「6月18日 晴れ。  今日は父と母の結婚式。  こんな日から日記をつけ始めるというのもどうかとは思う。  が、自分でやってみたいと思うことは何でもやってみることにした。  それが父の教えだから。と、言うほどのものでもないか。  さて、華やかな結婚式、何故か家族代表の祝辞に私が選ばれた。  突然そんなことを言われて、特にしゃべることはなかったけど。  そんなわけでしゃべらないでおわり、っというわけにはいかない。  しょうがないから、まず「おめでとう」と言うと、いきなり母の目が潤んでいた。  こりゃまずい。母に泣かれると私ももらい泣きしてしまいそうだったから。  だから笑い話になりそうなことを言った。  そう、あの日の母の誤解ぶりを人前で堂々と話した。  途中の父の制止も振り切り、最後まで話したのに、誰も笑わなかった。  ちょっと不愉快。  母は恥ずかしそうにしていたから、泣くこともなかった。  これはこれでOK。  さっさと言い終わると、自分の席に帰る。  それから式の間中、田舎の叔父叔母夫婦としか話し相手がいなかった。  祝辞を読んだり、カラオケ歌ったり…  おまけに知らない人ばかりだったから、ちっとも面白くない。  で、二人はさっさとハネムーン。  あたしは家でおいてけぼり。  女の子一人じゃ危ないだろうということで、叔父叔母夫婦が一週間泊まり込み。  お土産はきっと、やっぱり、絶対マカダミアナッツのチョコだろう。  もう少し考えてくれてもいいような気もするが…  関係ないが、何故かプロポーズがどちらからかと聞いても、絶対に答えてくれない。  何故だろう? 余程恥ずかしい台詞でも言ったのだろうか?  ま、どっちでもいいか。  こういう、かたっくるしい言葉って、嫌い。明日からはもっと簡単に書こうっと」 キャッチボール延長戦 第二話「大沢あゆみの日記帳」  こんにちは、作者です。どもども。  え? 何しに出てきたかって?  題名通りの事をしなきゃいけないと思いまして…  つまり我らが薄幸のアイドル「大沢あゆみ」ちゃんの日記帳をちょっと覗いてみようかと…  何? 悪趣味? 覗き魔? 女性の敵?  そんなこと言ったって、ねえ、あーた。  着替えシーンとか覗くわけじゃないんだから。  それに彼女、今どこかへ出かけててチャンスなんですよ。  見たくないなら見なけりゃいいんですよ。  別に誰も怒りゃしませんからね。  だけど、ちょっとくらいは見たくないですか?  どんなことを思ってるのか、とか、どんな出来事があったか、とか…  あのあゆみちゃんの日記ですよ?  ほおら、少しは見たくなってきたでしょう?  とにかく、私は覗いちゃいますからね?  よろしければ、皆さん一緒に覗き見して、共犯者になってくださいな。  ではでは。 1.あゆみの育児日記 「8月14日 とっても晴れであつい。  絵美理のミルクを初めてつくる。  人肌ってどのくらいかわからなくて、つくったミルクを飲みすぎた。  半分位になっちゃって、お母ちゃんの目がどことなく怖い。  ちなみに、味はあまりはっきりしない。確かに『ミルク』だと思うけど。  で、慌ててもう一回つくる。  今度は少々多めにつくってみるが、やはり飲みすぎてきっちりくらいの量になる。  さっきの量では全然足りなかったらしくて、お母ちゃんは『助かったわ』と言ってくれた。  どうやらさっきと合わせた量で、ちょうどくらいになるらしい。  それにしても…  こら、絵美理!  あんまり飲むとブタになるぞ!」  えらくくだけた文章だなあ。あ、私も人の事言えんか。  14歳のあゆみちゃんに、そう簡単に人肌がわかってたまるものですか。  三日は練習してもらわなきゃね。 「8月20日 ちょっとくもり。  絵美理のおむつを初めて替える。  誰? 赤ん坊のうんちは匂いしないなんて言ったのは?  だけど、お母ちゃん曰く『まだミルクだけだから、ましな方じゃないかしら?』だって。  自分の子供だとこんなもんなのかなあ。  今の世の中、紙おむつが主流だから、いい加減布おむつはやめて欲しいなあ。  しかも私のお古ときたもんだ。  何だか不敏」  おーおー、やっとるやっとる。  ご苦労さんご苦労さん。  美加さんの言う通り、まだましな方なんだから。 「8月31日 外は晴れだけど私の心の中は雨。  当然、宿題が残ってるんだよね。  中学生なんて、そんなもんなのよ、うん。  だけど、これでもちゃんとやったほうなんだけど。  絵美理の世話なんて言っても、駄目だろうなあ。  ノッコに聞いてもやってないって言うし、まるに見せてもらうしかないか。  だけど、読書感想文までは写せないし。  『初めての育児・6ヶ月までのパーフェクトマニュアル』なんてのの感想文は駄目かなあ。  あー、こんな日記書いてる暇があるなら、宿題しよっと」  一応補足しておくと、「ノッコ」も「まる」も彼女のクラスメイトの女の子。  何でこんなことを作者がせにゃならんのだ?  自分で補足くらい書いておきたまえ! 「10月26日 めちゃくちゃ晴れ。  とーっても眠れないよぉ!  絵美理が一晩中泣いてたから。  お母ちゃんもちょっと考えこんでた。  お父ちゃんなんて右を左の大騒ぎ…かと思えば、すっと絵美理を抱くとちょっとだけ揺らす。  何故? どうして?  絵美理がちょっとだけ静かになっちゃった。  子育ては私の実績があるせいか、お父ちゃんの方が一枚上手の時がある。  やっぱり、私を育ててくれたんだなあって、妙に感心してしまった」  うーん。健太郎さんって、やっぱりよくわからん。  妙に間が抜けているように見えて、妙な才能の持ち主である。  うーん。作者が言うのも何だけど、やっぱりよくわからん。 「10月27日 晴れ。  今日も眠い。  お父ちゃん徹夜残業のため、今夜はずっとうるさいかもしれない。  実力テストなんて、もう知ったこっちゃない」 「10月28日 晴れ。  とにかく眠い。おわり」 「10月29日」  …何も書いてない。  これが日記か? 眠いのはわかるけど、天気くらい書きなよ?  結構ずぼらだな、あゆみちゃんって。これも人の事言えんなあ…  あっ? この日って私の誕生日だ… 関係ないか。  この後健太郎さんがけがをして入院するんだけど、このあたりの日記はかなり暗いのでちょっと飛ばして… 「3月18日 雨。  夜、お母ちゃんに抱かれて風呂に入ってる絵美理。  なかなか気持ちよさそう。  キャッキャッとか言っちゃって。お父ちゃんの指をぎゅっと握っちゃって。  で、ぼーっと見てたらふと考えてしまったことがあった。  『あたしお父ちゃんに、こんな風にお風呂に入れられてたの?』  お父ちゃんに聞いてみたら、『そう』の一言。  『てことは、あたしの裸見たでしょ』と問い詰めるとこれまた『そう』の一言。  もうちょっと気のきいたジョークくらい飛ばしてくれればいいのに。  でも、あとでお母ちゃんから聞いた話では、かなり照れていたらしい。  しかも女の子の裸という意味じゃなくて、自分が子供を育てていたということ、にらしい。  今更思ったんだって。『ああ、子育てしてたんだな』って。  そんなものなのかなあ。今だって自分の本当の子供育ててるのに。  何だかよくわかんない」  とか何とか言いながら、結構あゆみちゃんも照れてる様子。  普通の父娘とはちょっとだけ違うけど、絆はますます強まっていくようです。  最後にまたちょっと飛ばしてっと。 「7月31日 晴れ。  今日は絵美理の初めての誕生日。  まだ30円のお菓子で済むからいいけど。  これから先、プレゼントたかられるかと思うと頭痛いけど。  でも、よかったね、絵美理。  大勢に囲まれた誕生日。嬉しいでしょ?」  やっぱり多少はやきもちをやいているようです。  でも、さすがにあゆみちゃんももう15歳。  素直に育ったためか、分別もしっかりついてるようです。 2.あゆみの受験日記  次は、かなり飛ばしてあゆみちゃんの受験日記を…  「ちょい待ち!」  「前の話、どこが育児日記なの!」  「まだ結婚してないじゃんかよお?」  あれ? 育児日記には違いないと思うんですけどねえ。 「6月11日 曇。  予備校の夏期講座の申し込みをした。  ぎりぎり定員に間に合ってしまう。  勉強自体は憂鬱だが、6月一杯レギュラーなのでこれくらいしなければ仕方無いと言えば仕方無い。  とりあえず喜ぶ母。  父にしてみれば部活の方が重要だろうが、母にしてみれば勉強の方が重要と言う。  だが、夏期講座の申し込み位で一喜一憂されると、この先が思いやられる。  ふと思う。所詮は母もその辺の母親と同じということか。  夢を大事にし過ぎる父もどうかとも思うが。  とにもかくにも、7月からは嫌な日々が続きそうだ。  幼稚園から楽しそうに帰ってくる絵美理を羨む自分が、少々情けない」  おっ? 文章が丁寧になってきましたねえ?  さすがは18歳。感心感心。  高校三年生の6月までバスケ部のレギュラーとは、なかなか優秀な選手ですなあ。  ただ、性格が変わったのか、疲れているだけなのか、少々厭世気味なのが気になります。  バスケ部以外はあまり楽しいこともなさそうですし。 「7月20日 快晴。  予備校夏期講座初日。  正直言ってもうグロッキー状態。  絵美理! あんたと遊んでる暇はないの!」 「8月11日 快晴、夕立あり。  予備校夏期講座お休み。  久々のプール。  浮いてただけ。  夕立がやけに気持ち良かった」 「8月12日 快晴。  予備校夏期講座再開。  教室で真っ黒なのは私だけ。  顔から火が出るとはよく言ったものだ」 「8月26日 快晴。  予備校夏期講座最終日。  我ながらよく耐えたと思う。  これで成績上がらなければもう駄目だろう。  両親には諦めてもらうしかない…」  …相当疲れているようです。  初日から最終日まで、ずっとこの調子。  何だかかわいそうだなあ。  疲れたまましばらく思い悩んだあげく、こんな出来事に出会ったようです。 「11月23日 勤労感謝の日 曇。  今日は泣いてしまったので、そのわけを詳細に記しておこうと思う。  辛いけど、二度と同じ失敗を繰り返さないために。  まだ今朝はいらいらしてた。  母が絵美理の通う幼稚園の父兄会とかでいないので、思い切って父に話をしてみた。  のんびりしている父を見ると、羨ましくさえ思っていたからだろうか。  『何だかよくわからないけど、いらいらする』、要するに思ったそのままを。  父は何故いらいらするのかを私に聞いてくる。  それがわかればこんな苦労はしないと言った。  『わからないんじゃ、いらいらするだけ無駄』という、妙なアドバイスを受ける。  何だかわけがわからなくなって、ますますいらいらした時、父曰く、  『勉強、付き合ってやるよ』。  お父ちゃんにわかるわけがないと思いつつ、私の部屋へ父を御招待。  こりゃわからん! と父が叫んでお手上げというポーズをとる。  あまりに滑稽だったので大声で笑ってしまった。  そしてつい、偉そうにこんなことを言ってしまった。  『ほうら。野球ばっかりやってたら駄目なんだよ!』  『そうだなあ…。野球なんてやってないで、ちゃんと勉強してれば、俺ももっといい会社に入れて、お前達にもっと楽させてやれたのに…』  この時ほど後悔する瞬間が、これからの私の人生であと何回あるだろうか?  父はがっくりと肩をうなだれ、小さくため息をついていた。  人生の否定。  そうなのだ。  父は私を育てるために、高校3年生あたりからバイトを始め、卒業と同時に働きに出ていたのだ。  しかも、私を男手一つで育てながら…  そんな自分の人生を、その育てた娘が否定したのだ。  唯一の趣味であり特技であり生きがいである野球を否定したのだ。  私程愚かな人間が、この世にいるのだろうか?  自分がいらいらしているというだけで、育ての親に対してこんな卑劣な言動を行う娘が…?  だが後悔先に立たず。  父の寂しそうな後ろ姿に声をかけることすら出来なかった。  また何か傷つけるようなことを言ってしまいはしないかと思うと、声が出なかったのだ。  不謹慎だが、父が部屋を出た後、ふとこんなことを考えた。  私には、父が愛する野球程の意味を持つものがあるのだろうか?  そんなのは馬鹿馬鹿しいと思った。だけどそんなものが羨ましくもあった。  結局答えはわからなかった。  しばらくして、小さな声で泣いた。  何が悲しいのか、何が悔しいのかわかるようなわからないような…  何が何だかわからなくなって、小声で泣いた。  だから、いつか泣いたわけがわかったとき、もう二度と同じ失敗は繰り返さない。  そのためにも、今だけは泣いた」  …なかなか考えさせられるものがありますね。  作者が言うのも変ですが、健太郎さんの生き方が正解かどうかなんて、誰にもわかりませんよね?  健太郎さん、この時32歳。  いろいろこれからの人生についてじっくりと考える時期ではあるんですが。  あゆみちゃんにしても、また一つ悩みが増えて大変です。 「12月10日 雨。うっとうしい。  模擬テスト、散々な結果」 「12月15日 曇。  絵美理が近所の子に泣かされて帰ってきた。  同じように昔よく片親と言われていじめられた私は、頭に来てつい絵美理を怒鳴ってしまった。  『泣かされたら泣かし返しなさい!』と。  絵美理は余計泣いた。  泣きたいのはこっちだと思った」 「12月24日 雪。  出来すぎたホワイトクリスマスイブ。  受験生の私には何の関係もないが、我が家では盛大にクリスマスイブを祝った。  幼稚園児の絵美理がいるのだから仕方無い。  彼氏のいない悔しさ。受験生の悔しさ。絵美理と歳が離れ過ぎている悔しさ。  悶々と頭の中で暗い気分がひしめく。  夜、眠った絵美理の枕もとに、三人でプレゼントをおいた後、居間で一服してた時、父が話しかけてきた。  母も呼んで、三人で居間のテーブルを囲んだ。  実際はそうでもないのだが、何だか三人で顔を合わせたのは久しぶりという気がする。  父は出張や徹夜勤務で結構家を開けていたことを詫びた。  謝ることなんかないのに…  そう思ったが、あの時からろくな会話を交わしていない私は、きちんと言葉に出来なかった。  『はっきり言っとこう。好きにしなよ、あゆみ』  父はあっさりと、そんなことを言った。  『ごめんなさい、あゆみ。勉強勉強ってうるさく言ってしまって』  母も何故か、父に合わせて同じような事を言った。  ここから、少し日記を離れてみましょうか。  この時の三人の会話から。  『あゆみの人生だもの。あゆみが好きにしなさい。もう私は何も言わないから』  『夕べ美加といろいろ話し合った。俺はもちろん夢を追うのが一番だと思うし、美加が言う受験勉強もすごく大切なことだ。だけど…』  『一番大切なことがあったの。それはあゆみ、あなたの気持ちなの』  『私の、気持ち?』  『今のあゆみは多分、何をしたいのか、何をすればいいのかがよく見えてないと思うんだ。いらいらしてるのは、したいことかどうか、すべきことかどうかがわからないまま受験勉強をしてるからだと思うんだ』  『長い人生だもの。慌てることなんかないのよ。まずは自分のしたいこと、しなければいけないことを見つけるの。急ぐことはないわ。じっくり考えなさいね?』  『どうして、そんなこと急に…』  『俺達、自分の18歳を振り返ったんだ。俺はお前を育ててた。正直言って夢を追うことは出来なかったんだ』  『そして、私は夢を追っていた。だけど、その夢のために何をすればいいのかも考えずに、がむしゃらに意味の無い受験勉強ばかりしてたの』  『こんな俺達の二の舞を踏むことはないんじゃないかって思ってさ。お前には娘もいないし、まだ目標もない』  『ぎりぎりのタイムリミットだったけど、まだ遅くはないわ。目的と手段が選べるのよ。じっくり考えてみなさい』  『後悔しないように、な。なあに、何年かかけて、じっくり考えればいいさ。あ、言っとくけど、お前を育てたって事だけは、俺達後悔してないからな?』  うちの両親はものわかりがよすぎて困ってしまう。  まだまだ甘えさせてもらえることがわかっただけでも、今日はいい一日だった。  すごく落ち着いた気分。  とはいえ、遅れに遅れた受験勉強、どうしよう」  いいなあ。  うちの両親もこのくらいものわかりがよければなあ。  やっぱなしくずし的な受験勉強はいけないよなあ。  遊んでばっかりってのも考えものだけど。  で、どうなったかと言うと… 「2月14日 雪。  待っていたが、来なかった。  いくら雪とはいえ、郵便物が遅れることはないだろう。  バレンタインデーに好きな子にチョコも渡さず待っていたが、来なかった。  もっとも、好きな子なんてちっともいないが。  とにかく、来なかった」  ということらしいです。  残念だったね、あゆみちゃん。  でも、健太郎さんが「何年でも…」って言ってたじゃないの?  我が家みたいに「浪人はない! 専門学校、それも無理なら働け!」というわけじゃなし。 3.あゆみの恋愛日記  最後はあゆみちゃんの恋愛日記などを…  えへへ、楽しみ楽しみ…  ああ、いかんいかん。これじゃあすけべなおっさんだ。  「もしかして、受験結果って、あれだけ?」  「かわいそうなんじゃない? 何とかならないの?」  こればっかりは彼女の頑張り次第でしょうね。  作者がどうのこうの出来るものでもないでしょう。 「9月11日 晴。  上司に怒られる。  『入社して半年にもなるくせに、FAX一つまともに送れんのか!』  この話をすると、母は何故か笑いをこらえるのに必死だ。  父もおかしそうだ。母と示し合わせながら笑っている。  絵美理は訳がわからず不思議そうな顔をしていた。  私は正直言って不愉快だ。  でも、実はそうそう悪い事ばかりでもない。  優しくFAXの操作法を教えてくれる先輩もいる。  手とり足とり懇切丁寧。  おまけに姿形まで懇切丁寧。  少々お化粧の仕方を変えてみようかと、真剣に考える今日この頃」  そりゃ笑っちゃいますよね?  ちなみに、この時あゆみちゃんは22歳。  四年制大学教育学部にストレートで入学、ストレートで卒業。  やりたいことは見つかったのかな?  とにかく、悩んでいた受験の日々が嘘のようです。  あ、2月15日の日記には「一日遅れで合格通知」って書いてあったっけ。 「4月7日 小雨。  正直言ってショックだった。  本当の父の事がわかったからだ。  既に、私が生まれる前に他界していたという。  会社からの帰り、乗り合わせたタクシーが交通事故を起こしたというものだ。  何故本当の母は、そのことをひた隠しにしていたのか。  理由は明白。  自分の行動に後ろめたさがつきまとっていたからだ。  私の本当の両親が作った家庭は、かけおちから始まった。  互いに家族には何も言わず、本当の母などは病弱な身体を押し切って、そうまでして二人は一緒になりたかったのだろう。  本当の父が亡くなると、本当の母と赤ん坊の私の居場所はこの世から無くなった。  仕方無く、叱られるのを覚悟で実家に帰ってきたのだろう。  そこから先は父からよく話を聞かされていた。  初めて両親の写真を見た。  祖父母が持っていたものだ。  本当の父が亡くなった時に本当の母が祖父母へ宛てて出した手紙に同封されていたという。  手紙の内容の方は教えてもらえなかったが、多分祖父母への詫び状のようなものだろう。  写真の中では、夕暮れ時、二人が浜辺で寄り添っていた。  本当の父は、体育会系の父とは違い、インテリ風の匂いがした。  本当の母は、そんな彼と哲学でも語らうのが似合いそうな淑女だった。  それを見て、一つ気が付いたことがある。  常日頃父がうなずいていた事だ。  本当の母の顔と私の顔である。  よく似ているなどというものではない。まるで生き写しだった。  中身はこんなおばかさんだけど。  とても幸せそうな二人。  肩に回した父の腕、全てを任せて寄り添う母。  本当の両親とはいえこちらがてれる程の、仲の良さがうかがえる。  この二人よりも幸せな恋が、私とコウ君にできるのだろうか?  不謹慎だが、羨ましい限りだった。  全て、父と母が長い間をかけて調べてくれた結果だった。  深い愛情にただ感謝するしかない。私はあまりにも無力だった。  気の抜けたような、どことなく薄ら寒いような、それでいて何か熱いものがぐっとこみ上げて来るような…  とにかく、今日という日は今までの人生で一番不思議な日だった…」  …。  作者のくせに胸が熱くなってきました。  何やってるんでしょうね、私。  言えるのは、「あゆみちゃんよかったね」くらいでしょうか…  人生はいろいろあるものなんですね。  隠し通したいこともあるし、知ってもらいたいこともあるのでしょう。  その全てをようやく知る事ができたあゆみちゃん。  騒ぎ立てたりもせず、冷静に見て、聞いて、考えている彼女は、もう立派な大人でした。  …ん? コウ君って誰だ? 「5月5日 晴。                ・・・・  連休最後の日、コウ君と二人で映画鑑賞。  とても激しいカーアクション。  体育会系の彼は興奮気味。  文化会系の私は食傷気味。     ・・・・・・・・・・  その後高級レストランで食事。  出てくる話は互いに上司の愚痴ばかり。  もう少し格調高い会話は出来ないものか。  その後何かあるのかないのか不安と期待でふらふらしてたら本当にふらふら。  家まで送ってもらう始末。  実は私も身体が弱いのだろうか。  ああ、残業続きのツケがこんな日に現れてどうするの…」  やるなあ、あゆみちゃん。  でも、結局なーんにもなかったのか。  で、コウ君って誰だ? 「8月1日 快晴。  いい加減暑い。  夏休みはまだ?  早くコウ君と海に行きたい!  でなきゃ絵美理と替わりたい!」 「10月3日 晴時々曇。  両親と一緒に絵美理の運動会へ。  絵美理、あんたんとこの体育の先生、割とかっこいいじゃない?  コウ君程じゃないけど」 「1月12日 雪のち晴。  寒い」  やっぱりずぼらな性格は直らないようです。 「3月4日 雨。  いきなり、だった。  急にそんなこと言われても…  今日一日ぼーっとしてたと思う。  仕事なんか手につかない。  日記を書く気力もない」  ん? 今度はただのずぼらじゃなさそうですねえ。 「3月5日 小雨ぱらぱら。  ごちゃごちゃ考えていても仕方ないので、思い切って母に打ち明ける。  『よかったじゃない!?』たったそれだけ。  どうしても一度聞いてみたかったので、父と母のプロポーズがどうだったのかを尋ねた。  今明らかになる驚異の新事実!  とまではいかないが、私もそのプロポーズに立ち会っていたとか何とか。  娘が父と母のプロポーズを目の当たりにしていたなんて、聞いた事ないけど。  母の小さな願い事、ホームランがその答だったとか。何のこっちゃ。  さっぱりわからない。  うまくごまかされてるだけなのだろうか?  ちなみに帰ってきた父にも打ち明ける。  『よかったな…』ちょっとさみしそう」  うーん。  結局よくわからん。  どこが「恋愛日記」だったのだろう?  単に日記の拾い方がまずかっただけのかなあ?  …まずい!  あゆみちゃんが帰ってきたみたいです。  早く逃げなきゃ袋叩きにされてしまいますからねえ。  やっぱ犯罪行為だもんなあ。プライバシーの侵害ってやつ。  とりあえず、一番最後のページだけ、こっそりと開いておきます。  私はお先に失礼しますが、袋叩きを覚悟の上なら一度読んでみて下さい。  それでは、これがほんとの最終回「キャッチボール延長戦 第三話」でまたお会いしましょう。  しーらないっと。 「6月18日 晴。  うまく合わせようと考えていたが、一日ずれる。