「秘密のデート」 1.遊園地で酔わされて 「待った?」 「ううん、全然待ってないよ」 「でも、20分も遅刻しちゃって」 「そんなの構わないよ。それより、早く行こう!」 「ええ!」  洗濯物がよく渇きそうな、一面晴れ渡った爽やかな朝。  大きなサングラスをかけたくもなるよね。  僕は彼女と駅前のロータリーで待ち合わせていた。  早速、ファンタジーパーク行きのバスに乗り込んだ。 「久しぶりだね、えっと…」 「ジュリエットよ? もう忘れたの?」  彼女に手をひかれて、一番後ろの席に座った。 「そ、そうそう、ジュリエット。忘れたりなんかしないよ!」 「しっかりしてよ? そうだわ、ファンタジーパークについたら、 真っ先に行きたいアトラクションがあるの!」 「え? どこ?」 「ほら、ここよ?」  彼女が大きなカバンからガイドブックを取り出して広げる。  その途端、バスが動き出した。 「うわっ!」 「大丈夫!?」 「平気平気! あはは…」  ふと、僕はジュリエットと肩がくっついていることに気付く。  慌てて離れる。ついでにサングラスをかけ直す。 「ご、ごめん!」 「ううん、いいの。でね? ここが…」  熱心に話し込むジュリエット。  僕は、その横顔を間近に見られるだけで幸せ一杯だった。 「どうしたの?」 「い、いや、何でもないよ」 「ここにはバンジージャンプがあるの! お願い、やってみて!?」 「えっ? ぼ、僕が? ジュリエットじゃなくて?」 「そうよ、あなたがやるの。駄目?」 「か、考えとくよ…」  バスは海岸線をひたすら南へ。 「ほんと、いいお天気ね!」 「そうだね。僕達の予定にぴったり合わせてくれたんだね?」 「でも、ここ、年中雨が少ないんでしょ?」 「あ、本当はそうなんだけど… 知ってたんだ?」 「ええ、本で読んだ事があるの」 「さすがだね、ジュリエット」  ようやくバスが止まると、そこには…  巨大遊園地「ファンタジーパーク」があったんだ! 「ほら、あれよ!?」  ジュリエットの指差す先には、高さ数十メートルの鉄塔!  その上から、命綱一つで飛び降りる人がいるなんて。  あ、今も、飛び降りた!  うわぁ、怖そう!  やっぱり僕、やだよぉ…  ね? そう思うのも当然でしょ!?  ところが… 「素敵ぃ! あそこから飛び降りるなんて勇気があるわぁ!」  こうまで言われちゃもう引き下がれないよね…  うん! 僕だって男だ! あれくらいなんてことないよ!  でも… 「どうしたの?」 「ちょ、ちょっと、トイレ」 「んもう…」  ジュリエットは膨れっ面だけど、出来る時にしておかなきゃね… 「頑張ってーっ!」  …って、叫んでるみたい。  聞こえないんだよね、ここからだと。  いや、聞きたくないのかも。  だって、覗き込もうとするだけで、もうそれだけで…  うわぁ、クラクラしてきた。  サングラスをしていたいのに、こんな時に限って「外せ」だって。 「君、やめる?」  係員のおじさんの声がとっても優しかった。  誰だって、思わず甘えたくなるよね? ね?  でも…  今降りたら、彼女、怒るだろうなぁ?  いや、やっぱり命にはかえられないよ!  でも、ここまで来て… 「君ねぇ、後がつかえてるんだよ。どうするの?」  このおじさんの台詞で、僕の気持ちは決まったんだ。  さっきまで優しい口調だったのに、急に変わるんだもん。  やるよ! やってやる! っていう気にもなるよね?  で、僕は意を決して、身体を重力に任せたんだ… 「大丈夫?」 「だ、大丈夫だよ、ジュリエット、あはは…」  正直言って、全然大丈夫じゃない。  僕はカッコ悪いことに、彼女の隣でフラフラしながら歩いてる。  この世のものとは思えない恐怖。  でも、あの頃僕達が体験した事に比べれば… 「それじゃあ次は…」 「えっ?」 「う、うわーっ!」 「こわいよーっ!!」 「たすけてーっ!!!」  立て続けに3つもの絶叫マシーンに乗せられた僕。  もうフラフラだよ。  でも彼女はまだピンピンしてる。  どうなってるんだろう? 本当に怖くないのかな!? 「ねぇ、次はあれに乗らない?」 「ま、まだ乗るの?」 「ねえ、大丈夫!?」 「だ、大丈夫だよ、ジュリエット…」  もう同じ言葉ばっかり。  すごく情けないのはわかってるんだけど…  もう僕は、とっても遊園地が嫌いになってた。  でも、今さら帰れないし… 「と、とりあえず、次は観覧車あたりにしようよ?」 「そうね。私も少しゆっくりしたいと思っていたの!」  僕の情けない提案を、彼女は気持ちよく受け入れてくれた。  この地方では最大級、ファンタジーパークご自慢の観覧車。  気付かなかった。  その一番高いところまでくると、実は結構怖いんだってこと… 「わぁ、高ーい! 随分遠くまで見渡せるのね?」 「そ、そうだね。海が綺麗だね?」 「だけ?」 「え、あ、海岸線も…」 「んもう、知らないっ!」 「?」  彼女、なんで怒ってるんだろう?  怖がってるのがミエミエだからかな?  まずい! 何とか話を続けなきゃ! 「あ、あっちの方に無人島があって、その…」  海に向かって指差した、そんな話題が失敗だった。 「え? どこどこ!?」  いきなり彼女が立ち上がる時、僕もつられて、ふと窓の外を見て しまったんだ。  そう、ほんの少しだけ。  でも、疲れてたのかなぁ… いろんな物に乗った後だったからか なぁ… 「う、うわーっ!」 「もう、どうしてあなたっていつもそんななの!?」  言われるまでもないよ。  僕って、情けない… 2.ショッピングでかっこつけて  とにかく、遊園地備え付けのベンチに座ってちょっと一服。  ジュリエットのカバンをお腹に抱え込んで、ぐったり。  あんなに日が高いから、もうすぐお昼かな。  僕の右隣りに座ったジュリエットは、この炎天下で、ひざの上に ノートを広げて何かを書いているみたい。 「暑く、ない?」 「そうねぇ、ちょっと暑いかしら?」  話しかけても、あんまり愛想良くは答えてくれない。  本当に、書くのに夢中って感じ。  何書いてんのかな? 「ねぇ、アトラクションの中では何が一番怖かった?」 「えっ? ぼ、僕は…」  右を向くと、ジュリエットはやっぱりノートに走り書きしてる。 「どれ? やっぱりバンジージャンプ?」 「そ、そうだね。あれはとっても怖かった!」  思わず叫んじゃったけど…  何のための質問かな? すごく真剣なんだね? 「ふぅん… そうなんだ」  …で、全然こっちを向いてくれないからついこんなことを言って しまったんだ。 「次はどこへ行こうか?」 「あ、そうなの? ちょっと待って。今ガイドブック見るから!!」  ジュリエットは僕が抱え持っていた大きなカバンを奪い取ると、 素早くガイドブックを取り出す。  もしかして、僕が言い出すのを待ってたのかな?  でも、僕はもうフラフラ… 「ふーん、大通りにたくさんお店があるのね!?」 「あ、そうだよ? でもたくさんの人でごった返しているんじゃ…」  ちょっと気になることを言ってみても、彼女には全然聞こえない みたい。 「ねえ、お買い物に行ってみない?」 「それいいよね! 僕もそうしようと思ってたんだ!」  それなら、なるようになればいいんだよね。  ちょっと調子良すぎる、かな?  でも、ここにいるよりはいいよね、多分。 「あ、でも私、お金あまり持ってないから…」  そりゃそうだよね。ジュリエットはわざわざ遠くから僕に逢いに 来てくれたんだから。 「いいよ。今日、僕、結構お小遣い持ってるから!」  とはいえ、僕もあんまりお金持ってないんだよね。  ファンタジーパーク入園料2人分、結構高かったし… 「そんなの駄目よ! ウィンドウショッピングでもいいわ」 「そ、そう?」  嘘みたいだ。わざわざそんな風に言ってくれるなんて。  まるで、僕の顔色を伺いながら色々決めてくれてるみたい。  本当に嬉しいやら情けないやら… 「夕方、雨降るんだってさ!」  ホントかなぁ…?  僕は道ですれ違う人の言葉に、すごく敏感に反応してしまう。  やっぱりたくさんの人。やめれば良かったかなぁ? 「ねぇ、さっきからどうしたの?」  ジュリエットが不思議そうに聞いてきた。  そりゃそうだよね?  キョロキョロしてるなんて、絶対におかしいよね。 「あの、その、結構目立つから、サングラスなんかかけてると…」  大通りまで出てきたのはいいけれど、やっぱり一目が気になるん だよね。 「ふぅん? あ、ねぇ、あっちに素敵なお洋服屋さんが…」 「ああ、そっちはあんまり行かない方がいいよ!」 「どうして?」 「い、いや、結構待ち伏せされたりしてるから…」 「誰に?」 「その… 他の女の子とか…」 「別にいいじゃない?」  ちょっと冷たい響き。 「よくないよ。身動き取れなくなるし。それに、君の方こそ…」 「私? 私がどうかしたの?」 「あ、いや、何でもないよ?」  ますます怪しい人を見るような目で僕を見てるジュリエット。  うーん、困ったなぁ。どうしよう… そうだ! 「あのさ、喫茶店で休憩しない?」 「えっ? どうして? 今ここに来たばっかりじゃない?」 「だ、だけど、僕何だか疲れちゃって… いいお店知ってるんだ! ね? 行こう!」 「あ、ちょっと待って!」  よし、これで何とか落ち着くよ!  だって、あのお店のチョコパフェ、とっても美味しいんだから! 「…入れないみたいね?」 「…そうだね」 「店内改装中、だって」 「そうみたいだね」  どうして今日に限ってお休みなの?  すごく気まずい雰囲気。ご機嫌斜めの彼女…  もう駄目だ、覚悟を決めよう。 「ごめん。でも、しょうがないよね。さっきのお店に行こう」 「最初からそうすればいいのに…」  そう言いながら、またもジュリエットはノートに何か書いている。 「ねえ、それ、何書いてるの?」 「ごめんなさい、内緒なの。それより、早く行きましょ? ね?」  彼女、急に機嫌が良くなった。  とりあえず一安心、なんだけど…  ジュリエットは色々な服を見て回ってる。  僕はというと、手持ち無沙汰。  結局彼女の言うところのお洋服屋さん、ブティックに入ったんだ。  でも、こんなお店、僕入ったことないから、どうしていいのか…  仕方が無いからずっと彼女の背中を見てる。  今着てるフリルのいっぱいついた服に、ポニーテールがとっても よく似合ってる。  ジュリエット、かわいいなぁ…!  やっぱり可愛いよ、うん!  そう思うと、別に服なんて買わなくてもいいんじゃないかなって 思ったりもするんだけどね。  でも、彼女の目はとっても真剣に服を選んでる。  それはもう怖いくらいに… 「ねぇ、これなんか、どうかしら?」 「え、あ、いいんじゃない?」  という言葉とは裏腹な気分。  だって、随分大人っぽい雰囲気のする服だったから。  これってどことなくスーツっぽいけど…  こんな服、ジュリエットに必要なのかな?  雰囲気が変わっちゃうような気がするなぁ。  で、ちょっと聞いてみたくなってきたんだ。 「こういう服、お気に入りなの?」 「ううん、でも、これから必要なの」  何だかよくわからないけど、そんなものなのかなぁ? 「ちょっと着てみるから、待っててね?」  さっさと試着室に入っていったジュリエット。  なんか、待ってるだけの僕、カッコ悪い… 「ごめんなさい、待たせちゃって。どう?」 「あ、いいよ! すごくいいんじゃない!?」  どうしてだろう?  さっきまで、ごちゃごちゃ考えてたのが嘘みたい。  こういうジュリエットも素敵だなぁ! 「ほんと、待ったでしょ? 着替えるの遅くて…」 「そんなことないよ。早かったよ?」 「ごめんなさい。最近、あんまりお買い物してないから嬉しくて…」  そう言われると… 「ううん、全然。もっとゆっくり見てまわるといいよ」  としか答えられなくなるよね。  その通り、ジュリエット、本当にずっと忙しいんだから。  今日だって、そんな中をわざわざ僕に逢いに来てくれて…  だから、思わず言ってしまうじゃない。 「それ、買ってあげるよ」 「えっ? でもぉ…」 「いいから、ね?」 「そう? じゃ、あっちの方がいいかしら!?」 「あれ…?」 3.街のはずれで虹を見て  ブティックを出た後、僕達は大きな書店に入った。 「わぁ! ここの本屋さんって、大きいのね!?」  君の声の方が大きいよ…  思わず辺りを見回しちゃった。  こういうところでは、ジュリエットはとっても目立つんだ。  声も服もそうなんだけど… 「ほら、これ! 見て!」  といって彼女が手にした本、これが目立つ理由なんだよね。 「ち、違うところに行かない?」 「でも、私、本当に買う本があるの。ちょっと待っててね?」  そう言うと、彼女はお店の奥の方に軽やかに歩いていった。  あまり行かないんだよね、そっち。コンピューターの本なら見に 行くこともあるんだけど。  とにかく、洋服の入った紙袋と大きなカバンを持って、僕も後を ついていった。  紙袋がもう一つ増えたけど、全部僕が持つのが当たり前だよね?  人ごみの中、ジュリエットは空を見上げた。 「何だか空が曇って来たみたいな気がするけど…?」 「でも、雨は降らないよ、きっと」 「そうね、本に書いてあったもの」  案外あっさりと言ってくれたけど、本当はどうなんだろう?  それより、僕にとって気になるのが…  あの女の子、さっき本屋さんの入口で見たんだけどなぁ? 「えいっ! あっ! うわーっ!!」  何をしてるのかって?  これ、最新型のRVシミュレーションゲームなんだ。  まるで本物のRVに乗ってるみたい!  昔、兵隊さんが使ってる本物のRV操縦訓練用シミュレーターも やったけど、絶対こっちの方が面白いよ!  だって、動きが派手なんだから!  重力とかそういうのもいい加減だし、気分爽快!  …ただ、本当の戦闘じゃないからこそなんだけどね。 「どう? すごいでしょ?」 「…」  紙袋を持って、ただ立ってるだけのジュリエット。  明らかに、膨れっ面。  やっぱりこういうの、あんまり興味ないみたい。  僕はそんな顔しなかったのに…  なんて、思ってないよ、ちっとも。  仕方がないから、僕達はさっさとゲームセンターを出た。 「空、なんか曇ってきてない?」  確かにずっと空模様は今一つって感じ。言われてみればその通り なんだけど…  おかしいなぁ? 雨、降るのかなぁ?  何だかんだとあちこちのお店に入り尽くした感じで、ブラブラと 大通りを歩いてたんだ。  おかげで、僕の両手はいろんなお店で買ったもので、ずっしりと 重い。  手提げ袋だけじゃなくて、大きな箱まで一個持ってるんだけど、 とりあえず前は見える。  といって、前ばかり見てたわけじゃないんだよね。 「次はどこに行きましょうか… ねえ、ちょっと、聞いてる?」  正直言って、その時僕は彼女の言葉を聞いてなかった。  だって、あの女の子、さっきから… 「さっきからキョロキョロとあたりを見回して… ねぇ、一体何が そんなに気になるの?」  言葉が重なって、やっと声をかけられたことに気がついた時には、 何だか彼女の目が怖かった。 「な、何も気にしてないよ?」 「嘘よ。何か困ったことでもあるんでしょう?」 「ううん、そんなことないけど… 君も経験あるじゃない?」 「…? 何の事? さっぱりわからないわ!?」 「そんなことないと思うんだけどなぁ」  その時、道の段差か何かにつまづいて、箱を持ったままちょっと よろけちゃった。  すかさず彼女が「箱」を持った。  別に僕より箱が大事だったわけじゃないんだ、うん。 「ねえ、やっぱり少し持たせて? 持ってもらってばかりじゃ悪い から」  ううっ、優しいなぁ、ジュリエット。  というわけで、思わず持ってもらうことにしちゃった。  でも、やっぱり僕って情けないのかな…?  しょげかえって思わず下を向いたその時、僕のサングラスが地面 に落ちた。  ほんの一瞬の事だった。それなのに… 「ねえ見て、あの子、やっぱり!」  しまった、感づかれちゃった!? 「そうよ! やだぁ! 誰、横の子!?」  そんな叫び声が聞こえてきたと思ったら、あっという間に騒ぎが 大きくなっていくんだから。 「あ、あの子知ってる! 俺ファンなんだ!」 「ちょっと、あの二人、まさか? そんなーっ!!」 「えーっ? そんなの常識じゃない!?」  少しずつ、遠巻きに人が集まってくる。  そう、僕は知ってるんだよね。  早くしなきゃ、ここを抜け出せなくなるってことを。 「逃げよう!!」  僕は慌ててサングラスを拾うと、彼女の手をひいて走り出した。 「え、ええ!?」  当然彼女は戸惑ってる。  でも、どっちかっていえば、君のせいなんだけどなぁ。  とにかく、思いっきり走った。  僕に手をひかれるジュリエット、洋服のせいもあってか結構走り にくそう。  いや、立ち止まっちゃ駄目なんだ。  このまま一気に逃げ切らなきゃ!  そういえば… 「ねえ、あの箱は?」  走ってる間に、僕が先に気付いちゃったんだ。 「えっ… あっ!」  そりゃそうだよね。僕が強引に手をひいたときに… 「落としてきちゃったわ!」 と、なるんだよね、当たり前だけど。  ちなみに、僕は大きなカバンと洋服の入った手提げ袋をちゃんと 右手に持ってた。 「せっかく買ったのに! 私、戻って探してくるわ!」 「やめといた方がいいよ! 戻ったらきっと人だかりでもみくちゃ になるよ? この街の人達ってみんなミーハーだから」 「じゃああなたが取ってきて! お願い!」 「だめだよ。逃げてきたばかりなのに」  いくらジュリエットの頼みでも、僕は首を横に振った。  僕が行ったら行ったで、もみくちゃにされるから。  前よりは騒がれなくなったけどね。 「ふぅん、随分人気者なのね?」 「ち、違うよ!」 「どうだか」  ちょっとご機嫌斜めのジュリエット。  でも、それは違うと思うよ。だって… 「君の方こそ有名人じゃない?」 「だけど、私…」  彼女はその場で言葉と走るのを止めた。  いつの間にか、大通りの端っこ、公園の近くまで来ていた。  でも、疲れたからじゃないんだよね。  うずくまるジュリエット。  あんまりこんな話しちゃいけなかったんだ。  彼女は彼女でいろいろあったんだから。  なんか、気まずいなぁ。 「あ、あのね、その…」  何か言葉をかけようとしたとき、ポツリと頬に水滴。  雨が降ってきた。  さっきから心配していた空模様、こんなときに限って… 「どうして? ここ、雨少なかったんじゃなかったの?」  やっぱり… 彼女からの鋭い質問。  でも、僕も知らなかったんだ。 「最近雨降ってなかったのに」  そんなことばっかり言っててもしょうがない。  どこか雨宿り出来るところは…  とりあえず、公園のベンチを覆う屋根の下に駆け込んだ。  でも、あまりちゃんとした屋根じゃなくて、結局ずぶ濡れ。  ジュリエットはカバンを頭の上にして雨をしのいでる。  僕は紙袋の中身が濡れないように、お腹に抱えてる。  何だか、こうして立ってるだけの僕達、とってもカッコ悪い。  このままだと余計気まずいから、ふと思ったことを聞いてみた。 「ねえジュリエット、君もサングラスをかけた方がいいんじゃない かな?」 「でもこのお洋服とは合わないわよ」  突き放すように彼女がつぶやく。  確かにそうかもしれない。  さっき買った服なら大人っぽくてバッチリだと思うけど着替える 場所なんてないし… 「せめて、眼鏡かけてたら少しは違ったんじゃないかなって…」 「もう! さっきから一体何なの!?」  ジュリエット、ついに頭にきたみたい。 「あなたっていつもそう! どうしてだらしないの?」 「そんな…」 「ジェットコースターに乗ってても大声で騒いでうるさかったし、 知ってるとか言ってた喫茶店は閉まっていたし、ゲームセンターで 私をほったらかして夢中になってたし、ファンシーグッズのお店で 商品ひっくり返しちゃうし、せっかく二人なのにパソコンショップ に行きたがるし、結局街の人に見つかっちゃって逃げ回ってるし…」  ここまで言われちゃ、もう黙っていられない。 「君だって… ちゃんと考えてるのかどうか、わかんないよ」  そう、僕にも言い分はあるんだ。 「僕の話を聞かずにガイドブックにこだわってるし、ブティックで 洋服選ぶのにすごく時間かかってたし、本屋ではずっと僕のことを ほったらかして読みふけってたし、映画観ようって言っても聞いて くれなかったし、ハンバーガー屋でたくさん注文し過ぎて全然食べ きれなくて残しちゃったし、おまけに何の変装もしないままそんな 目立つ服装で歩いてるし…」  そこまで言って、僕ははっきりと後悔した。  うなだれて、唇をかみしめるジュリエット。  やっぱりまずかったんだ。  僕は彼女に、こんなことを言っちゃいけなかったんだ。  だから、 「もうやめようよ。せっかく今日逢えたんだから」  そう言ってはみたものの、今頃遅いかな… 「そうね… ごめんなさい。私、最近疲れてたから」  まだうつむき加減のジュリエット。 「気にしてないよ」  僕はこの時、ごめんなさい、とは言わなかった。  だって、僕も彼女も、謝っても仕方のないことだから。  このことをわかってくれたのか、 「私も、もう気にしてないから」 と言うと、彼女はベンチに座った。 「どうせお洋服もびしょ濡れなんだもの。座りましょ?」 「え、あ、うん。疲れちゃったしね」  確かに、気にしてないみたい。  にっこりと微笑んでくれたから。  何だかこうしてると、思い出しちゃうな、あの頃のこと。  そのとき、彼女の視線が僕を通り越した。 「見て! 綺麗な虹!」  そうっと雨があがったんだ。案外短い時間だったみたい。  振り返ると、まだ雨雲もあるけど、空には小さな虹がかかってた。 「うわぁ、ほんと、綺麗だね!」  君の方が… なんて言う余裕は全然ないんだよね。  僕達は、ほんの少しの間だけ、この濡れた公園のベンチに座った まま、その小さくて短い虹を眺めてたんだ。 4.まだ離れたくない  やがて虹も消えて、一息ついた頃… 「やっぱり着替えたいわ。このお洋服じゃ格好悪いし」  ジュリエットがぽつりとつぶやいた。  確かに、そう思うのも当たり前だよね。 「そうだね。風邪ひいちゃうもんね」  でも、濡れた洋服を着替える場所を探してみたけどそんな都合の いい場所はないみたい。  結局、二人ともびしょ濡れのまま。  こんな、公園内をウロウロ歩き回ってる僕達って、変かな?  ジュリエットはふと立ち止まって、腕時計をみる。 「やだ、私、そろそろ帰らなくちゃ」  そう、彼女は時間も気にしてたみたい。 「え、もう? ねえ、もうちょっといられないの?」 「ごめんなさい。私、本当はかなりスケジュール無理してるの…」 「そっか。じゃあ駅まで送るよ」 「目立たない? また追いかけられたりしない?」 「大丈夫じゃないかな、道を変えれば… 時間かかるけど」  というわけで、公園を出ることにした僕達。 「僕が持つよ。それにしても大きなカバンだね?」 「ええ。実はね…」  そこまで言うと、ジュリエットは急に話題を変えた。 「あ、あのね、いい街ね、ここ」 「えっ、そうかな? …うん、そうだね。僕もそう思うよ」  何か言いたくないことでもあったのかな?  でも、ともかく変えた話題に合わせることにしたんだ。 「私の今住んでる街、あまり住み心地良くないの」 「それだったらここでも似たようなもんじゃないのかな?」 「でも、難民の受入れって、あまりちゃんと考えられてないみたい なの。パパが言ってたことなんだけど」 「君んちは大丈夫なんじゃないの? だって有名人だし…」  言っちゃいけないことを、僕はまた言ってしまった。 「有名人だからいいわけじゃないわよ。それに、好きでこんな風に なったわけじゃないもの」  確かに、僕だって彼女の言葉に思い当たるところもある。  でも、彼女の場合はきっと僕以上に辛いことがあるんだよね。 「そうだね… どうして僕達こんな風になっちゃったのかな?」 「本当ね… あの頃が懐かしいわ」  うん、僕も、そう思うよ。  でも、あの頃がよかったなんて言っちゃいけない。  戦争なんてよくないんだ、やっぱり。 「すっかり暗くなっちゃった」 「そうね」  もう僕達は二人してグッタリ。  信じられないくらいの距離を歩いたから。  でも、ちょっと遠回りして行かないと、またもみくちゃになって しまうから、しょうがないよね。  それにしても…  今日を振り返ってみると、随分ひどいデートだったと思う。  結局彼女をあちこち連れ回して、疲れさせただけなんじゃないの かな…?  どうしようもないってことはわかってたんだけど、やっぱり口に 出してしまったんだ。 「今日の僕、何だかだらしなかったね」  突然そんなこと言っちゃって、ジュリエットも困った顔してる。  きっと、僕と同じ事を思ってるんだ。 「そうだよね。何やっても駄目なのかな…」  でも、この時彼女から意外な言葉が返ってきた。 「ううん、そんなことないわ。お洋服買ってくれたじゃない?」  確かに意外な返事だった。  ああ、それ、ね。恥ずかしいんだけど… 「…本当は兄さんにお金借りてたんだ。全部が自分のお金ってわけ じゃないんだ」 「そう… でも、逃げるとき、ずっと手を引いていてくれたわ?」 「そのせいで、せっかく買ったもの、落としてきちゃったし…」  さすがにジュリエットも言い返せなくなったみたい。  やっとの事で駅についたら、彼女の帰る時間から1時間以上も 過ぎていた。  駅の前で、ふと立ち止まるジュリエット。 「本当は、本当はね…」  その場に立ったままうつむいてる。  どうしたんだろう?  やがて彼女は、僕の耳元で小さな小さな声でささやいた。 「本当はね… あなたのお家に一晩泊めてもらおうと思ってたの…」 「えーっ!?」 「このカバンね、お泊りするのに必要なものが全部入ってるの」  なるほど、そりゃ重いはずだよ。  …って、そんなことに感心してる場合じゃなかったんだ。 「だ、だめだよ、もう駅まできちゃったし」  それに、突然そんなこと言われても、ね? 「そうよね。迷惑よね」  いや、そういうわけじゃないんだけど… 「それに私、やらなくちゃいけないことがあるのよ。残念だけど、 やっぱり帰らなくちゃ」 「そ、そうだね、残念だよ。僕も、もっと話したいことがたくさん あったから。あれからいろいろあったし」 「私だって。まさか地球に来てから、こんなに忙しくなるなんて、 思いもしなかったもの」 「そうだね、忙しいもんね。でも、そんな君がよく…」 「あ、いたいた!」  せっかくの僕達の会話に、誰かが割り込んできた 「随分遅かったじゃないですか! 心配してたんですよ!」  駅のきっぷ売り場で、背の高くてスーツ姿のかっこいい男の人が 立っていた。 「ごめんなさい!」 「ふぅん、そういうことだったんですか、なるほどなるほど。もう… きっちり楽しんできたのかな? この、このっ!」 「やめて、ちょっと、痛いってば、もう!」 「あれ? どうしてそんなにずぶ濡れなの? 風邪ひいちゃうね…」  何だか楽しそうに話してる。  僕の割り込む余地が無いくらいに。  なに? 何なの、この人!? 「一緒においで。駅の人に掛け合ってあげるから」 「ええ、お願いね?」  ぽつん、と独りぼっちの僕。  何なの何なの何なのーっ!  誰なの誰なの誰なのーっ!  この人と合わせるためにスーツを買ってたり… しないよね?  まさかね、でも…  今日だって、結構言い合っちゃったし、だらしないところばかり 見せちゃったし…  何だか不安になってきちゃった。  もしかして、急にここに来たのも僕と合ってたことを言い訳に…  いや、そんなはずないよ! 「ふぅん、君があの…」 「うわっ!」  びっくりした。  いつの間にか、男の人だけが僕のところへ帰ってきていた。  それにしても、なんか嫌な言い方。  だから、こっちも嫌な言い方を試してみる。 「そうですけどっ!」 「何ムキになってんの?」  笑いながら男の人は切符を2枚買った。 「君、あの時彼女と一緒に旅してたんでしょ?」 「え、あ、はい」 「彼女の詩はいいよ、うん。とってもいい」 「そうですか。僕もそう思います」  なんだ、わかってるじゃない。  そう思ったのも束の間。 「だろ? なんてったってお金になるからね。実際よく売れるんだ。 君達のキャプテン、そう、あのなんとか言う人の書いた航海日誌、 だっけ? あれなんか目じゃないね。同じ旅してても違うもんだね?」  …  何だか嫌だな、この人。  とってもカッコイイんだけど、とっても嫌な感じがする。  どうしてこんなヤツとあの子が一緒に… 「エッセイは多少手直しするんだけど… あれ、君、もしかして、 僕と彼女のこと、誤解してるのかな?」 「そ、そんなこと…!」  心の中を覗かれてたのかと思ってしまった。  完全に子ども扱いされてるみたい。 「僕があの子と何か関係があると思ってるね? うーん、こりゃあ 面白い!」 「違うんですか!?」 「まあ、関係あると言えばあるなぁ」  とぼけちゃって…  と、そこへ彼女がやっと着替えを済ませて出てきた、みたい。  すっごく大人っぽい。  そういう服だったから?  いや、違うんだ。  まるで、顔や仕種まで大人になったみたい。 「おまたせ! さ、駅に入りましょう… どうしたの」  でも、話し方は普通だったから、ほっと一安心。  だから思わず聞いちゃった。 「ねえ、誰、この人?」  彼女は僕と目を合わせた後、吹き出しそうになるのを堪えながら 答えてくれた。 「雑誌の編集さんなの。一応、保護者と一緒に行くからってママに この旅行を許してもらってたの」  見送るために彼女と一緒に改札を通りながら聞いたその言葉で、 僕はすごく安心した。  な〜んだ、そうか。  …えっ?  編集さんでも、この男の人とだったら、一緒にいてもいいの?  何だかすっきりしないけど… 「おや? いい服だね? 彼氏に買ってもらったの? いいよねぇ?」  駅のホームで男の人が彼女にちょっかいだしてる。  こんなことがいちいち気になるって、よくないのかな? 「もう! からかわないで!」 「うーん、いいよ! とってもいいからちゃんとエッセイ書いてね」 「言われなくてもわかってます! そのためにここに来たんだから」  何だか悔しくなって、僕は無理矢理二人の話題に入った。 「突然手紙が来たときはビックリしたよ。急に遊びに来るなんて…」 「ごめんなさい。ちょっと話題に困ってたから…」 「話題?」 「エッセイを書く材料なの」 「そうか、そうだったんだ。ノートにたくさん何か書いてたもんね」  要するに、僕に会いに来たんじゃない、ってことなのかな… 「またそのうち、逢えるかな?」 「忙しいから、ちゃんとした約束は出来ないけど…」  申し訳なさそうに小声で答える彼女。 「いいよ。だって、仕事、大変そうだもんね。この街の事を書いた エッセイ、雑誌に載ったら絶対に読むからね? 感想も送るよ」 「ありがとう。感想は編集部宛じゃ駄目よ。直接私に送ってね?」  列車が入ってきた。 「今日は楽しかったわ、本当に」 「でも、やっぱりバレちゃったね。おかげで大騒ぎになっちゃって…」 「まだ気にしてるの?」 と、彼女が笑う。 「あなたと一緒に歩いてても名前を変えたら会話からはわからない し、そんなに見つからないと思ってたのに… それくらいじゃ駄目 なのね。やっぱりサングラスくらいは必要なのかしら?」 「じゃあ、あげるよ、これ」  僕は、今かけてたサングラスを彼女に渡した。 「本当? でも…」 「いいよ。これからも使ってよ、今の… だったら似合うよ、うん」  列車の乗降口に足をかけながら、彼女が振り向いた。 「もう、『ジュリエット』でしょ? 今日だけは」  名前は、突然鳴り響いた発車のベルで他の人には聞こえなかった みたいだ。  よかった。最後の最後で気を抜いちゃった。 「そ、そうだったね。じゃあ… さよなら、『ジュリエット』」  列車に乗った彼女、ほんの少しだけ左足をホームにのせた。 「さよなら! 今日は本当にありがとう! とっても楽しかったわ!」  その瞬間、彼女のくちびるが、僕の右頬と触れ合った。  と同時に僕は完全に舞い上がっていた…  気が付くと僕はひとり、駅のホームの椅子に座っていた。 5.この右頬に夢のあと 「ただいま… 兄さん、何してるの?」 「あぁ、サングラス探してるんだ。この前買ったやつ。知らないか?」 「ふぅん… 知らないよ、僕」 「サングラスがないと街を歩けないからなぁ。前よりは騒がれなく なったけど。どこへやったんだっけ…?」 「確かにそうだね。大変だもんね」 「それにしても、随分と遅かったな… ん、ちょっと待てよ?」 「何、兄さん?」 「フレッド、今日は映画観に行くって言ってなかったっけ?」 「そうだけど… どうしてそんなこと聞くの、兄さん?」 「だって、お前… あ、それはっ! ちょ、ちょっと部屋に来い!」 「なに? どうしたの? うわっ、痛いってば!」 「ははぁ… さてはペンチとデートしてたんだな?」 「えっ!? 何言うの、急に!」 「ちょっと待ってろ! えーっと… あった。ほら、見てみろ!」 「手鏡? 顔を見るの?」 「そうだ。右の頬についてる、その小さい跡はなんだ!?」 「どれどれ、わーっ!?」 「やっぱりそうなんだな!? 待てよ… もしかして相手はペンチ じゃないのか?」 「ど、どうしてそんなこというの!?」 「だってそんなことする子じゃないだろう?」 「さぁてね?」 「ペンチ、忙しいんだって? 最近、雑誌にエッセイ書いてるとか 言ってたよな? スコットの航海日誌はあんまり売れなかったけど、 あの子の詩集は売れてるんだろう? お前とデートなんかしてる暇 ないんじゃないのか?」 「確かにそうだね…」 「あの子が忙しい間に、他の女の子に浮気してるんじゃないか!? 結構大胆だな、お前も!」 「もう! デートだったなんて、僕全然言ってないじゃない!?」 「おい、ムキになるなよ? でも、そういうところが怪しいな?」 「どうでもいいじゃない!!」 「やっぱり怪しい! そうか、俺に小遣い借りたのもそうなんだな!? お前の方がたくさん貯金してるのに、おかしいと思ったんだ。さぁ、 正直に白状しろ! でなきゃこうだ!」 「うわっ! やめてよ兄さん! くすぐったいよぉ!」 「ほれっ、どうだ! 言う気になったか!? 動かぬ証拠だって、 その右頬についてるじゃないか!」 「あははっ! やめてったら!!」 「強情だなぁ… そうだ! 言わなきゃペンチに告げ口するけど、 それでもいいのか!?」 「はぁ、はぁ… あ、それだったら、別にいいけど?」 「えっ?」  「秘密のデート」終わり