眠れぬ夜の Telephone Number 1.  そう、私は今夜、眠れそうにありません。  だって、生まれて初めて、試合で優勝したんだから。  あははっ。弓道やっててよかった!  今思い出してもぞくぞくしてきちゃう!  優勝決定戦の時のあの道場の陽の光。  的場の霞的に吸い付くように飛んでいく一本の矢。  その瞬間に沸き起こるまわりの人々の歓声。  ああ、やっぱり凄い!  嬉しい!  やったあ!  えっ? うるさい?  もう、お母さんにはわかんないの!?  この胸のトキメキが!  ああ、こんなわからずやじゃなく、もっと私の喜びを分かちあっ てくれる人はいないの?  そうだ!  マキちゃんとこに電話しよっと! 「そりゃよかったねえ!」  でしょう? 「でも、ほんとにあんたが優勝なんかしたの?」  嘘じゃないんだから!  そのせいで興奮しちゃって眠れないんだからね! 「はいはい、そうでしょうそうでしょう」  ありがと。  でも、そろそろ眠らないと、明日の学校にひびいちゃう。 「だったら眠れば?」  そんな簡単にいわなくったって!  眠れりゃこんな苦労はしないの! 「ああ、そう? じゃあ、ずっと起きてれば?」  それもそうだ。  眠くなるまでぼおっとしてればいいんだ!  ありがとね! 「はいはい。でも、あんた、これからは午前の電話はやめてね」  電話を切ってから数分後、私は突然眠気に誘われました。  これでようやく眠れそうです。  眠れるのはそれはそれでいいものです。  もう、何があっても嬉しい! 2.  そう、僕は今夜、眠れそうにないんです。  理由は簡単。  明日から二学期だから。  心配とかじゃなくてさ。  どう言えばいいのかな。  何かこう、寂しいような、どことなく、恐いような…  無性にいらいらしてくるような、それでいて脅えているような…  とにかく、こんな気持ちになったこと、あるだろう?  行きたくない。  でも、行かなきゃ。  ああ、どうして学校なんてあるんだろう?  ラジオももうこの時間じゃ面白くないし。  どうしようかなあ。  眠れりゃいいんだけどなあ。  腹痛で休みます、なんてのは無理だろうなあ。  別に学校が嫌いとか、いじめられてるとか、そういうんじゃない んです。  だけど、何て言えばいいんだろう。  じわぁっと涙すら浮かんできそうになるんだよね。  そんなことないって?  みんなはどう思ってるんだろう?  ちょっと電話でもしてみるか。 「何だよ、こんな夜中に…ん? 眠れないかだって? くだらない ことで人を起こすんじゃない!」  よくわかったよ。じゃあ次。 「えっ? あたし? うーん、今お風呂上がったとこだから、眠れ るかどうかはわかんないなあ」  えらいところに電話しちゃった。嬉しいような空しいような。 「眠れるか、だって? 眠れるわけないだろ? こーんなに宿題が たまってんのに! 寝る暇があったらお前も宿題片付けとけよ!?」  なるほど。眠れない理由がきちんとあるんだなあ。 「え? 私今から街に繰り出そうかなーなんて。だって、昼つまん ないしぃ、夜の方がいいオトコいっぱいいるじゃん?」  同級生とは思えない発言。彼女も理由がある。 「あ、俺もそうなんだよ。やっぱり? うん、何かこう、いやーな 気持ちになるんだよな。何で学校に行かなきゃだめなのか、とか…」  そうか! やっぱりな!  で、結局こいつと朝まで電話してたので、やっぱり寝てない。 3.  そう、私は今夜、眠れないでしょう、きっと。  仕事で重大なミスを犯してしまったのだ。  非常に言いにくいのをはっきり言うと、社命に関わる一大事だ。  何しろ取引先の注文伝票を間違えて作成してしまったのだ。  2枚や3枚の間違いならともかく、1枚で2000万から300 0万の取引ミスをしてしまう代物だ。  ざっと計算したところで、おそらく3400万はかたい。  3400万の損失。  それどころか、今後の取引までもが左右されてしまうのだ。  うちの様な零細企業にとっては、もう死活問題である。  ミス自体はもうどうしようもないが、これが課長にばれているか どうかが、問題である。  ばれていれば、ある意味ではラッキーである。今ばれれば自分の 責任を問われずに済むのだ。上司のせいになる。  だが、この上司、明後日から出張である。3ヶ月におよぶ長期出 張になる。  今のうちに何とか出来ればいいのだが…  そうだ。  ここは一つ、連絡してみるか。  こんな時間に非常識かな。  しかし、本当に今のうちに解決しておかないとまずい。  だけど、今俺が報告したら、俺が責任を負うことになる。  だからといって、これから去りゆく上司にこんな大きな問題を渡 していいものだろうか?  やっぱり、電話しよう。 「ばかもん! 何故もっと早く報告してこないんだ!」  すみません。 「もういい! 明日私が何とかしておく!」  あ、ありがとうございます!  ふう。もっと早く言えばよかった!  でも、本当にこれでいいんだろうか?  余計な電話がさらに私を眠らせない。 4.  そう、あたしは今夜、眠れません。  お父さんが会社の中で倒れて病院に運ばれたからです。  過労、働きすぎが原因だそうですが、はっきりしていません。  お母さんがつきっきりで看病しています。  あたしは弟二人の面倒を見るために、家にいます。  この時間ともなると、二人とも寝てしまっていて、あたしはする ことがありません。  こんな時、何かをしていないと無性に不安になります。  夕方6時に電話があってから、ずっと電話はありません。  電話するって言ってたのに…  あたしは不安を拭い切れず、たまらなくなって弟達を起こしてし まいました。  二人ともカンカンに怒って寝床についてしまいました。  何でぐっすり眠れるの?  お父さんが入院しているっていうのに。  あたしは不思議に思いました。が、眠気の方が上なんでしょう。  ああ…  いても立ってもいられなくなり、こっちから電話をかけてみるこ とにしました。  ところが、何度かけても病院に通じません。  つながらないはずです。  疲れてふらふらのあたしに、逆に電話がかかってきました。 「あんた、逆にこっちに電話かけてたでしょ?」  そりゃつながらないよね。 「ねえ! お母さん! お父さんは!? お父さんは!?」 「大丈夫だから、あんたもう寝なさい」  この一言を聞いて、あたしは涙が止めることができませんでした。  こんなに嬉しいことはありません。  しばらくは受話器を持ったままうつむいてました。  とっても落ち着いた気持ちになると、あたしは受話器を置いたか どうかよくわからないまま、お父さんの夢を見に布団の中へ潜り込 みました。 5.  そう、僕は今夜、眠れそうにない。  もう腹が立って腹が立って!  騙された僕が悪いと言われりゃそれまでなんだけどさ!  でも、やっぱり腹が立つ!  てなわけで、謝らせようと、僕はそいつに電話した。 「はい、何だ、お前か」 「何だじゃないだろ! よくも嘘ついたな!」 「どうしたんだよ?」 「どうしたもこうしたも、お前、あの娘が僕のこと好きだって言っ たじゃないか! だから僕も好きだって…」 「告白したってか?」 「そうだよ! そしたら、なんて言ったと思う? 『あなたの事を 好きだって私が言ったのなら、それはあなたの夢の中だけよ』って!」 「おお、それは可愛そうになあ」 「てめえ! 僕は今お前が想像もつかないほど傷ついてるんだ!  謝れ! さあ、せめて今すぐ僕に謝れ!」 「やだね。そんなの、真に受ける方が悪いんだよ! じゃ」 「何だと! じゃあ、明日あの事学校中に言いふらしてやる!」 「あの事って、まさか…?」 「そう、女子更衣室に入っていったことさ!」 「お前、あれは黙っててくれるっていってたじゃねーか!?」 「何言ってんだ!? それじゃ僕に謝れ!」 「お前の勝手な勘違いだろうが!? 俺は謝らんぜ!」 「じゃあ言いふらすからな!」 「そんなこと言うんだったら、俺だって、小学校6年にもなってお ねしょしたことをばらすからな!?」 「何だって!? そんなこと言うのか? じゃあお前が4年の時に 駄菓子屋でチョコレート取った事をばらすぞ!?」 「お前、今までよくそれで俺の親友気取ってられたな!? お前が 風邪で休んでたときにいつも食パン届けてやったの忘れたのか?」 「よく言うよ! いつもお前に宿題見せてやったのは誰だと思って るんだ?」  そんな他愛ない会話で朝を迎える僕達だった。 6.  そう、私は今夜、ちっとも眠れないの。  だって、お腹が痛むんだもの。  変な意味じゃないんですよ。  食べすぎちゃって、ははっ。  でも、みーこもあっちゃんも同じ境遇のはず。  あの中西君のおごりとあれば、いくらでも食べちゃう。  ブタになるんじゃないかって?  そこはそれ、食べたらその分色々とダイエットしちゃうもんね。  それにしても痛いなあ。  うーん、困っちゃった。  胃腸薬も、もうないし…  そうだ!  ちょっと遅いけど、電話しちゃえ! 「はい… あ? 何やの、今時分?」 「あんなあ、ちょっと教えて欲しいんやけど…」 「あんた、今度の休みには帰ってくるんやろな?」 「あ、うん、たまにはねえ。それよりさあ…」 「何? 腹痛の時の直し方? あんたそんなんも忘れたんかいな?」 「まあええやんか。はよ教えてや」 「薬無いんか?」 「うん、今無いんよ。 「あんたそういうところが阿呆や言うねん! いつも言うてるやろ? もっと身の回りちゃんとせんと…」 「ああ、わかった、よーわかったから」 「とにかく、横になってお腹のへそのまわりをゆっくり、時計回り にさすりや。そしたら少しはましになるやろ?」 「あ、そうやったそうやった!」 「ほんま、気ぃつけや? それと、今度の休みはちゃんと帰ってお いでや?」 「もう、わかったって。そしたら電話切るから」 「あ、ちょっと待ち。今お父さんに代わるから」 「もうええて」  そう言いながらも電話を切れないのは、やっぱり家族と話してる と楽しいからかな。やっぱり都会の女の一人暮らしは何だか寂しい し。 7.  そう、俺は今夜、眠れないでいる。  今日、千夏と別れた。  俺達は3年以上の間、ずっと友達以上の関係が続いてた。  今でも仲は悪くないと思う。  趣味も合ってた。  話をしてても疲れない。  そう美人というわけでもないが、どこか可愛い雰囲気のある女だ。  そっちの方も初めての相手も千夏だったし、一番いいとも思う。  だけど、そんな仲でも別れるなんて事はあるもんだ。  はっきりいって、原因は俺だ。  3年を長く感じるか、短いと思うかは人それぞれだろうが、俺に とっては結構長かった。  一時の気の迷い、マンネリを嫌った俺は、違う女に手を出した。  互いにアソビだと割り切っていたはずだったのだが、俺はその女 にのめりこんでいった。  男だったらわかるだろ?  で、気がつけばやっぱりアソばれてたってわけだ。  この事を知らないはずがない。  どう隠したっていろんなルートでばれるのがオチだ。  今日、千夏の方から別れ話があった。  全て俺が悪いんだから、何も言えなかった。  あいつが別れてくれというのなら、別れるしかない。  だけど、それでよかったんだろうか?  あいつもそれでよかったんだろうか?  こんなにあっさりと、終わるものなんだろうか?  わからない。  あいつ、もう俺のことが嫌いになったんだろうか?  俺、もうあいつのことが嫌いになったんだろうか?  知りたい!  俺の気持ちも、あいつの気持ちも、知りたい!  たまらなくなって、俺は千夏へと電話をかける。 「…ただいま外出しております。御用の方はピーという発信音の…」  いないのか?  こんな夜更けにあいつがいないなんて…  とにかく、一旦電話を切った。  一応、メッセージを考えてから、もう一度電話をかける。 「あの、俺だけど…。その… こんなこと言うのもなんだけど…   俺、そう、俺が悪いのはわかってる。  お前が全部正しいこともわかってる。  だけど… だけど…  お前、本当にこれでいいのか?  俺と別れて、それでいいのか?  俺、今自分の気持ちを確かめてる。このメッセージで。  そう、そうだ。  やっぱり俺はお前が一番好きだ。  だけど、俺…  だから、お前の気持ちを知りたい。  お前の本当の気持ちを…  女々しいけど、これが最後になってもいいから、教えて欲しい。  今までの身勝手も全部謝りたい。  何言ってんだかわからないけど、俺…」  ピー。  メッセージはこれ以上入れられなかった。  どこに行ったのか見当もつかないので、諦めて眠る努力をしよう とした時…  トゥルルル、トゥルルル、…  何故か、眠れないことがありませんか?  理由は様々ですよね。  だけど、それがとても人間らしい行為であるにも関わらず、無理 に眠ろうと、時には睡眠薬まで持ち出すこともあります。  そんな時は誰かに電話してみませんか?  無理やりでも、電話がつながりさえすれば、夜はあなたの味方に なってくれると思います。