「ある店の前で」  私は他人の話をとやかく言う資格はない。  むしろ、盗み聞きは悪いことであると思っている。  だが、聞こえてくるものは仕方無いのだ。  半ば諦めて、その人達の会話に耳を傾けてみる。  私も暇なものだ。  そう、そんな他愛ない学生の会話。 「夏はやっぱり”うなぎ”やねえ!」 「そやけど、なんも土用丑の日にわざわざ店の前で並んで待たんで もええやんか?」 「そらそうやけどさあ、なっちゃん」 「ほんで、なあなあカツミ、あんた昨日何処行っとったん?」 「え? ちょっとアソビにいっとっただけやん?」 「あほやなあ。こないだから言うとったやんか?」 「ああ、あれかあ。でも、あのコンパ、レベル低いしぃ」 「確かにそうやけど、みんな待っとったんやで、カツミ」 「そうそう、こないだのあの子、何言うとったか憶えとる?」 「ああ、あれの事?『今の北海道・沖縄開発庁長官って誰かわかる?』 やもんなあ。会うていきなりあんなん言う奴サイテー!」 「せやけど、ちょっちよかったかなぁ?」 「うっそぉ? あんた、あんなんに未練あるん?」 「ちょっちって言うたやんか!?」 「あーっ、むきんなるとこみたら、あんたあの子にほの字やな?」 「そんなんちゃうもん!」 「そやけど、カツミ、ちょっち趣味悪いで」 「関係ないやん、そんなん! それやったらあんたかて何やの?」 「あ、そんなん言うん?」 「だって、趣味疑うで、あの子」 「なあなあ、今度何処行く?」 「そやなあ。ハワイも香港も行き飽きたしなあ」 「グァムも行ったし…」 「ヨーロッパはちょっち遠いしぃ」 「台湾って、行ってへんかったっけ?」 「ああ、行ってへん行ってへん! そこにしよ! 10万もあった ら行けるんやろ?」 「行ける行ける!」 「なあ、なっちゃん? 今年暑いと思わへん?」 「ほんま暑いなあ。もう何の対策も無しにお肌真っ黒やもん」 「そやけど、うちのエアコン全然きかへんねん」 「あ、そうそう。何でエアコンって夏になったら壊れるん?」 「うそぉ? へぼいなあ、あんたんとこの」 「後でカツミんとこアソビに行ってええ?」 「片付いてへんけど、ええよ」 「へへ、ラッキーっ!」 「なっちゃんも暇やなあ。あの子とアソビに行ったらええのに」 「そんなん言うたかて、あいつん家エアコンないんやもん」 「あんた、エアコンで人を選ぶんか?」 「まあね。あ、そうそう。こないだの”女性エイト”見た?」 「見た見た! あの黒田牧夫が離婚ってやつ!?」 「そう、それそれ! あんなにいきがってたくせに、やっぱり女が 出来たら”はいさいなら”やね」 「女かてそうやんか? なっちゃんかてどうかわからへんで?」 「何でそうなるん?」 「ようわかってるくせに」 「でも、カツミも人のこと言うてられへんで」 「はいはい。なあなあ、最近テレビゲームって難しいと思わへん?」 「そうそう、戦争もんとかややこしいのとか長いのとかばっかり」 「全然おもろないもん。最近、歳かなあ」 「歳や歳や!」 「なっちゃん、ひどい!」 「でも、最近小じわが増えてるんちゃう?」 「普通、そこまで言う!?」 「言う言う」 「なんかごっつう冷たいなあ、なっちゃんって」 「そうそう、カツミ、ええ歯医者知らへん?」 「え、何?」 「なんか、虫歯出来たみたいやから」 「痛いんちゃうの? 虫歯になったことないからわからんけど」 「痛いでえ! ほんま痛いで。コンパの時からずっと」 「なっちゃん、それでコンパでええ子引っかけられへんかったんちゃ うの?」 「放っといてや。そんなんちゃうもん。そやけど、ほんま暑いなあ」 「今度さあ、『海遊館』行かへん? 涼しそうやんか」 「ほんま、アソビ人やなあ、あんた」 「そう? この暑い中、あの子の家にいるよりはええと思うんやけ どなあ」 「そやけど、いっつも並ぶで、あそこ」 「そうやねんなあ。その間が暑いんやなあ」 「並ぶ言うたら、いつまで店の外なん?」 「さあ」 「もう、汗だくや。あせもできたらどないしょう?」 「メンソレでも塗ったらええやんか」 「遺伝ちゃうの、それ?」 「あのDHAってやつ?」 「それはDNAや!」 「ナイス、つっこみ!」  まったく、このくそ暑いのに、だらだらとよくしゃべるもんだ。  これが男同士の会話でなけりゃ、少しは納得がいくものを…。