「名探偵深谷ジョーンズ三郎」  ACT.1 仕事ください  俺の名は、題名通り深谷ジョーンズ三郎だ。何なら、ボビィって 呼んでくれてもいいぜ。みんなはジョニーって呼ぶけど。  かっこいいだって? 俺もそう思うぜ。  俺の職業も、題名通り「名」探偵だ。今まで幾多の事件を解決し て、金を稼いでいる。気取っていても所詮は依頼人さまさまだがな。  そうそう、俺の相棒を忘れていたぜ、ベイビー!  この、俺の足にまとわりついて離れない柴犬が、俺の大切な相棒 悪源太パープルだ。血統書がないから、本物の柴犬かどうかは疑わ しいがな。  おい、怒るなよ源太! 吠えても恐かねーよ。  ま、しゃれた自己PRはさておき。  俺はいつもの通り、俺の寝床であるボロアパート「幌馬車通り」 のどぶ掃除を終えて、部屋に帰ってきた。  ったく。あの大家のばばあめ。俺のハードボイルドがわかっちゃ いねえからな。いくら家賃3ヶ月滞納だからってよ、当番でもねえ のにどぶ掃除に駆り出すんじゃねえっての!  いい加減にしないと、滞納4ヶ月目に突入してやるからな!  で、2階の隅、俺の部屋のドアを開けると、こりゃたまげた。  絶世の美女。  言っとくがなあ。俺はそんなチープな言葉は、滅多に口にしない タイプなんだぜ!? わかるだろ?  だから、それほどの女というわけだ。  俺の部屋にいるから、仕事の依頼だろう。  女だけ見ていうのも何だが、うーん、なんていい話だ!  実は3ヶ月ぶりの仕事に浮かれる気持ちを抑え、とりあえず俺は 彼女の話を聞くことにした。  以下、俺といい女の会話。 「Hi! 仕事の依頼の方ですか?」 「あ、はい。あなたがテディ三郎さんだと聞いて…」 「(俺は熊か?)で、何の御用でしょうか? あ、お待ち下さい。 今お茶をお入れしますので」 「あ、どうぞお構いなく… それよりも、ジミーさん?」 「(今度は猿か?)何でしょう、麗しの君、そう、あなたのお名前 をまだ聞いていませんでしたね?」 「あ、申し訳ありません。私、食パン通りに住む井口エレナ潤子と 申します」 「Oh! 現代えせブルジョワ階級が最も憧れるという、あの豪華 絢爛なお屋敷が並ぶ食パン通り! とすると、定番ならあなたは上 流階級のお嬢様ってところかな?」 「あ、はい、そんな風にも呼ばれますわ」 「Jesus! あ、誤解しないでください。私は身も心も浄土真 宗信仰ですから。で、そのお嬢様が、何の用ですか?」 「あ、この部屋、さっぱりしていらっしゃいますのね?」 「ええ、余計なものを買わない主義でして。お金があれば余計なも のを買うんですが、お金がなければね」 「あ、テレビも、冷蔵庫も、電子レンジも、マガジンラックも…、 ティーセットも、蛍光灯も、何も無いんですね?」 「そう、そういうものを総じて余計なものというんですよ」 「あ、でも、この雑誌は必要なんですね?」 「え、あ、あはは、そうですね。男性の一人暮らしには欠かせない 雑誌なんですよ…」 「あ、こっちにも。たくさん必要なんですね?」 「ええ。必要なものはたくさん集めておかなければ、ねえ…」 「あ、なるほど。勉強になります。何赤くなってるんですか、トニー さん?」 「(名字は”深”もついてるぞ? それに、何しにきたか、ええ加 減に言わんかい!)で、用件というのは…?」 「あ、うわあ、可愛いワンちゃんですわね?」 「こいつですか? 柴犬で、名前は悪源太パープルっていうんです」 「あ、このワンちゃん、うちのリンダのお相手にどうかしら?」 「はあ…」  ACT.2 井口家の災難  いつまでもこの調子じゃ身が持たないと感じた俺は、彼女の家で 話を聞くことにした。  オー、ハウ チャーミング!  ああ、なんて素晴らしいことだろう! と、とりあえず訳してみ る。  憧れの大邸宅にお邪魔しているのだ。  数万ドルもするソファー、テーブルは大理石、カーテンなどは、 シルク100%ときたもんだ。  さて、そのソファーに座っている3人の人物。  面倒だから、向かって左から説明していくことにする。  まさに貴婦人と呼ぶに相応しい彼女は、相川エリザベス友子。隣 に住む相川家の跡取り娘だとか。見るからに気のきつそうな女だ。 そこが魅力と言えば魅力だが。この気高さが彼女を貴婦人たらしめ ているのだろう。とりあえずリズと呼ぶ。  真ん中の男は中井トーマス英明。キザ野郎だ。トムと呼ぶ。  右の男は西田ウィリアム俊也。好青年だ。ビルと呼ぼう。  男はどうでもいいから、この程度の説明で十分だろう。  その他、後ろに控えているのはこの井口家に代々仕えている高山 スコット伸一だ。  また、エレナの飼い犬であるマルチーズの食パン小町リンダが、 元気に部屋の中をかけている。どうやらうちの悪源太とうまが合う らしいぜ。  そしてエレナと俺。これが、ここにいる全員だ。  やがて、シルク100%のカーテンに寄り添うようにして、エレ ナが語り出した。 「皆様、お集まりいただきありがとうございます。ではお話し致し ます。実は昨日、母の形見のダイアモンドをなくしてしまったので す。御承知の通り、昨日はこの部屋で皆様方を招待してのホーム・ パーティを開いておりました。その時、私が首にかけていたペンダ ントをご存じでしょうか? あのペンダントの先にあったダイアモ ンドがなくなってしまったのです。私としては皆様を疑うなどとい うことは心苦しく思っておりますが、母のたった一つの形見なんで す。皆様の中で、お心当たりのある方はいらっしゃいませんか?」  がっくりとうなだれるエレナ。  きしょーっ!  かわいいじゃねーか!  ま、それはいいとしてだ… 「なるほど、そのパーティのメンバーがこの人達というわけか…」  ありきたりの展開だぜ、まったく。 「Fuh! 素っ頓狂な見当違いの質問しないでくれないかしら?」  高飛車な態度で迫り来るリズ。なかなか色っぽくて、クラクラし てきたぜ! 「あたしたちはあなたに呼ばれてパーティに来たのよ? どうして あたしたちが、あなたに疑われなくちゃならないの?」 「そうですよ、ミス・エリザベス」  トムが口を挟む。俺の鋭い直感は、彼がリズに惚れている事くら いすぐにお見通しだ。 「ばかばかしい。まったく不愉快ですね。親友の僕達を信用出来な いような人は、僕達と付き合う資格はありませんよ」  その時、ビルは何も言わなかった。  この態度も少々気になる。  さらに気になるといえば… 「こらこら、源太! いつまでじゃれあってんだ!?」 「ほんと、仲のいいこと」  エレナの顔に微笑みが戻りかけたのは、思わぬ収穫だ。  源太、サンキュー! 「ま、それはいいとして、だ。俺は雇われたからには必ずこの事件 を解決して見せるぜ。まず、ビルに質問したい」 「は、はい…?」 「あなたは昨日、どこにいましたか?」 「はあ、だから、ここにいましたが?」  ACT.3 捜査メモ  俺の独断と偏見はトムを犯人と仮定する。  憎たらしい嫌味な奴だからというわけではない。  彼らの素性などを調べてみてのことだ。  以下、一週間の調査の結果。  事件のあった日は、他に訪れる客はなく、この部屋のパーティの 準備については、一切をスコットが請け負っていたと言う。  アリバイは各人きっちりとしている。  皆その場にいたのだから、これ以上のアリバイはない。  彼らの素性にも触れてみる。  まずはビル。  西田家の長男として、西田コンツェルンを継ぐ立場にある。  どうやら、幼馴染みのエレナに恋心を抱いているらしい。  それならわざわざエレナの困るようなことをするだろうか?  彼はおとなしい性格であり、もしエレナの気をひこうと思うなら ば、彼女を悲しませるようなことはしないであろう。  コンツェルンの御曹司だけあって、金銭で苦労するということは 知らないらしい。そういう意味からも、盗みをはたらくとは考え難 い。  趣味は美術鑑賞だそうだ。いい御身分だこと。  その他、特に目だった事柄はない。  次はトム。  こちらも中井家の次男坊として、中井財閥の重要な位置にある。  だが、金遣いが論外に荒く、親も兄弟も手を焼いているらしい。  株もギャンブルも大抵が失敗。  親の用意したベンチャー企業の社長の座に居座っていはいるが、 自分では何一つ指示をしていないという。  遊びに関しては天下一品。  そして何より、彼はプレイボーイである。雑誌じゃないぜ。  何人の女といいことしてるんだろう?  そのために金が必要であり、何等かの形で工面しているという。  親にも資金協力をもらえず、自分で資金を調達するのにも限界が 来たのかもしれない。  それもこれも、リズをおとすためのことらしいと聞くと、男なら 納得しようというもんだ。  涙ぐましい努力も、ものを盗めば犯罪である。  そのリズも調査対象である。  彼女は相川建設大臣の娘で、性格はいたって気まま。  愛らしい唇、すらりと高い鼻、どこか妖しさの漂う切れ長の瞳、 眉は濃く、ブロンドの長い髪が大きくウェーブを描いている。  ちなみにスリーサイズは上から86・62・88。  こりゃたまらん。鼻血が出そうだぜ。  遊び人だが身は堅いらしい。  女友達と装飾品で競い合っているらしいが、エレナの宝石を盗む 程に困ってはいないらしい。エレナ自身も、問題のダイアモンドは 大した価値はないらしい。と言っても数百万ドル単位らしいが。  スコットは長年の侍従であるため、考え難い。  もっと効率的に高価な宝石等が他にもたくさんあるからだ。  まあ、多少プライベートな調査内容もあったが、以上を総合して の判断である。  だが、これをエレナに報告するとなると、問題がある。  エレナとトムは親友同士である。  トムの借金の肩代わりすらした事もあるという。  そんなエレナから、物を盗む程落ちぶれた男なのだろうか?  だが、事実は事実として、  明日は明日、なんとかなるさ。  ACT.4 ジ・エスケープ・ロマンス  日付も変わり、俺はエレナの所へと重い足を向けた。  が、彼女はいなかった。  スコットの話では、今日はエレナの母の命日だそうだ。  俺は源太と共に墓地へと向かった。  墓地は深い森の向こう側にある。  彼女は墓地の奥、小さな墓標に向かって祈りを捧げていた。  その瞳にうっすらと光る小さな涙の粒は、俺にはさながら宝石の 様に見える。  隣でちょこんと座っているリンダも、静かにうつむいていた。  言えない。やっぱり言えない。  今の俺に出来ることといえば、そっと肩を抱くことくらいのもの だ。 「…あ、ジェニーさん、ですか?」 「(誰がバービーのライバルやねん?)ええ、私です。ジョーンズ 三郎です」 「あ、すみません。顔と名前がなかなか一致しないもので…」 「…ここに、あなたのお母さんが?」 「あ、はい。3年前、交通事故で…」 「で、あなたが成人した時にと、お母さんがずっと大事にされてい たのが、お父さんからのプレゼントだったあのネックレス…」 「あ、どうしてそのことを?」 「探偵をなめてもらっては困りますね、お嬢さん。それくらい調べ はつきます。で、結局お母さんからは手渡されることはなかった…」 「はい…。でも、私はもう平気ですから」  涙まじりにつぶやく台詞は痛々しい程だったが、その笑顔が彼女 の力強さを物語っていた。 「そうそう、カラ元気も元気のうち。明るくしている方がチャーミ ングですよ」  バウワウ!  何だ!? せっかくいいムードになってきているってのに!  俺は源太を連れてきたことを後悔した。 「何なんだ、源太! 何が言いたいんだ?  源太は身振り手振り、時々泣き声も織り混ぜて多彩なジェスチャー を繰り広げる。 「ふむふむ。腹が痛いのか? お前か? 違う? じゃあ誰が…  はあ? リンダが?」 「あ、あの… 犬の言葉、わかるんですか?」 「ええ、まあ」  唖然とするエレナを後目に、俺はそばにすりよってきたリンダを 抱きあげた。 「ふむ、確かにどこか苦しそうだな。早く獣医に見てもらった方が いいな」 「あ、はい。ありがとうございます… でも、ジェシーさん、何か 私に用があったのではありませんか?」 「(とほほ、わしゃ親方か…)ええ、そうなんですが」  この先を言うか言うまいかで悩もうとした途端、俺の身体は既に ハードボイルドしていた。 「伏せろ!」  言うが早いか、俺は彼女に飛びかかった。  パーン! パーン! パーン!  乾いた銃声が3つ。  森の奥の方からだ。  俺だけなら、森の中に飛び込んで格闘して見せるが、今はエレナ の安全が第一だと考えるのが当然だ。 「エレナ、走るぜ!」  彼女のやわらかくしなやかな手を引き、森の反対側へと入り込ん だ。ついでにこっちも脅しの銃声を2つ鳴らす。 「あ、あの、それは…?」 「俺達の稼業は危険が一杯でね。これくらい持っておかなきゃ身が 持たないのさ」  俺の説明を聞き終わる前に気絶したため、彼女を背負って走った。  逃げ切ったと思うまでに森の中を相当駆け抜けたが、これくらい でねをあげるようじゃ、探偵稼業はつとまらない。  後はゆっくりと歩いてエレナの家にたどり着く。  スコットはこれ地球の最期とばかりに驚き、大慌てでエレナを寝 室まで連れていった。  俺はボディーガードの意味でも、彼女の邸宅に数時間留まる事に した。  あっという間に夜だ。  月夜は人の心をなごませる。こんな稼業だとなおさらだ。 「あ、あの…」  二階のベランダに立つ俺の背中に、いとおしい声が届く。 「エレナ! 気がついたのか?」 「あ、はい…」  短く切れた彼女の吐息が、それ以上の何かを俺に与えてくれる。  しばらくの沈黙の間も、月明かりが優しく俺達を包み込んでくれ た。  静寂は、彼女の麗しい声色で終わる。 「あ、あの… 私、その…」 「どうしたんだい、エレナ?」 「あ、その… 先程はありがとうございました」 「当然のことさ。それより、拳銃を手にする様な男は嫌いかい?」 「あ、いえ… 私、その…」 「わかってるさ。言わなくても、君の気持ちはね…」 「うれしい…」  エレナは、そっと俺の背中にその愛らしい手を差し伸べた。 「俺の気持ちも、わかってもらえるかい?」 「…ええ」  ガタン! 何か音がした。  また奴か! 俺は軽く身構えながら辺りを見回す。  部屋の中で源太とリンダがうろうろしていた。 「リンダ! あなたまた何か食べちゃったんじゃないでしょうね?」  エレナがあわてて部屋に入る。 「この子ったら、何でも見境なく食べちゃう癖があって…」  この時、俺は何となく悟った。  今の彼女の本当の心の支えは、俺じゃなくリンダなんだ、と。  バウバウバウ!  この駄犬め! どうしてお前はいつも俺のペースを乱すんだ! 「何だよ源太、何が言いたいんだ!?」  また源太がジェスチャーを始めようとした時… 「僕のエレナさんから、離れろ!」  ACT.5 犯人はおしゃまな貴婦人  拳銃を持って部屋のドアを開けた男はビルだった。 「お前かあ? 昼間の下手くそな拳銃使いは!」  俺がおどけて言うと頭にきたのか、拳銃を俺に向ける。 「僕はずっとエレナを見てきた。僕はずっとエレナを守ってきた。 僕はずっとエレナを助けてきた。僕はずっとエレナと一緒だった。 僕はずっとエレナが好きだった。僕はずっとエレナを愛してる!」 「ちょ、ちょっと待て! 俺は何も…」 「うるさい! 僕はずっとエレナを愛してる! ずっと!」 「どうして…?」  エレナが割って入る。  親友を殺人犯にしたくないと思う気持ちが彼女を揺り動かしたの だろう。  だが、俺が彼女を守る立場だ。 「危険だ、エレナ! こいつ、逆上してるぞ!」 「どうして、どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」  …はあ? 「私、ずっとずっとビルの事が好きだった。でも、あなたはいつも 私の素振りを察してくれなかったし、いつだってあなたと一緒に歩 いていても手も握ってくれないんだもの!」 「そ、そうだったの? ごめん、エレナ! そんな君の気持ちも知 らずに…!」  ひしと抱き合う二人。  あーあ、あほくさ。まったく、何なんだ、一体?  だが、引っかかることがある。 「それじゃあ、あんたが犯人か?」 「どうしてそうなるんです? 第一、言い忘れてましたが、あの日 帰る時、まだネックレスのダイアモンドはついていたじゃないです か?」 「あ、そうでしたっけ?」  で、話をまとめると、こうだ。  パーティの後もしばらくはネックレスを身につけていたらしい。  片付けの頃、夜風にあたりたくて2階に上がる時、ネックレスを パーティ会場となった応接間のテーブルに置いたという。  で、気分爽快で応接間に戻ってみると、ネックレスのダイアモン ドがなくなっていた、というわけだ。  その短い時間に出入りすることは不可能である。  出入りされた形跡自体も全くない。  本人でなければ、この夜唯一人屋敷内にいたスコットしかいない。  だが、彼にはアリバイがある。スコットはこの時間はお稽古事の 時間である。隣のジャムパン通りまでお琴を習いに行っているのだ。  じゃあ、誰が? 「はあ、こればっかりは判らないよと易者言い、ってか… ん?」  源太がジェスチャーを始めた。相変わらず変な犬である。 「何なに? リンダが? 食べてた!?」  どさくさにまぎれて、リンダを獣医のもとへ連れていくのを忘れ ていたのだ。  まだ、俺以外は源太のジェスチャーを理解していない。  仕方無く、少々乱暴な方法を取る。 「こら、リンダ! 吐け! 吐かねーとひどい目にあわすぜ!」  リンダを持ち上げて逆さ吊りにし、口を大きく開けた。  ゲロッ!  ビチャッ!  コトッ!  最後の音が、ダイアモンドが床に落ちた音だ。 「お嬢さん、ほら! リンダが食べてたんですよ! こいつ、変な 物を喰う癖があるって…」 「帰って!」 「は?」 「リンダをいじめる人なんて、私、嫌いです!」  で、放っておいても、家賃滞納は4ヶ月目に突入しちまった。  結局一銭ももらえなかった俺は、相変わらずどぶ掃除の毎日だ。  − 完 −