅してきた。 それも、常に死と隣り合わせの、命懸けの旅を。  この事実が、素直に彼らを一般市民の「英雄」に仕立て上げる。  当人達が受け入れるかどうかは関係なく… 「違う、そんなんじゃないんだ。それより君…」 「リンダよ」 「そう、リンダ、君はどこに住んでいるんだ?」  ぶっきらぼうな話し振りは、どちらも同じようだ。 「郊外、難民施設の第3地区」 「第3地区なのか? へぇ、案外近いんだなぁ? 俺んち第2地区 なんだ。これって確か、近いんじゃないか?」 「まあね…」  その、憂いを帯びた横顔に、ロディはある種の懐かしさを感じた。  なんとなく、似てるような…  いや、そんなはずないか。 「どうしたの、英雄さん?」  どこか、嫌味を含んだ言い回しでもあり、心の中を見透かされた ような気もした。すっきりしない気分になる。 「だから、俺は英雄なんかじゃない」 「でもこの街であんたを知らない人はいないわ?」 「好きで有名人になったわけじゃないんだ」 「だけど、もう立派な有名人。あんたに憧れてる人、多いわよ?」 「よせよ、そんな言い方。俺達は…」  その時…  ギューーーン!  耳をつらぬくような爆音とともに、戦闘機が3機、編隊を組んで 上昇していく。  言い合っていた二人も、思わず顔を伏せ、すぐに飛行機雲の先を 追う。 「何だか物騒だなぁ?」 「あんなのしょっちゅうよ。軍事訓練とか何とかでね」 「へぇ、知らなかったなぁ。俺達、昨日ここに来たばかりだから」 「近くに基地があるわ。確かラウンドバーニアンもあったっけ」 「停戦しているってのに、まだこんなことを…」 「本当に終わったの?」 「え?」  意外な言葉に、ロディは意表を突かれた。正確に問いかける事が 出来なかったのである。  逆に彼女は冷静そのものだった。 「英雄さんの戦争って、本当に終わったの?」  リンダはそう言い放つと、ゆっくりと首を横に振る。  そして、小さな英雄を睨み付けた。  それでもロディは何か言葉を続けようとする。  議論は決裂。  そう感じたリンダは、プイッとロディに背中を向けて、来た道を 戻り始める。 「帰るわ、私」 「待てよ、今言った言葉の意味を」  非常階段へ足を踏み入れた瞬間、彼の言葉を遮るようにリンダが つぶやいた。 「わからないでしょうね。ま、英雄なんでしょうけど、私はあんた のこと…」  彼女の去り際の台詞もまた、ロディには聞き取れなかった。  しばし、静寂の時。  そこへ、基地からラウンドバーニアンが一機飛び上がった。  背中にスリングパニアーを背負った、トゥランファムである。  その爆音が過ぎ、三度静寂が訪れた時…  もう少し、ここで眺めていたい。  ロディはごく普通にそう思い、当たり前のように海と空の境界線 をしばらく眺め続けていた。 2.凍りついたこころ 「へぇ、兄さんもすみにおけないね?」  暑さに耐えかねて、大きく開けた窓の側で、月を見上げながら、 少年がつぶやく。 「何だよフレッド、そんな言い方ないだろう!?」  二段ベッドの下に横たわるロディは、窓際の少年に怒鳴った。 「だってまだ学校にも行ってないのに、彼女が出来たんでしょ?」 「違うって! 勘違いするなよ!」  ロディと弟のフレッドは、同じ部屋をあてがわれていた。  難民の収容施設にしては上等な方だが、狭いことには変わりない。  兄弟が同じ部屋になるくらいのことは、施設一帯の隣近所では、 当たり前のことだった。実際、これでも隣の家よりは広い。  彼の父親は未だに職につけず、政府からの支給金で暮らしていた。 政府支給といっても、大量の難民に分配すれば自然と一戸あたりの 支給額は少なくなる。サマーセーター一つとっても、彼らには大事 な服なのである。 「もう夜遅いんだから、早く寝なさい!」 「はーい!」  母親に怒られ、さっさと二段ベッドの上に入るフレッド。  確かに、怒られてはいるのだが、二人の笑顔は絶えない。  彼らにとってはいいことである。母親の声が聞こえるというのは。 「兄さん?」  二段ベッドの上から声がした。 「どうした? フレッド」 「明日から学校だね?」 「そうだな。あーあ、また勉強か… その点フレッドは大丈夫だな」 「そんなことないよ。僕だって、もうよくわかんないから、勉強」 「お前で駄目ならますます駄目だ。はぁ…」 「地球の学校って、勉強すっごく難しいみたいだしね」 「憂鬱なこと言うなよ、フレッド… 余計に嫌になるじゃないか!?」 「ごめん。でも、ちょっと不安なんだ、やっぱり」 「かもな。ま、気にしたってしょうがないさ」 「そうだね。じゃあ、おやすみ、兄さん」  上から声がしなくなった。  静かになると、ふと、ロディは昼に会った少女の事を思い出した。 「英雄さんの戦争って、本当に終わったの?」  何故彼女はあんなことを言ったんだろう?  戦争はもう終わるんだ!  その証拠が、俺達が両親と再会出来たってことなんだ!  …違うのか?  脳裏に浮かぶリンダの冷たい視線に言い様の無い寂しさを覚えた。  そうだ、明日は学校だ。早く寝なきゃな…  思ってはみるものの、果たしてロディはこの夜、割り切れた思い になれたのだろうか。 「ロディ=シャッフルです。よろしく」  転校初日の挨拶としては、こんなものだろう。  ロディが学校へ出るのは久々のことだった。  教師が教室を出た後、彼は軽くため息をつく。  だが、またもや黄色い声援の渦に巻き込まれる。  女子学生が隣のクラスからも覗きに来ていたりするのだ。  こういう状況になると、同性としては面白くない。  席に座ろうとするロディの目の前に男子生徒が一人立ち塞がった。 「ま、どうせ英雄とか何とかいって、もてはやされてるだけでさ、 中身は大したことないんじゃないのか?」 「そうだそうだ!」 「かっこつけてんじゃねーよ!!」  周りの男子生徒も、その言葉に勇気づけられたのか、一斉に騒ぎ 始めた。  ところが、肩をすくめるだけのロディ。 「そうかもな」  意外な返事だった。少なくとも、そう言った本人以外には。 「何だよおまえ! かっこいいとでも思ってんのか!?」 「そんなこと思ってないさ。ただ、かっこつけてる様に見られてる と思うからそう言っただけさ」  真剣な眼差しに、向かい合う男子生徒もたじろぐ。 「これからもよろしく。どいてくれないか? 席に座るから」  だが、ここで引き下がってしまっては男じゃない、らしい。 「お、おおっ? 座れるもんなら座ってみろよ!?」  安っぽいドラマで聞いたことのある台詞に、頭を掻くロディ。  何とかならないものかと、眉をしかめるが、言葉にはしない。  その時、突然クラス中の女子生徒が騒ぎ出した。 「ちょっと! どいてあげなさいよ!」 「そうよ! ロディ君が座れないじゃない!」 「あんた達ひがんでんじゃないわよ!!」  じっとしているロディに哀れみを感じたのか、窓から覗いていた 女子生徒達も加わって、教室内は大騒ぎになる。  さすがにこうなると、男子生徒もひかざるをえない、らしい。 「ちぇっ!! ちょっとラウンドバーニアンを動かしたことがある からって、いい気になるなよぉっ! 英雄だか何だか知らないけど なぁ!?」  その言葉に、ロディの目元がピクリと動いたのに誰も気付かない。  放課後、女子生徒達に囲まれ、思わず逃げ出したロディの前に、 昨日出会った少女が現れた。 「や、やぁ。もしかして、君もこの学校… うわっ!」  やはり逃げ続けている彼の手をひき、校門を出ると、近くの公園 へと向かう。  走りながらの道中、リンダは不思議そうにロディに訊ねる。 「ねえ、どうしてあいつらに文句言わなかったの?」  どうやら今朝の教室での事を知っているらしい。 「…あんた、本当は弱いの?」 「ああ、強くなんかないさ、俺達は…」  彼の答えは、あくまで一貫していた。 「英雄なのに?」  公園の端の方、ひっそりと置かれてあるベンチに二人で座る。  噴水の水は高く高く噴き上がり、見ているだけで清々しい気持ち になるはずだった。  だが、汗を拭うロディ。木陰とはいえ相当暑い。走ってきたので 余計にである。 「違うって言ってるだろう?」 「あんまり謙遜してると、嫌味になるんじゃない?」 「そういう風にしか思われないんだな、俺達って」 「まあね。違う?」  しばらく話が途切れた。  もうロディは無理に答えなかった。  走った時の汗がまだひかない。陽射がきついためだけだろうか。  ただ暑いだけの雰囲気に耐えかねたのは、少女の方だった。 「でもね、家族に逢えた人はいいよ… 逢えたんだから」  やけに皮肉っぽい口調で、誰にともなくリンダがつぶやく。 「私さぁ、親は両方とも、いなくなった…」 「そうか…」 「あの子、もしかしたら…」  リンダは言葉を途中で止め、唇をかみ締めた。  今の彼女の気持ちがわからない程ロディは鈍感な男ではない。  ただ、こんな時にかける言葉は、すぐ見つかるものではない。 「なんで私、こんなこと話してるのかな!? あんたとは、あまり 話なんかしたくなかったのに!!」  結局、リンダがそう怒鳴った後、ベンチから立ち上がり走り去る まで、ロディは何も出来なかった。  それから1週間。  ロディがその事を知ったのは、放課後の下級生達の話からである。 「ねえ、リンダ休んでるんだって?」 「あの子、ロディに変なまとわり付き方してるから嫌いだったのよ」 「休んでくれてせいせいするわ」  その話を聞いたのは、あくまで偶然だった。  そうか、やっぱり下級生だったのか…  それに、休んでたから今日は見かけなかったのか…  彼は女の子達に囲まれながらも、今もどこか寂しさを拭い切れない。  この街に来てからは、ロディはどうしても彼女の事が気になって 仕方がなかった。  学年が一つ下なら、用事が無い限り毎日顔を合わせる理由はない。  しかも他の女子生徒達の取り巻きのために、放課後も必ず会える というわけでもない。  普段学校生活を楽しむ分には、彼女がいようがいまいが、あまり 関係はないのである。  なのに、何故か気になってしまう。  同郷というだけでこんな気持ちになるのだろうか?  いや、違う。そうじゃない。  あの子、何となく似てるんだ。何となく…  それが何であるかはわからないロディだったが、親しみを持てる 理由が分かっただけでも得をした気分だった。  リンダが学校を休んで三日目。  もうすぐ学年が終わろうとしていた。 「あのさ、リンダって子の家、何処にあるか知らない?」  どこか彼女の事が気になるロディは、下の学年の生徒達に聞いて まわった。 「ねえねえロディ、あんな子のところになんか行くことないよぉ!」 「そうよ? あの子根暗だし、住んでるところって言ったら…」 「それより私の家に来ない? お茶菓子とかも用意するから!」 「いいわね! 紅茶は…」 「ごめん。また今度!」  苛立ちを抑え、女の子達を振り切り、そそくさと学校を出る。  とりあえず、第3地区はロディ達の住む地区とほぼ隣接していた ので、何となく地区の場所自体はわかった。  ロディは黙々と、郊外へと歩いて行く。  そういえば、両親を亡くしたって…  じゃあ、何処に、誰と一緒に住んでいるんだろう?  このときのロディは、興味本位だったのかもしれない。  第3地区のはずれ、大きな屋敷があった。  ここが、どうやらリンダの家らしい。  ロディ達の仮住まいは、施設と言えど明らかに「家」である。  だが、ここは「家」とは呼び難い雰囲気を持つ。  どこか、冷たい感じがするのだ。ロディは肌でその雰囲気を感じ 取っていた。ただ、単純に冷たいだけというわけではなく、どこか 厳粛な空気も漂っていなくはない。 「あのぉ…」  ドアを開けると、小さな子ども達がわんさか動き回っていた。  殴り合いに口喧嘩、馬乗りかけっこ輪投げに縄跳びサッカー…  広い屋敷のエントランスホールは、完全に彼らの遊び場と化して いた。  というわけでやけに騒がしいのだが、ロディに対する返事はない。 「すみません!」 「はい! 今すぐ参りますよ!」  ようやく部屋の奥の通路から優しい面持ちの中年男が現れた。 「あなたは…?」 「私はこの孤児院の院長をやっているものです… どちら様で?」 「僕、ロディ=シャッフルと言います。あの、ここにリンダさんが いると聞いて…」 「ああ! 君があのロディ君か!」  この時彼は、またか… と思ったが、 「いつも、リンダから話は聞いているよ。時々あの子に話し掛けて くれているんだって?」 「い、いえ、そんな、僕はただ…」  拍子抜けした気分だった。と同時に驚きを隠せない。  一つは英雄呼ばわりされなかったこと。もう一つはリンダが自分 の話をしていたということ。 「…できれば今はそっとしておいてやりたいところだが、せっかく 来てくれたんだ。案内するよ… リンダ!?」  おチビさん達が走り回る中を潜り抜け、彼女はいつの間にか院長 の後ろに立っていた。  その形相は、今彼女の置かれている状況が尋常でないという事を ロディに即座に知らしめていた。  …泣いてる、のか? 「リンダ、お客さんだ。挨拶は?」  あくまで優しく接する院長の後ろで、彼女は小さい声でつぶやく。 「…どうして、あの子は、助からなかったの?」  涙を拭ってみせるが、そう簡単に止まるものではない。 「どうしてあの子は、あんた達と一緒じゃなかったの!?」  見当のつかないことを聞かれ、少々たじろぐロディ。 「リンダ、一体何を…」  だが、彼の真摯な問いかけを、少女は涙ながらに遮る。 「私の弟は第2ステーションで私とはぐれてしまったの。あんた達、 ステーションに行ったんでしょ? あの子、まだ生きていたのかも しれないのよ? もしかしたら、もっと助かる命だってあったかも しれないじゃないの!? どうして、ちゃんと探してくれなかった のよ、どうして、ちゃんと…」  一気に叫んだあと、ロディに背を向け、素早くしゃがみこむ。  声を殺しているために彼には聞こえないが、はっきりと見える。  泣いている、少女の背中が。  ロディの頭の中は、その瞬間、真っ白になった。  そんなこと、考えたこともなかった…  やがて、脳裏にたくさんの言葉が浮かんでいく。  違う! 俺達だって精一杯探した!  だからカチュアとジミーが見つかったんだ!  だけど他に生体反応はなかった! そうさ、なかったんだ!  それに、第2ステーションだって壊滅状態で…  何を言っても無駄なことはわかっていた。  それでも、何かしてあげなければと、ロディは思う。  その思いが自然と言葉になった。 「でも、そうと決まったわけじゃないんだろう? きっとどこかで 生きてるさ、絶対に!」  これで自分が救われた、そうも思った。  だが、優しさが、あだになることもある。 「よくそんなことが言えるわ… 一昨日通知が来たのよ、私の元へ…」  卑怯な手段は、決して自分と他人の心を救ってくれたりはしない。  ショートカットの金髪が大きく揺れる程に、勢いよく立ち上がる リンダ。  胸の奥でそっと持ち続けてきた思いが、今ようやく言葉になり、 その重みを持った冷たい視線と共に、ロディの胸を貫いた。 「ねえ、答えて! 生きてるあんたが英雄なら、死んでいったあの 子は一体何なのよっ!」  激しく詰め寄るリンダの圧倒的な迫力に、ロディはなす術が無い。 「そんな、それは…」 「私、ククトニアンが憎いわ! だから…」  女の子の小さな拳に、そうとは思えない程の力がこもる。 「あんた達と同じように、私がラウンドバーニアンに乗れたなら、 今すぐにだってあの子の仇をとってやりたい! でも、でも…!」  ロディの横を過ぎ、ドアを押し開けて、孤児院の外へと走り去る リンダ。 「何が英雄よっ!!」  すれ違い様の一言に、ロディは背筋が凍る思いだった。 「いつもはいい子なんだ。許してやってくれないか?」  院長に言われるまでもないことだったが、敢えてロディは自分に 言い聞かせるように答える。 「…はい」  力無い足取りで、たった今少女の走り去った玄関を通り、ロディ は孤児院を出る。  この時彼は、沈みゆく真夏の太陽を、より熱く感じていたかった。  未だ癒されることを知らない、凍りついたこころを見つめながら… 3.ラウンドバーニアン  来ないのかな、今日も…  リンダは雑居ビルの屋上にいた。  あれから一週間。  ロディは一度もここには来なかった。  勝手に学校を休んでいる手前、リンダもあまり自由には動き回る ことが出来ない。性格が行動範囲を狭めることがある。  別に来なくていいよ、あんなやつ。  でも… どうして来ないんだろう、あいつ。  どこまでが本心か、自分でもわからなくなっていた。  一週間という時間が、彼女にとってそれだけ長かったということ なのかもしれない。  私、許せないはずなのに…  でも…  そんな苛立ちを吹き飛ばすように、リンダは潮風に酔いしれた。  誰もいない。居場所もない。する事すら何もないのだ。ただ風に 身を任せるしかない自分。  遥か水平線を見渡す。  海はどこまでも青く、空もどこまでも青い。  果てしなく、気持ちいい。  ひとりぼっちなのがもったいないくらい。  あの子も、見たかっただろうな、地球の海…  と、その時、 「よかった、やっぱりここにいたんだ! 泳ぎに行かないか?」 「ロディ!」  まさにひょっこりと、ロディが現れた。 「ちょ、ちょっと、何言ってるのよ! 私、そんな気分じゃ…」  驚く彼女を尻目に、 「そうは言っても、水着がないか。とにかく来いよ!」  聞く耳持たないロディ。 「それに、あんたは学校が…」 「今はもう夏休みじゃないか!」 「でも、どこへ泳ぎに行こうっていうの? このあたりだったら、 またあんたのこと追っかけてる女の子でもみくちゃになるわ。あんた にはいいかもしれないけど、私はたまったもんじゃない…」 「大丈夫さ。少し遠くへ行くからさ!」 「車は駄目よね? バイクの免許はあるの?」 「そんなのないけど」 「じゃあ、何よ? まさか歩いて行こうって言うの!? 「違う。ラウンドバーニアンさ!」 「…ちょ、ちょっと、何よそれ!」 「そこの軍の演習場から、ラウンドバーニアンを一機借りる」 「怒られるわよ? きっと、ものすごく!!」 「だろうな。でも、リンダだって乗りたいって言っただろう?」 「…それは、確かに言ったけど」 「じゃあ決まりだ!」  ロディは、慌てふためく彼女の手をひいた。 「え? そんな、急に言われても、ねぇ!?」  雑居ビルの階段を降り、強引に表通りへ出る。  彼らの向かう先はやはり、地球軍の演習場だった。 「…案外簡単に入り込めるものなんだ」 「ビギナー揃いの演習場みたいだから、毎日少しずつ金網切るのは 簡単だったよ。目標さえ決まっていれば、入ってからただひたすら 走るだけでいいからな」 「ふぅん…」  リンダは呆れるやら感心するやら。  草むらから入り込んだ二人は一目散に、格納庫群のエリアへ入り 込む。  その途端、耳が割れんばかりの大音量でサイレンが鳴る。 「え? もう見つかったのか!?」 「な、何?」 「リンダ、走るぞ!」 「もう、何なのよぉ!?」  右へ左へ逃げ回りながら、ようやくたどり着いたのが、格納庫の 中でも一番古そうなもの。ベルウィック星のアゾレック基地の施設 とほぼ同じであり、ロディでも内部構造がわかる。 「よしっ!」  思わずほくそえむロディ。指を鳴らしそうになるのを抑える。  そこには、何台かのトゥランファムが、ほぼアイドリング状態で 静かに出動の時を待っていたのである。 「…やっぱりやめない? 怒られるよ?」 「へぇ、案外真面目なんだな?」 「そ、そんなんじゃないけど…」  膨れっ面のリンダと整備用リフトでコックピットへと上がる。  全開状態の腹部ハッチへと入り込むと、ロディは後部座席である パイロット・シートに座る。  手際よくシステムを起動していった。  その馴れた操作に感心したものの、リンダはわざと違う話をした。 「こ、これに、乗ってたんだ、ロディって」  彼女の顔が多少ひきつっていることに気付かないロディ。 「これはトゥランファムっていうんだ。でも、俺が乗ってたのは、 バイファムっていう名前の機体の方なんだけどさ」 「ふぅん… じゃあ、きっとこっちの方がかっこいいんだ!?」 「さあ、どうかな。よし、イグニッションも生きてる! 乗って!」  憎まれ口も空振りに終わり、逆にリンダが急かされる。 「ええっ、どこに!?」 「決まってるだろ! 前の席に、早く!」 「う、うん!」  リンダがガンナーズ・シートに座ったか座らないうちに、ロディ はポッドのキャノピーを閉める。同時に腹部ハッチも閉まる。 「ちょ、ちょっと! そんなに急いで閉めなくても!」 「もう気づかれてる。早くここから出なきゃまずいんだ!」  いくつかの計器の状態を確認しながら、ロディはゆっくりと座り 直し、シートベルトを締める。 「え? ええっ!? 何? どうするの!?」  リンダがガンナーズ・シートで慌てふためく。  ロディはといえば、左右スティックを細かく操作し、調整して、 トゥランファムの調子を見る。 「リンダもシートベルトを! 後ろからベルトを回して…」  言われるままに、馴れない手つきでシートベルトを締める。 「よぉし、いける!」  このロディの言葉で、ようやく彼女は覚悟を決めた。  そうなんだ。本当に、出来るんだ… <<こらっ! 誰が勝手にRVを動かしているのかっ!>>  その時、突然通信が入ってきた。  やはり馴れた手つきでコンソールパネルを操作するロディ。 「すみません。ちょっとだけトゥランファムを借ります!」 <<何だ? 貴様は誰だっ! そいつはレンタカーとは違うんだぞ!>> 「僕、ロディ=シャッフルと言います。大丈夫! トゥランファム を傷つけたりはしませんから!」 <<ロディ… 待てよ、あの小さな英雄のロディ君か!?>>  この時ばかりは、さしものロディも声を荒げた。 「僕は英雄じゃありません!」  リンダは目をひんむいた。  どうして、そうまでして自分を否定するの? <<いくら「英雄」のロディ君でも、勝手な行動は許さん!>> 「英雄じゃないって言ってるでしょう!? それに、お叱りは後で きっちり受けます!」  これを最後に、ロディは地球軍側からの通信を切った。  トゥランファムの右足を一歩前に出す。  格納庫の扉が開いているのは幸いだった。 「でなきゃ、力ずくで開けてるところだった!」  そう叫ぶロディの瞳が、先程とはまるで違う、誰よりも鋭い光を 帯びていたのを、通信の荒々しさに思わず振り向いていたリンダは 見逃さなかった。 「少々荒っぽいけど、我慢して! お腹に力を入れて、背もたれに ぐっと身体を押しつけて!」  慌てて前を向き直し、言われるままの姿勢を作るリンダ。  それを確認したロディは、流れるようにスティックを操る。  トゥランファムがゆっくりと歩き出した。  十数歩で滑走路のコースに出る。  軍の警備兵達がトゥランファムの足元に群がる。  それを無視し、さらにトゥランファムに滑走路を走り出させた。  ショックアブソーバーが効いているため、衝撃はかなり少ないが、 それでもRV初体験のリンダには信じられないような加速度が身体 に加わる。  逆に、ロディにはこの揺れに心地よさすら感じていた。  久しぶりだな、この感覚!  格納庫を出た時から各バーニアに少しずつ溜め込まれていた推力 が、ほぼMAXになる。  スリングパニアーを水平まで起こし、主翼を大きく展開した。  その瞬間、バーニアの推力を後方へ向けて一斉に解放する。  激しく空気の割れる音がした。  そして、トゥランファムの足は次第にその歩数を減らしていく。  見たことのない程ダイナミックな加速方法に、警備兵達は追う足 を止め、しばしその動作に見入る。  ついに、全バーニアの生み出す加速が、走る速度を追い越した。  最後の一蹴りの瞬間、トゥランファムはビームライフルを捨てた。  ドウッ!  苦しみ嘆く叫び声にも似た轟音は、ほんの一瞬のことだった。  想像を絶する加速度を背負い、浮き上がった青い巨人は、二つの 若い心と共に、大空の同じ青へと溶け込んでいった… 4.銀河を漂って 「本当なら垂直離陸も出来たんだけど…」  さらりと言ってのけるロディ。  二人を乗せたトゥランファムはかなりの時間を飛んでいた。もう 夕暮れが近い。 「さて、フレッドの言ってた島は… あれか?」  航続距離の長いトゥランファムでの、ちょうど半分の燃料を使う ところにある、割と小さな島。  海岸線は岩場も目立つが木々が鬱蒼と生い茂り、トゥランファム を隠すのにも都合がいい。 「無人島で軍の施設もないって言ってたなぁ。今の地球にもそんな 島があったんだ… あいつ、どうやって調べたんだ?」  ロディは変なところで感心した。  対するリンダは、あまり感心していない。  どちらかというと、不安の色が隠せなかった。  その不安を気遣ってか気付かずか、ロディが問いかける。 「どう? これがラウンドバーニアンの乗り心地だけど」 「何だか、怖い… 気持ち悪い…」  あまりにも正直な意見だった。 「そうだろうな」  ロディにも、こういう答えになることは予想していた。  乗せない方がよかったのかもしれない。  ただ、どうしても乗るしかないとも思っていた。  私がラウンドバーニアンに乗れたなら…  ロディはその言葉に対して、激しい嫌悪感を抱いていたのである。  乗らない方が… 本当は、こんなものに乗らない方がいいんだ…  それを証明したくて、無理矢理乗せたのである。  わかってもらうためには、一度乗ってみる必要があるかもしれない。  それに、もしかすると、気晴らしくらいになるかもしれない…  とも考えていた。  どちらに転ぶかはわからないが、思ったことをやるだけだった。 「よくこうやって、テント張って野宿したよ、ククトでは」  もうすっかり日が暮れた。泳ぐには時間が遅過ぎたのだ。  ついでというにはおかしいが、キャンプに目的を変更するロディ。  多少の湿気を感じる密林は、両親に逢うために降り立ったククト 星の雰囲気を、多分に彼に思い出させる。  思い出にひたりつつ手際良く進めた準備の最後は、火をおこす事 だった。  夏と言えど、食事のためにもたき火が必要だったのである。 「どうした? 嫌なら帰ろうか? 俺は別に構わないけど」  小さく首を横に振るリンダ。わざとたき火を挟んでロディの反対 側に座る。 「…ごめん、リンダ。俺、謝らなくちゃいけないって思ってたんだ」 「な、何よ、急に…」 「リンダは俺の事を英雄だって思ってたかもしれない。だけど見て の通り英雄なんかじゃない。普通の子どもなんだ」  こんなことして、どこが普通なの?  そう思いながらも、彼女はロディの言葉を黙って聞いていた。 「確かに戦場の中をかいくぐって来た。ラウンドバーニアンだって 乗りこなしてきた。でも、両親に、家族に逢いたい、それだけの為 だったんだ」  すごいことだと、リンダも素直に感動する。  だが、まだ彼女は黙っていた。  たき火を挟んだ反対側で、ロディは構わず言葉を続けた。 「君の弟はかわいそうなことになったと思う。俺にも弟がいるから、 その気持ちはよくわかるさ。でも君が思ってる程、俺達に力なんか ないんだ」  もう黙っていられなくなり、ついにリンダは激しく切り返した。 「そんな! そんなことで謝られたって、しょうがないじゃない!」  確かにその通りである。  無理なことを謝られても、彼女には何のメリットもない。  ロディのいない一週間で、リンダ自身の心の問題も、色々決着が ついていたつもりだった。少なくとも、彼女はそう思っていたし、 そう振る舞ってもいた。  ところが、敢えてロディは話をむし返した。 「でも、ずっと俺にその事を言いたかったんじゃないのか? 俺に 答えを言わせたかったんじゃないのか…?」 「それは…」  過去の事とはいえ、当たっているだけに、反論はできない。  それなら、自分の思っていることを素直に伝えるだけだった。 「全部戦争が悪いんだって事はわかってるわ。でも、生きてる人と、 死んでしまった人の差って、何なの? 誰が、何がその差を決める というの!? 私にはわからない…」 「そうさ。その差を、運命なんかで片づけられたら、たまったもん じゃない… そう、何かのせいだなんていちいち決め付けてたら、 きっと、今頃俺達もおかしくなって、無事じゃなかったかも…」  少し言葉を止める。  決して不安から来るものではない。  確認をするためである。  そうさ、俺達は…  ロディはそのことに、揺るぎ無い自信を持っていた。  その事を心の中で改めて再確認したら、また彼は話し始める。 「本当は、そんなことを考えてる余裕がなかっただけなのかもな。 俺達が生きているっていう事は、その時その時で精一杯のことを しただけのことなんだ」 「余裕が、ない…?」  意外な台詞にまごつくリンダ。  ロディはどんな時もその行動力で厳しい現状を打破していた。  リンダもニュースやドキュメント番組等で、そういうイメージを 彼に抱いていた。  今回の事にしても、ラウンドバーニアンの乗り心地の悪さを差し 引いても、彼の行動力には敬意を表していた。  だが、そんな彼にも「余裕がなかった」のである。 「俺達は、ククト軍と戦ってきた。だからククトニアンの兵士達を 傷つけたのも事実なんだ。でも、そういうことを考える余裕すら、 あの時の俺達にはなかったんだ。生きてるってことは、ただの結果 でしかないんだ…」  ロディは、「みんなの力で」などと、綺麗事は言わなかった。  そして、何かを求めるかのように、夜空を見上げる。  彼が空の遥か向こう側を見つめる時は、いつも真剣な顔をする。  星の海を越えたところに、同じ時間、同じ場所、同じ思いを共有 した人達がいる。それだけでロディは満足だった。  決して難しい言葉では語り尽くすことはできないが…  「仲間」という単語で全てを表すことができる、そんな人達。  星の海の向こう側から、みんなの笑顔をはっきりと見て取った。  そうであるからこそ、ロディは自信を持って言うことができた。 「だから、何がその差かなんて、俺にはわからないよ」  わからない…? ロディにも、わからないの…!?  この時リンダは気がついた。  ロディが英雄と呼ばれたくないわけを。  …ロディだって、私と一緒なんだ。  家族と会いたくて、毎日死と隣り合わせで生きてきた。  私の弟を探している暇なんて、あるわけないじゃない。  余裕なんて何一つない中を、必死に生きてきた。  そんな時私なら何をしたというの? 私には何が出来たというの?  私だってお父さんお母さん、そしてあの子のことばかり追い求めて きたじゃない!  ロディだって、私と一緒なんだ。わかるわけ、ないんだ。  そこまで考えたあげく、リンダはぽつりとつぶやいた。 「やっぱり、私も、わからない…」  落ち込んだ様子のリンダに、優しく声をかけるロディ。 「せっかく平和になったんだから、お互いあせることないさ」 「ロディ…」 「いや、違うのかもな… 何が平和かなんて、俺にはわからない。 けど、正しいと思ったことを精一杯出来れば、それでいいさ!」  前向きでしっかりと未来を見据えた少年の言葉に、リンダの胸が 熱くなる。もう咳込みそうなほどに。  そうであるからこそ、リンダは自信を持って言うことができた。 「やっぱりあんた、英雄なんかじゃないよ」 「今頃わかったのか?」 「そう、やっとね。でもさ、あの… えっと、なんか、大きいね、 ロディって」  わざわざ少年を指さす。 「そうかなぁ? スコットやバーツより背は低いけど?」 「あははっ! …ねえ、聞かせてよ、ロディ達の旅の話」 「そうだなぁ… やっぱりクレアドから逃げてくるところからかな? そうそう、あの時のフレッドって言ったら…」  リンダにせがまれ、ロディはあの長い航海を順を追って聞かせた。  本当に長い話だった。夜は瞬く間に深くなっていく。  だが彼女には、そんな時の流れはまったく感じなかった。  同じ思いの少年少女達が、自分のすぐ隣にいる。  地球人もククトニアンもない。  肉親の存在も、何の意味も持たない。  皆、「ただ強く、優しく、愛らしく生き抜いて」いるだけだった。  そして怒りを、悲しみを、喜びを、この仲間達と分かち合うこと が出来た。  リンダには、ただそれだけのことが、とても嬉しかった。  全部、私の勝手な思い込みかもしれないけど…  でもわかったの。誰も英雄なんかじゃなかったんだ。  ロディもみんなも私と同じ。決して余裕なんてあるわけじゃない。  だけど… ううん、だからこそ、結果だけしかわからなくても…  もうリンダには、答えは必要なかった。  ロディに導かれ、大いなる銀河を、かけがえのない13人の仲間 達と共に漂っていられるのなら… 5.過ぎ行く夏の日々  当然のごとく、帰還するなり関係者各位から猛烈に注意を受ける ロディ。  実際、ラウンドバーニアンを飛ばした時点でかなりの処罰も覚悟 してはいたが…  通信記録・ボイスレコーダー等の情報から、ロディが彼女に何も していない(?)ことが判明。しかし、二人が一夜を過ごしたのも 事実。小さな英雄であることもあり、関係者の間で議論が繰り返さ れた。さらに、英雄のファンや教育委員会、心無いマスコミなどを 巻き込んで、平和が売りのセントサフィニアシティの市制始まって 以来という一大騒動となってしまったのである。  そして紆余曲折の論議の結果、ロディは処罰を免れた。  彼の行為は、この街で認められたということになるのだろう。  結局、演習場の監視網が子ども二人に破られ、トゥランファムを 強奪されたあげく、出頭してくるまで所在すら掴めなかったという、 地球軍サイドの何とも情けない失態だけが残ったのである。  ロディは、雑居ビルの屋上にいた。  女の子にも追いかけられず、誰にも知られていない… すっかり お気に入りの場所になっていた。  眼下に広がる青い海は、いつもと同じ美しさを保っている。  だが、今日の彼には、深い青が自分の気持ちと同じように感じた。  吹き抜ける潮風も、肌をかすめる湿気を帯びたただの風に思えた。  あれから一度も来ないな…  そんな時、階段を上ってくる音がした。 「兄さーん!」  振り向くと、そこには愛しの弟が立っていた。 「フレッド、お前どうしてここが…」 「あの子に教えてもらったんだ。さっき家に来て兄さんにさよなら を言っといてって僕に伝言頼んで帰っちゃった」 「街を出るのか…!?」 「すごく遠くに叔母さんがいるから、そこに行くんだって」 「住所は? わからないのか!?」 「そんなに怒鳴らないでよ。聞いたんだけど、教えてくれなかった んだ」 「何しに行くんだ?」 「知ってるわけないでしょ! でも、前から行くかどうか悩んでた けどやっと決心がついたって言ってたよ?」  彼は一瞬、浮かない顔をする。  だが、すぐに瞳の色が鮮やかになっていく。 「…いいさ、元気でいてくれたら」 「それ、ほんとぉ? 兄さんそれでいいのぉ?」 「何だよフレッド? 何が言いたいんだ!?」 「だって兄さん、フラれちゃったんでしょ!? あの子なんでしょ? 兄さんの彼女だったのは…」 「うるさい! お前には関係ないだろう!」  弟の頭を殴るロディ。 「いてっ… やめてよ!」 「お前が悪い!」 「…それより、ねえ兄さん、今から泳ぎに行こうよ! ほら!」 「お前とか? やめとくよ。また騒がしいことになるのも嫌だしな」 「せっかく慰めてあげようと思ったのに… それとも、僕に泳ぎで 負けるのがこわいんでしょ!?」 「何を! お前なんかには負けないさ! 絶対に!」 「よーし、じゃあ競争だね!」  先に階段を降りるフレッドを追いかけようとした時、ふと、空を 見上げる。  あっ…  遥か高く、真夏の空の向こう側に、自然に思い出すべき顔がまた ひとつ増えたことを、ロディは素直に嬉しく思った。  「真夏のロディ」終わり