「シェルトリアの剣豪」  ここシェルトリアの街には、俺達の誇る世紀の英雄アウルジェン がいる。  20歳で華麗なるデビュー。あの有名な「アンデリウスの会戦」 が初陣だった。戦線では重要な位置にある騎馬隊を、まだ護衛する 立場の彼は、安物の鎧を身に纏い、長剣一本で敵国兵士に立ち向かっ ていった。  その後、めきめきと頭角を現し、我が軍の数々の危機を勇猛果敢 な攻撃ぶりとその成功を裏付ける繊細かつ巧妙な計略は、一戦毎に 人々を驚かせ、敵軍を脅えさせ、我が軍を奮い立たせた!  35歳にしての国王陛下の近衛隊長。45歳の若さで元帥閣下だ。  今じゃすっかり白髪だけど、この街の英雄だ。  だからシェルトリアの男は、アウルジェンに憧れて剣士を目指す。  みんなアウルジェンからみればただのひよっ子だ。  だけど少なくとも俺は違う。  俺は剣の才能もあるし、知略にも少しは長けているつもりだ。  それに、こうみえても昔アウルジェンに認められたこともある。  「いい面構えだ」ってさ。  で、今シェルトリアに帰ってきていると聞いて、俺はアウルジェン の行きつけの酒場「鉄のきらめき」を覗いてみた。  いたいた。  男達はアウルジェンを囲み、声高らかに行軍歌を歌う。  女達はその男達を色目づかいで眺めている。  この中にあって、誰よりも堂々としていて、だけど誰よりも気さ くな男が我らがアウルジェンだ。 「おう、坊主! 来とったか!」  すっかり出来上がった様子。こうなると手のつけようがない。  もっとも、元帥閣下のすることには、手出し無用なのだ。  アウルジェンの御指名を受けた俺は、否応なしに男達の群れの中 に引き込まれる。  英雄の声がさらに大きくなる。 「坊主、夢は何だ!?」 「夢…? そんなの決まってるさ! 夢は元帥ただひとつ!」 「そうか! この杖が欲しいか! わははっ!!」  アウルジェンは楽しそうだった。自慢の顎髭を撫でながら、 「ふふん、坊主も血気盛んな年頃になったな!」 と、高笑い。  酒くさいのは嫌だけど、俺も陽気に歌ったりするもんだ。 「坊主、見てみるか?」  みんなが帰った後、酒場のカウンターに腰掛けて、アウルジェン は腰の長剣を取り出し、鞘から剣身を抜いた。 「東の国の長剣だね?」 「ああ。滅多に手に入らないものさ。光り具合が違うだろ?」  その言葉の後、アウルジェンはいつもと違う態度をとった。 「なあ、坊主。俺は今輝いてるか?」  アウルジェンは、俺に長剣を手渡しながら尋ねてきた。 「えっ? 当然じゃないか!? 俺達の英雄、アウルジェン!」 「ふふん。英雄か。じゃあ、この剣よりも輝いてるか?」 「ああ!」  俺は自信をもって答えた。  だが、何故かアウルジェンは俺の答えを遮るようにつぶやいた。 「この剣はまだ光り輝いているが、やがてくすみ、刃も欠け、使い 物にならなくなる。人も、そのうち錆びてくるってことさ」 「何のことだい? 俺、よくわからないよ」 「坊主、昔はお前、世界中を冒険したいって言ってたよな? 俺は お前のその言葉がうらやましかったよ」 「でも、アウルジェンはあちこちの国を攻めていったじゃないか!?」 「…坊主、お前はまだ人殺しという、世の中で一番醜い行為に手を 染めていない。その剣もそうだ。お前の夢はくすんだか? もう、 欠けてしまったのか? 人を殺さなくても、世界はお前のものだ」 「アウルジェン…」 「俺はもうぼろぼろだよ。骨も肉もずたずただ。それに南方制圧の 時に妙な流行病にもかかっている。その剣の光は俺には似合わない。 お前にやるよ。人殺しの力じゃなく、夢を叶える力になる…」  俺は今、何を見たのだろうか? あれが英雄アウルジェンだった のだろうか?  酒場を出ていくアウルジェンの背中は、どこかさみしく見えた。  剣豪アウルジェンが戦死したのは、それから一週間程経ってから のことである。  元帥にしてなお、戦線に立つその姿は、最期まで威厳を保ち、敵 兵士達を震え上がらせていたという。  英雄の最期の言葉を聞いたものは数少ない。だが彼がこの世を去 る前に、同じ言葉を故郷の酒場でつぶやいていたことを知るものは 一人しかいない。  地に倒れ、長剣を手放す瞬間、彼の独り言がそっと大地にもれる。 「剣の輝きは人を導き、その先には必ずや夢が眠る」と。