君のいるキャンパス 「…はい、聡ですが」 「あ、さっちゃん? あたし、君絵! 憶えてる?」 「…君絵? きみちゃん?」 「そう! ああ、憶えててくれてたんやね?」 「あほ、当たり前や! たった半年で忘れられるか? 難しいこと言うなや?」 「でも、変やね、何か。今の電話の出方、さっちゃん違うみたい…」 「ああ、あほらしい。お母ちゃんが『女の子から電話』とか言うから、むちゃくちゃ悩んどったんや」 「何で? 悩むほど女の子の友達いるん?」 「逆や、逆! 一人もおらんから悩んどったんや」 「ほんま? まだ彼女出来てへんの?」 「悪かったなあ?」 「…ごめん。あたしが悪かった。ごめんな?」 「あほ、ええて。謝られたら空しなる」 「…うん」 「それより、何で今頃電話してくるんや? 電話代も高うつくやろ?」 「あのなあ、さっちゃん… あたし、今日こっちに帰ってきてるんよ」 「あ、そうなんか? いつからや?」 「今日から。明後日までしかいられへんけど」 「そうか。そしたら、明日会われへんか?」 「えっ? さっちゃん、ええの?」 「当たり前や。俺はいつでも暇やからなあ」 「またあ。あたしのことになったら、いっつも無理するんやから… ほんまにええの?」 「しつこい! 暇言うたら暇! それより、きみちゃんの方こそ、せっかく帰ってきたのに、ええんか?」 「うん。あたしは帰ってきても何にもすることなかったから…」 「そうか。それやったらええわ。そしたらきみちゃん、いつものとこでな」 「あ、あの喫茶店? 『ねこじゃらし』のことやね?」 「そうそう。そしたら、また明日」 「ほんまに帰ってきとったんやなあ、きみちゃん」 「おはよう、さっちゃん… え? なんで? 変なこと言うんやね?」 「せやけど、たった半年でむちゃくちゃ雰囲気変わったなあ?」 「そう?」 「そうやって。なんか垢抜けたんかなあ? かっこええなあ?」 「ほんま? あたしもむこうやったら関西弁丸出しでむちゃくちゃかっこ悪いんやけど」 「そうかあ? 俺なんかこっちにおるから全然変わらへんけどなあ?」 「それがきみちゃんのええところやないの? きみちゃん、いっつもあたしには優しくしてくれるし…」 「な、何言うてんねん? 当たり前やろ…?」 「…うん。そやけど…」 「あ、きみちゃん何頼む? やっぱりいつものクリームソーダか?」 「うん。あたし、やっぱりここのクリームソーダが好き」 「そうか。そういうところは全然変わってへんなあ。あ、クリームソーダ一つね?」 「向こうでも、やっぱりクリームソーダ飲んでるんよ、あたし」 「ふうん。せやけど、せっかく垢抜けた様に思てたのに、そういうとこは変わってへんのか」 「そうそう。あたし、なんも変わってへんよ、やっぱり」 「そっか… で、どうや? 向こうの大学」 「うん。別に、こっちと変わらへんよ」 「そうあっさり終わったら面白ないなあ」 「…ごめん」 「聞き出し方が悪かったんやな、きっと。きみちゃんの入った大学って、大きさとかは大きいんか?」 「うん。めちゃくちゃ大きいよ? キャンパスの真ん中に銀杏並木の大きな通りがあるんやけど、向こうの端が全然見えへんの。ずっと歩いて行っても、2号館や7号館を過ぎても、まだ全然向こうが見えへんのよ!」 「ふうん。こっちでも府立大とかやったらそんなんやけどな」 「そうやね。でも、さっちゃんの行ってる大学は割とこぢんまりとしてたよね?」 「ああ…」 「…あ、そうそう。建物もたくさんあるんよ。何号館って、数字で区別してるんやけど、一桁やったら足りないから十何号館とか二十何号館とかあるんよ?」 「そうか…」 「うん。人もたくさんいるし… そうそう。どこ行っても人がいるから独りぼっちになりたい時は苦労してるんよ…」 「きみちゃん、まだその癖抜けてへんかったんか?」 「…うん。な? 全然変わってへんやろ、あたし?」 「そらそうやけど… あ、来た来た」 「あ、さっちゃん、やっぱりブラックなん? あたし、クリームと砂糖を入れた方がええって聞いたけど」 「そうか? でもこれがやっぱり一番ええわ」 「そう? あたしもこれがやっぱり一番」 「ええ加減子供っぽいで?」 「でも、紅茶もそんなに好きやないし、コーヒーなんかもっと…」 「うーん、何とも言えへんなあ… ん? きみちゃん?」 「え? 何?」 「きみちゃん、ピアスしてんの?」 「えっ… さっちゃん今まで気ぃ付かへんかった?」 「全然。俺ってそういうの鈍感やから… そうか。きみちゃんも、そういうのするんやなあ」 「うん。これでも女子大生やもん!」 「そっか。当然そうやろな? 俺なんか革ジャン買い換えた位のもんや。まだいらんし」 「ふふっ、さっちゃんらしいわ」 「笑うなや。せやけど、ピアスかあ… 校則とかはきっちり守ってた、真面目なきみちゃんも、おしゃれになったもんやなあ?」 「あたし、もともとおしゃれやったのに」 「あれ? そうやったっけ?」 「そう。膝丈スカートもハイソックスもリボンの長さも大きな学生カバンも、みんなあたしのおしゃれ」 「ダサいだけやったような気もするけどな…」 「そう? でも、あたしもこれくらいはつけるようになったんよ?」 「ふうん。ま、ええわ。クリームソーダ、飲まへんの?」 「うん。そしたらいただくわ」 「俺も。うーん、やっぱ『ねこじゃらし』のコーヒーが一番やなあ?」 「ほんま。クリームソーダもここのが一番やわ」 「ん? きみちゃん、何処のクリームソーダと比べてんの?」 「えっ? 学食… 学生食堂のことやけど」 「そっか。向こうの学食やったらさぞかしええもん出てるんやろな?」 「そうでもないよ? あ、学食言うたら、さっちゃんとこの学食、いくつあった?」 「いくつって… 2つやったかな?」 「うちの大学、6つもあるんよ?」 「すごいなあ? そやけど、そんなにあってどうするんや?」 「だって、めちゃくちゃ多いもん、うちの大学の学生」 「ああ、そうやったっけ」 「いろんな人がいるんよ? バンカラを地で行く有名人さんなんかがいるし。いっつも角帽に学生服に高下駄。髭は不精髭やし、いっつも片手に難しそうな本を持ってて、『ぼかあねえ…』とか喋るんよ?」 「そりゃ笑うなあ! うちの大学、偏差値低いから、そんな優れた変わり者なんかおらへんわ」 「そう… あ! あと、アフロヘアーにパンタロンの集団がいるんよ?」 「ふうん… きみちゃん、楽しそうやな?」 「うん。そういう変わった人らを見てたら、なんかあたし、楽しくなってくるんよ。そやけど、なんか怖くて声掛けたりはせえへんのやけど」 「せっかくやから、そういう変な人らとも、友達になっとけばええのに?」 「…やっぱり、それはあたしにはでけへん」 「そっか。そしたら、クラブとかは入ってんの? サークルとか」 「うん… テニスサークルには入ってるんやけど」 「テニスぅ? きみちゃんがぁ?」 「…やっぱり、変?」 「ううん、全然。俺はまた、文科系サークルにでも入ってるんやろうなあって思とったから」 「テニス言うてもサークルやから、そんなに真剣にやってるわけとちゃうし、あたしみたいなどんくさい女の子でもええって言うてくれたから…」 「別にどんくさいとか言うてるわけとちゃうんやけどなあ。でも、スポーツすんのはやっぱりええよな?」 「うん。一応頑張るわ。さっちゃんは?」 「ん? 何がや?」 「なんかクラブとかは入ってへんの?」 「俺か? 俺はそんなことするタイプとちゃうやろ?」 「うん、前からそうやったけど…」 「せやから俺はバイト。これでも遊びながら40万はたまったんとちゃうか?」 「え? そんなにお金貯めてたん?」 「まあな」 「たった半年で? そやけど、そんなに貯めて、どうするん?」 「言わへん。言うたらきみちゃん笑うから」 「ええ? 何? なあ、教えて?」 「いーや! これは誰にも教えへん」 「…そうやね? そういうこともあるよね? ごめんな、さっちゃん…」 「あほ、何で謝るんや? きみちゃん、向こう行ってもまだその癖直ってへんのか?」 「うん。やっぱり…」 「もうええ加減にせなあかんて、きみちゃん。謝ってばっかりやったら、他人もええ気分せえへんで?」 「うん。そうやね…」 「そうそう。ところできみちゃん。今日はいつまでええの?」 「別に、ずっとええよ?」 「へえ? ほんまに何にもすることあらへんねんなあ…?」 「うん。あれ? さっちゃん、今…」 「あ、あはは…。朝早うに飯食うたから、ちょっと早うに腹の虫が鳴いてしもた」 「ふふっ。何か頼む?」 「せやけど、昼までも少しあるし。きみちゃんまだ腹減ってへんやろ?」 「うん。あたしはまだ」 「それやったら、ちょっとそのへんぶらつこか?」 「それ、ええね?」 「じゃあ、っと…」 「あ、さっちゃん、ワリカンワリカン」 「ええってええって。せっかくの休みに無理矢理呼び出したんやし、きみちゃんはまた帰らなあかんし、サークルでもお金いるやろし、おしゃれもせなあかんし、ついでに俺はバイトで金持ちやし」 「ふふっ。さっちゃんらしいわ」 「そうそう。ま、安いもんやけどな。そういうことやから、ほら、早よ出た出た」 「うん。あっ…」 「ん? どしたんや、きみちゃん?」 「ごめん。ちょっと…」 「はあ? 何や何や?」 「ううん、何でもない。ちょっと、トイレ…」 「なーんや。きみちゃんらしいなあ。ちゃんと言うてくれたらええのに。先お金払っとくから、ゆっくりと… あんまり女性に言う事やないか」 「う、うん…」 「すっきりしたか?」 「もう…」 「さて、何処行こか? ま、そう言うても向こうに比べたら何にもないけどな」 「そんなことあらへんよ? あたし、ここ好きやもん」 「そっか。ま、歩きながら考えたらええか。せやけどこの辺も久しぶりやろ?」 「うん。ほんま、久しぶり… あっ? さっき気ぃつかへんかったけど、ここにあった本屋さんは?」 「ああ、つい最近店閉めたみたいやで? 開けてへんだけやろ思うてたんやけど、そのうち張り紙されてな」 「ふうん。残念やねえ」 「そやな。ここ、きみちゃん好きやったもんなあ」 「なあ、さっちゃん…」 「ん? 何や?」 「さっちゃん、あんな… 半年って、そんなに長いもんなん?」 「はあ? 長いかやって?」 「うん… ごめん、しょうもないこと言うて…」 「もう、いちいち謝らんでもええって。やっぱりそういうとこ…」 「せやけど…」 「きみちゃんの言うことにしょうもないことなんかあらへんって。そうやなあ… 長いかどうかはTPOやな?」 「えっ? さっちゃん、それ、どういうこと?」 「TPOやんか。その時、その場所、その目的、こりゃあちょっとちゃうか。例えば、子育てしてたら一年なんてあっという間やっちゅう人もいるし、会社で嫌な出張行かされてたら、帰れる一ヶ月後が待ち遠しくてしゃあないやろうし」 「うん、そうやね」 「ま、そんな難しいことは俺にはわからへんけどな」 「うん… ごめん」 「もう、また謝る。ほんま、全然直ってへんなあ」 「うん。あたし、ちっとも変わってへんわ、きっと」 「きみちゃんにとっては、この半年は短かったんとちゃうか?」 「うん。そうかも知れへん。でも…」 「でも?」 「…ううん。何でもないんよ、さっちゃん」 「何や? 何か変やなあ」 「何でもないんよ、ほんまに。そうそう、さっちゃん?」 「ん?」 「あそこ行ってみよ? ほら、あたしがよく行ってたお店」 「ああ、あそこか。せやけど、ちょっと遠いで?」 「うん… でも、行ってみたい」 「…ま、のんびり歩いて行こか。ええ天気やし」 「なあ、おばさん、元気にしてはるん?」 「唐突やなあ。電話で出たやろ? あの調子そのまんまや」 「そやったらええんやけど」 「ちなみに父ちゃんの方も相変わらず元気はつらつ、何とかならんかなあ、あの変な元気さ加減は?」 「ふふっ。よかった、お変わりないみたいやから」 「せやけど、何で急にそんなこと言うんや?」 「あたし、特におばさんには色々とお世話になったから… それに、大学受験の時も…」 「何やそれ? 俺は何も世話してへんみたいやなあ?」 「あ、さっちゃん、怒った?」 「別に怒ったわけやないけど…」 「あ、すねてる。変わらへんなあ、さっちゃんのそういうとこ」 「何やそれ。まるで俺がちっとも成長してへんみたいやないか?」 「さっちゃんのええところやないの? 変わってへん方がええよ?」 「ああ、そうかいそうかい。せっかくおごったろう思ったのにな…」 「ん? 何おごってくれんの?」 「さあてなあ」 「何で急に… わかった。他に買ってあげる女の子がおらんから?」 「うるさいなあ… そんなんどうでもええやろ?」 「そやけど、やっぱりそろそろあたしみたいなのと違うて、美人のお姉さん連れて歩きたいんと違うの?」 「何でそんなこと言うんやろ、きみちゃん…」 「えっ? どうしたん? なあ、どうしたん?」 「何でもない」 「あ、やっぱり怒ってる… ごめんな、さっちゃん…」 「だから、何で謝るんや? 何も悪いことしてへんやろ?」 「せやけど…」 「…ごめん。悪いのは俺の方やな。つまらんことですねたりして」 「ううん、そんなこと… あっ!?」 「きみちゃん、今度は何や?」 「せっかくあのお店に行くのに、お金全然持ってへん…」 「ええって。俺がおごったるから!」 「そんなん…」 「何や? 俺のおごりやったら服も買えへんか? 俺かて服買うたる彼女でもいたら、そっちに注ぎ込むけど、全然そんなんおらんから、せめてきみちゃんにくらいはおごったらんとな?」 「でも… やっぱり、あのこと、まだ気にしてんの…?」 「何も気にしてへん。買うてあげたいから買うてあげるだけや」 「そしたら… お言葉に甘えさせてもらうね…?」 「ほうら、何やかんや言うてる間に、”ブルコーニュ”に着いた。さあて、今日はきみちゃん、何買うんかな…?」 「何やの、その目は… あ、あたしが高い服買うと思うてんの? そんな心配せんでもええよ? あたし、安物をよく見せるのも上手なんよ?」 「そ、そんなこと思てへん! どんな高い服でも買うたるから、心配せんといてくれや…」 「うん」 「そやけど、ここの服、いっつも変わってるなあ?」 「そう? 確かに向こうでもちょっと見あたらへんけど」 「せやから高いんや…」 「えっ?」 「何でもない」 「ほんま?」 「あ、これなんかええんとちゃうか?」 「もう、さっちゃん。すぐごまかすんやから…」 「ごめんごめん。せやけど、久しぶりやな…」 「えっ、何が?」 「何がって、こうやって二人で買い物すんのが」 「そうやね…」 「向こうでは友達とかとやなあ、買い物」 「うん…」 「あれ? 違うの?」 「あ、その…」 「やっぱりきみちゃん、どっか変やなあ。何か隠してんのと違うか?昔っから、そういう不思議な素振りを見せた時、大抵隠し事があったもんなあ」 「そ、そんなこと…」 「あん時かてそうやったやんか。ほら、中学2年の時…」 「あ、あれは…」 「そうそう、ええっと… 誰やったっけ… ああ、竹村や! あいつからラブレターもろた時も今日みたいな、どっか変な感じやったんや。あと…」 「もう、そんなんどうでも…」 「ああっと、そうや! きみちゃん、お母さんの大事にしてた指輪なくしてしもうて、誰にも言えんと近所をうろうろしてたときも、そんな顔やった!」 「そんなことないって、もう…」 「あははっ! そっか、そうやな。もうきみちゃんも大人やし」 「なんか、そういう言い方もひっかかる…」 「そっか? せやけどなあ…」 「あたしが何か隠し事してるって言うん?」 「いや、そんなこと言うてへんけどなあ」 「…ええよ。もう」 「そうやな? もうええよな? ま、ゆっくり服でも選んでいってや」 「うん。どれがええかなあ」 「これなんかどうや? このフリフリのついたやつ」 「あたし、もうこんなかわいいの着る歳と違うんよ?」 「そしたら、あの奥にある、かっちりしたスーツみたいなやつ?」 「うーん、そこまで大人になってへんわ」 「難しいこと言うなあ。じゃああれか? イケイケ御用達のボディコン!」 「あたし、あれは着たことないんよ?」 「もう、好きにしてや。俺わからんわ」 「ごめんな、さっちゃん」 「だから、その癖… まあ、ええか。はよ無くなるとええな、謝る癖」 「うん… あ、こういうトレーナーがええな?」 「と、トレーナー? そんな安いもん選ばんと、もっとスーツみたいなん選んだ方がええんとちゃうか?」 「そんなことないよ? だって、これ…」 「ん?」 「さっちゃんが昔着てたのに似てるもん」 「そう言うたら、どっかで見たことあるような服やな」 「それに、それなりに高いし、ちょっと大きいし。あたし、これ欲しいな…?」 「ほんまに?」 「うん」 「そしたら、別にかまへんけど… せやけど、何で今更、昔俺が着てたような服選ぶんや?」 「そんなん… おごってもらったこと、ずっと憶えていられるもん…」 「いじらしいこと言うてくれるわ。そしたら、ほい、万札」 「ほんまにええの?」 「ええの!」 「ありがと、さっちゃん」 「…そしたら次、どこ行こか?」 「えっ? もうここ出んの?」 「きみちゃん服買うたやろ?」 「うん」 「なら、もうええやろ? これ以上服買うたらいくら俺でも遊び代がなくなるし。で、どこ行く?」 「それやったら、あたし…」 「あ!」 「えっ? 何なに?」 「今、腹の虫が鳴ったなあって思て」 「あ、そうか… ふふっ。やっとお腹が空いてきたわ、あたしも」 「ほんまか? 俺の腹に合わせよう思うてんのとちゃうか?」 「そんなことないって。ほら、もうお昼やし」 「ああ、そうやな… あれ、きみちゃん、まだこの時計してたんか?」 「うん。ちょっと子供っぽいと思うけど」 「確かになあ。おんなじミッキーマウスでも、大人もんとはちゃうもんなあ」 「うん、そうやね」 「でもなあ、ピアスするんやったら、もっとかっちりとした、ええ時計した方がええんとちゃうか?」 「…そやけど」 「ま、そんなことはどうでもええわ。どっかで何か食べよか?」 「…そうやね?」 「ええっと… 何がええかなあ? きみちゃん、リクエストある?」 「何でもええよ? さっちゃんが食べたいもので」 「そう言われてもなあ。何でもええから、何かないか?」 「そうやねえ… あ、あたし、お好み焼きが食べたい!」 「あ、そっか。きみちゃん、お好み焼き、好きやったもんなあ」 「うん。それに、向こうやとちょっと味が違うし」 「そうやな。そしたら、あの店行こか? 高校の前の…」 「ああ、あそこの豚玉が美味しいんよね?」 「やっぱきみちゃんは豚玉やなあ。あそこは、モダン焼の方が絶対いけると思うんやけどなあ」 「ふふっ。それはさっちゃんの好みやと思うんやけどなあ…?」 「そっか? ま、ええけどな」 「でも、お店の名前まだ変わってへん?」 「全然変わってへん。あのばあちゃんもまだ元気やし。そう…」 「”おたまちゃん”!」 「”おたまちゃん”!」 「ははっ、そういうこっちゃ。ちわーっ! ばあちゃん、きみちゃん帰ってきたで?」 「こんにちは、お久しぶりです。君絵です」 「へへっ、ばあちゃん、いつものな?」 「あたしも、豚玉ね?」 「ああ、やっぱここは落ち着くなあ」 「ほんまに、昔っからよう来てたもんね、あたし達」 「まあな。えっ? 小学校の頃からやったって? ばあちゃん、その話はないで」 「ふふっ、そうそう。さっちゃんあの時お好み焼きが食べたくて、知らん大人の人に親子の真似してひっついていったことあるもんね?」 「もうええやんか。それより…」 「あ、そうそう。あたしと喧嘩して、頭にきたさっちゃん、思いっきり鉄板の上に手ぇついて…」 「せやから、その話はもうええやんか?」 「あははっ! あの時は大騒ぎやったもんねえ!?」 「…確かになあ」 「そうやったわ! あの時のさっちゃんの顔言うたらもう!」 「…なあ、もうええやろ? ん、ばあちゃんも言うか?」 「汚いから言うて、おばあちゃんテーブル変えてええ言うてくれたやんねえ? そやのにさっちゃん、ずっとおんなじテーブルでお好み焼き焼いて」 「もうええもうええ、勘弁してや…」 「ふふっ、はいはい。あ、おばあちゃんありがとう」 「何言うても無駄か…」 「やっぱりここの豚玉、美味しいねえ?」 「そうそう、きみちゃん、豚玉の豚肉を残す癖、まだ残ってんの?」 「あ、ほんま。やっぱりそうみたい!」 「後からまとめて食べるんやろ?」 「ふふっ、癖って怖いね?」 「ほんまやな、きみちゃん…」 「ん? さっちゃん、どないしたん?」 「そっか。きみちゃん、気付いてへんのか。それとも、白を切ってるんか…?」 「えっ? 何の事?」 「ええよ。自分でも気付いてないんかも知れへんし。その内な。あ、余ってるんやったら豚肉もらうで?」 「ああ、さっちゃん、別にええよ…」 「そんな寂しそうな顔せんでもええやんか?」 「もう、そんなにあたしみみっちくないよ?」 「ほんまか? 食べさしでええんやったら俺のモダン焼きも食べるか?」 「うん。そしたら、端の方、ちょっとだけね」 「そんな遠慮せんでもええって。俺は毎日でも食べれるけど、きみちゃんは向こう行ったらまた当分食べられへんし」 「そう? それやったら…」 「ああっ! そんなに取るなや!? 俺の食べる分無くなる!」 「遠慮せんでええって言うたよね?」 「むむ… あ、そうや。きみちゃん、そんなに食べたら太るで?」 「大丈夫。ちゃんと気ぃつけてるから!」 「むむむ… こりゃあかんわ」 「ふふっ! はい、さっちゃん。ごめんな」 「別に返してくれんでもええって」 「ちょっと箸つけただけやから」 「あんなあ…」 「な?」 「あ、うん…」 「よかった」 「そう言う程のことか?」 「うん。さっちゃんの機嫌が悪うなったらどうしようて思てたから…」 「そんなことないって。たかだがモダン焼きくらいで」 「ごめんな、さっちゃん…」 「ほんまに相変わらずやなあ、謝んの」 「うん… だって、さっちゃんに嫌われたら…」 「嫌いにならへんって。絶対に」 「ほんま? ほんまやね?」 「ああ。ほんま」 「ずっと、ずっと友達でいてな?」 「…あほ。今までもずっとそうやったやろ…?」 「うん」 「そういう、こっちゃ」 「ほっとした。モダン焼きで友情が切れずに済んだわ」 「なあきみちゃん、向こうでもそうなんか?」 「え?」 「いや、何でもない」 「なんか、今日のさっちゃん、変やね?」 「…な、何で? 別に… いつもと、変わらへんで?」 「せやかて… 前は買い物に付き合うてくれても、もの買うてくれたことないし、一緒にお好み焼き食べにきても、モダン焼きくれたことない」 「…きみちゃんの、思い過ごしとちゃうか?」 「ううん、そんなことないわ。あたしやからわかるんよ? なあ、さっちゃん、何で? あたし、何か気に触ることした?」 「…かもな」 「ほんま? やっぱりあたし… なあ、お願い、言うて? あたし、さっちゃんに嫌われたら、もう…」 「もう、何や…?」 「もう、頼れる人なくなるから…」 「…そうか。そうやな」 「なあ、何か気に触ったんよね…?」 「…確かに、気に触ったことはある。せやけど、それときみちゃんを嫌いになることとは別や。気に触るっていう言い方が悪かったんやな、きっと」 「ごめんな、さっちゃん…」 「きみちゃん、まだ気付いてへんやろうけどなあ。もうひとつ、きみちゃんには癖があるんや」 「何のこと? それが気に触ることなん?」 「まあ、ちゃうかもしれへんけどなあ。昨日、きみちゃん電話かけてきたやろ?」 「うん、せやけど…」 「きみちゃんから電話かけてくるんやから、何かある思うてたけどなあ… 昔っから、悩み事とか、相談事とかあるときは、電話かけてきたもんなあ。なーんか後ろめたいような喋り方して」 「そんな…」 「気ぃ付いてへんかったやろ、そういう癖があるの? ただ会うだけやったら、すぐに俺んちに来てるやんなあ? そうやろ、きみちゃん?」 「…うん。多分、帰ってすぐに、さっちゃんの家に行ってたと思う」 「昔と変わったかもしれへんって思てたから、あんまり何も言わへんかったけど、やっぱりそうやったんやなあ?」 「…」 「俺かて、今日もきみちゃんとワリカンで、いつもと同じようにするつもりやったんや。せやけど… やっぱり、なんか引っかかるんや。気に触るゆうより気にかかるってことなんやけど。きみちゃん、わかるか?」 「…うん、さっちゃん。やっぱり、さっちゃんやね? あたし、すっごく嬉しいんよ? ほんまに…」 「まだ、言いたくないんやったら、それでもええよ?」 「うん…」 「せやけどきみちゃん、ほんまに明るうなったな?」 「…そう? だって、久しぶりにさっちゃんに会ったんやし…」 「それだけか?」 「服も買うてもろたし、一緒にお好み焼きも食べてるし…」 「…それだけか?」 「…」 「根暗やったいうわけやないけど、今日のきみちゃん、どっか無理してるように見える」 「そんなこと、あらへんよ…?」 「きみちゃん、もっといつも通り、気楽に行こうや、な?」 「うん…」 「ああ、お腹も一杯になったし、またどっか行こか?」 「あたし… ほんまに明るうなった?」 「あ、うん。何度も言うけど、前が暗かったわけやないからな?」 「うん。わかってる。そんな風に言うてくれるから、さっちゃん、好きやわ」 「好き…か…」 「うん!」 「なあ、きみちゃん… そんなこと、言うなや…」 「えっ? 何で!?」 「なあ、何やの? きみちゃんをそんなに明るく変えたんは…」 「明るく変えた…?」 「そうや。きみちゃん、向こうで絶対何かあったはずや。なあ、何やの? 向こうの雰囲気か? 向こうの大学か? 向こうの…」 「さっちゃん… 何で急に、そんなに、思いつめてんの…?」 「そうさせたんは、きみちゃんなんや。わからへんやろうけど…」 「あたし、あたし…」 「もうええって、俺の方から言うた。せやけど、やっぱり…」 「なあ、さっちゃん。泣かんといてや… あたし、そんな…」 「…ごめん。せやけど、俺、半分は嬉しいんや。嘘ちゃうで。きみちゃんが、こんなに、楽しそうにしてるし… せやけど、せやけど…」 「さっちゃん… わかった。あたし、さっちゃんに話したかったこと、全部言うね。あたし、向こうに、好きな男性がいるんよ…」 「…そうか。やっぱりな。そんなことやろうと思とったわ…」 「そんな言い方せんといて、さっちゃん…」 「せやかて、きみちゃんがそんな目するときは、いっつも俺を不安にさせるんや…」 「なあ、どうして? あたしが好きなひとがいたら、あかんの…?」 「そんなことないって!」 「せやけど、あたし、今、ちゃんと話したかったこと言うたのに」 「あ… そやな。やっと言うてくれたのに… ごめん」 「さっちゃんも、ちゃんと言うて? あたし、向こうに好きな人いたらあかん?」 「いや、俺、ほんまは嬉しいんやで? わかってや? な?」 「うん。でも、もしかして、さっちゃん…」 「えっ、なに?」 「あんな… やっぱり、さっちゃんな… まだ、気にしてんのとちがう?」 「…そんなこと、ないで」 「嘘や… さっちゃん、絶対、気にしてる… あたしは昔っから、全然気にしてへんよ? 前から言うてるやないの?」 「気にしてへん。ほんま、気にしてへんから。な?」 「さっちゃん…」 「あ、ああ、そうか!? きみちゃんにも、やっと、春が来たか。はははっ!」 「さっちゃん… ほんまに、ほんまに気にしてへん?」 「しつこい! 俺はきみちゃんが嬉しそうな顔してたら、後は何でもええんやから」 「ありがと、さっちゃん。せやけどね…」 「何や? まだ何かあるんか?」 「うん… お父さんもお母さんも、彼のこと認めてくれへんの」 「ふうん… そっか。それで、俺に話したかったんやな、そのこと」 「うん。なあ、さっちゃん。何とかならへん?」 「うーん、そうやなあ。例えば、俺がおじさんおばさんに言うたかて、多分話にならへんと思うけどな。多少の負い目もあるし」 「そんなこと言わんと… な?」 「まあなあ… そしたら、後できみちゃんち行こか…?」 「うん。ありがとう、さっちゃん」 「せやけど、何で俺が仲立ちせなあかんのやろう…」 「えっ?」 「いや、何でもない。ばあちゃん、お金置いとくで!」 「…何処行こか?」 「ん? きみちゃんちに行くいうて…」 「あ、今、誰もいてへんから…」 「そうなんか? せやけど、もう他に行くとこなんか… そや! 俺の大学どうや? あそこやったら暇つぶしくらいにはなるで? きみちゃんとこの大学程やないやろうけど」 「うん。そうしよ? あたしも通うてたかもしれへん大学やし…」 「そうやったな。試験の日に来てへんかったから、風邪でもひいたんかなあって思うてたけど、あの時…」 「あたし、もうさっちゃんに頼ってばっかりやったらあかんと思うて、あの時無理して向こうの大学受けに行ったんよ…」 「うん、後でおばさんから聞いた。まだ半年位しか経ってへんのに、すっごく昔の話の様な気がするなあ」 「そう…? あたし、つい昨日の事に思えるんよ?」 「ほんまに? あ、袋、持ったろか?」 「ええよ。これ、ずっと持ってたいんやもん」 「そっか。そやけど、結構遠いで? バスにも乗らなあかんし…」 「ううん、大丈夫やから」 「ま、ええけどな」 「昔っから、さっちゃん、ほんまにあたしには優しいねえ…?」 「あ、あほ! 急に何言い出すんや!?」 「せやけど、ほんまのことやんか…」 「俺がお前に優しいのは当たり前や。そやろ?」 「うん… さっちゃん、やっぱり気にしてるんとちゃう?」 「きみちゃん… まるで誘導尋問やなあ…?」 「そんなつもり…」 「やなくても、そうやで、やっぱり」 「うん… ごめんな、さっちゃん」 「ほんまに謝る癖、直らへんなあ、きみちゃん」 「せやけど、今のは…」 「そやな。俺も、さっちゃん見習うて、言いたいこと全部言うた方 がええかもな」 「うん。そうやと思う」 「あんなあ、きみちゃん。その前に、先に言うとくことがあるんや」 「えっ、何?」 「あんなあ… 怒ったり、気ぃ悪くしたりせんといて欲しいんや」 「何やの、それ?」 「たのむわ。約束してや、な?」 「う、うん… ええよ。あたし、さっちゃんが言うことで怒ったり せえへん」 「そしたら… あ、バス来たで?」 「もう、はぐらかさんといて…」 「バスの中で言うから」 「うん…」 「一番後ろ座ろか…」 「うん…」 「誰も乗ってへんでよかった…」 「なあ、何やの?」 「ああ… 俺、俺なあ…」 「もしかして… ケガのこと?」 「ちゃう… そのこととちゃうんや」 「せやけど、そんな真面目な顔でさっちゃんが言うこというたら、ケガのことしかあらへんやないの…?」 「せやから、ちゃう言うてるやろ…」 「…あたしなぁ、あれは誰のせいでもないと思うてる… だって、あんな車、誰も避けられへんやない? それに、あんな大きい車とやったけど、あたし、今もこうしてピンピンしてるよ…?」 「きみちゃん、やっぱ強いなあ… せやけど、違うんや…」 「なあ、何やの…?」 「俺、俺なあ、ほんまは、きみちゃんのこと…」 「…」 「ふうっ…」 「えっ? どうしたん? なあ、さっちゃん、どうしたん?」 「いやあ、その、俺にはやっぱり荷が重すぎるかなあと思うて」 「荷が、重い?」 「俺にはお前の一生を背負うほどの器量はあらへんわ、やっぱり」 「そんな… 何言うてんの?」 「俺、俺なあ… きみちゃんに恋人でけへんかったら、そう、でけけんかったらやで? でけへんかったら… 一生きみちゃんのこと面倒みなあかんって思うてた」 「さっちゃん…」 「俺なあ、もし、きみちゃんがケガのせいで彼氏とかでけへんようになってしもうたら、俺がずっとそばにいてやろうと思うてたんや」 「そんな… あたし、ケガのせいと違うんよ、今まで誰とも付き合うてなかったんは。ほんまは…」 「内気で人見知りする性格やって言いたいんやろ? せやけど、事故の前のきみちゃんはもっと明るかったし、誰とでも気さくに話もしてた」 「そうと違うんよ… それに、あれは小学校3年の時の話やないの? その頃やったら誰かて明るいし人見知りもせえへんよ?」 「そんなことない。やっぱり、事故が原因なんや。あのときふざけて押したりせえへんかったら…」 「…あたし、そういうさっちゃんの真面目でひたむきなとこ、好き。あたしをずっと思いやってくれてるさっちゃんが好き。せやけど、ほんまに違うんよ…」 「そしたら、何が違うって言うんや…?」 「そんな恐い目せんといて。な?」 「なあ、何が違うんや!?」 「さっちゃん…」 「何も違うことあらへんのやろ? だから、何にも言い返せへんのやろ? 無理せんでええんや。俺が悪いんやから。そうやろ!?」 「なあ… あんまりそんなこと言わんといて… あたし、決心が鈍ってきそうやから…」 「…決心?」 「そう。あたし、彼のこと本気でお父さんお母さんに話しに帰ってきたのに…」 「それが、なんで鈍るんや…?」 「あの… あ、そんなん、もうどうでもええんとちゃう?」 「まあな。きみちゃんの事やから、関係ないか」 「うん… ごめんな、さっちゃん。あ、あの大学やね?」 「ああ、そうや。きみちゃんも願書まで出した大学や…」 「うん。そうやったね…」 「降りるで、きみちゃん」 「うん」 「こっからまた歩かなあかんねんなあ。あんな小高い丘の上なんかにつくるからや。郊外型大学の欠点やな、ほんま。歩けるか?」 「ふふっ。あたし、大丈夫やから、さっちゃん」 「そっか。ま、ぼちぼち歩こか。上まで行ったら銀杏並木も少し位やったらあるし。さみしい校舎やけど景色はなかなかやから」 「ふうん、そうなんやね。あたしが向こうで行ってる大学は、街の真ん中にあるから景色は街そのものやけど」 「そうやなあ。こっちにもあるけど、そういう大学やったら車通学はまず通らへんのとちゃうか?」 「みんな、隠れてしてるみたい。大学近くの郊外型のパチンコ屋とかに車止めてるみたい」 「ああ、なるほどなあ。で、帰り間際に一勝負、か。都合ええなあ、それ?」 「実際は何にもせんと車止めてるだけっていう人も結構いるみたいやけど」 「ふうん。ま、ここは学生専用の駐車場もあるし、大手を振って車で来れるわ。俺は車持ってへんけどなあ?」 「ふふっ。さっちゃん、今日日の女の子、車の一つも持ってへんと、振り向いてもらうにも苦労するかもしれへんよ?」 「ああ、さいですか… 御忠告ありがとさんな。そんなん買う金もあらへんし、まあ、当分は彼女の方も無理っちゅうことやな…」 「そこまで言うてへんよ? ただ、最初に振り向いてもらうのに…」 「…ま、何でもええやんか。どうとでもなるって」 「でも、さっちゃん、ちょっとは身だしなみとかにも気ぃつけた方がええと思うんやけど」 「…そうやな。俺も女の子と付き合わなあかんよな? いつまでもきみちゃんにそういう心配させとくのもようないし」 「そんなことないよ… 心配っていうほどのことやないし…」 「いや、やっぱりきみちゃん、俺のそういうとこ、気にしてるみたいや。ちょっと前まで俺が心配してたこと、今度は、きみちゃんが俺に心配してくれてるんやな」 「そんな… まだまださっちゃんには迷惑かけてるし、今度のことかて、あたし…」 「ま、もちつもたれつ、ってとこか? それでええよな?」 「うん」 「あ、ほら、ようやく着いた」 「うん! でも、すごく綺麗な校舎やね?」 「学生の親から随分金捲きあげたからなあ。これくらいつくっとかんと恥ずかしいとでも思うたんかな。ええ迷惑やけどな」 「せやけど、施設とかも充実してそうやね?」 「ほんま、あほらしいくらいの充実ぶりやで? あっち見てみい? あのテニスコート、テニス部の練習場と違うて、学生のお遊び専用なんや。テニス部のはまた別にあってなあ…」 「ふうん、すごいねえ? これやったら、うちの大学より大きいんと違うかなあ?」 「ところがなあ、こういう設備ばっかりに金かけて、校舎はそこの綺麗なの一個きり。広いようにみえるキャンパスも実際は小高い丘にごまかされてるだけで、実際はすごく小さいんや。移動にやたら時間がかかるし、難儀なだけやで、ほんま」 「それでも、都会の大学と違うて、ええ環境やと思うよ? それに施設も綺麗やし…」 「せやけどな、こんなに環境ようても、こんなん設備がようても、ないもんもあるんや、やっぱり…」 「えっ? ないもんって、それ何?」 「…何やと思う?」 「そんなん、わからへんわ… えっと… あ、そうか! わかった! 彼女と違う?」 「うーん、ええとこついてるなあ。ちょっと違うけど」 「やっぱりわからへん。なあ、何?」 「…ま、何でもええやんか。あ、あっち行ってみよか? クラブハウスとかもあるし」 「うん」 「クラブハウス言うても、大したもんやないけどな」 「うちの大学もそんなにちゃんとしてるわけやないよ」 「そんなもんかなあ? それやったら、校舎の方に入ろか? そっちやったら、俺もしょっちゅう入ってるからな?」 「ふふっ、そんなん当たり前やないの!」 「せやなあ? あ、こっから入ろか?」 「うん。わあ、広いんやね?」 「そっか?」 「うちの大学やったら、校舎そのものは大きいけど、中は割と小さく出来てるんよ?」 「ふうん、そうなんか。せやけど、きみちゃんとこみたいに、学生が多いっちゅうわけやないからなあ。だだっ広いだけの校舎や講堂なんか無駄なだけなんやけどなあ」 「でも、大きくて広いって、それだけでも気分がええと思わへん? あたし、向こうの大学でそう思ったんよ?」 「せやなあ。確かに気持ちええよなあ?」 「なあ、さっちゃん?」 「ん? どうしたん、きみちゃん?」 「さっきの話やけど、何? 何がないの?」 「な、何や何や? もうええやんか、そのことは…」 「せやけど、どうしてもわからへんわ、あたしには。なあ、教えて?」 「どうしても知りたいか? それは、それはな…………………… きみちゃん」 「えっ? 今、何て言うたん?」 「…」 「なあ、教えて?」 「…きみちゃん、って、言うたんや」 「あたし…?」 「そうや」 「何で? あたし、確かに、そうやけど…」 「俺なあ… やっぱ、ええわ、もう」 「ちゃんと言うて! さっきから何か隠してるみたいやもん」 「せやけど…」 「なあ、さっちゃん? いっつもあたしには何でも言うてくれたやないの? いろんなことも教えてくれたし、あたしの話もこうやって聞いてくれるやないの? あたしも、さっちゃんの言いたいことちゃんと聞きたい! な? 教えて? あたしが…」 「…きみちゃんがいたら、今よりもっと楽しいキャンパスライフってのが送れるかな、なんて思てなあ」 「何、それ… 何やの? そんなん…」 「あ、あんなあ。そんな真剣になる程のこととちゃうんやから。な?ただなぁ、俺大学入ってバイトばっかりしてるけど、きみちゃんがおったら、もっとちゃんと大学にも出て来て、この辺ももっと色々まわってたかなあ、とか思うただけやし」 「さっちゃん…!?」 「あ、あの、せやから、俺…」 「…勝手に向こうの大学受けて、勝手に出ていったあたしのこと、怒ってんの?」 「ちゃうちゃう! そんなことないって…」 「そんなん言うたかて、こんなええ大学で、こんなええところで、何であたしがおらへんだけで、そんなこと言うの!?」 「せやから、俺、ちょっとだけそう思うただけで…」 「ごまかさんといてよ! あたし、おばさんから聞いてるんよ? あたしがここを出ていった日、さっちゃん家に帰らへんかったって」 「きみちゃん…」 「なあ、何やの? どういうこと?」 「そりゃあ、その、きみちゃんが… そうそう! 幼馴染みのきみちゃんがおらへんようになったら、やっぱさみしいやんか?」 「…それだけ?」 「ん? えっ?」 「ほんまに、それだけ…?」 「あ、せやから…」 「なあ、ほんまのこと言うて! ほんまにそれだけなん?」 「そ、それだけやで? ほんまにそれだけ。他に何かあるか?」 「…そうやね? そうやんねえ?」 「そうやろ? それだけのことやんか」 「うん。でも、知らんかったなあ…」 「ん? 何が?」 「さっちゃん、あたしがおらへんかったら、さみしいの?」 「あっ、そんなん、その…」 「ふうん、さみしいんやね?」 「そんなんもう、どうでもええやんか?」 「でもそう言うてもらえると、あたしも嬉しいな」 「えっ?」 「ふふっ」 「何言うてんの、きみちゃん?」 「ほんまに、嬉しいんよ? さっちゃんがそんな風に思ってくれてたなんて、知らんかったから」 「せやけど、別に嬉しいこともないやろ?」 「ううん、嬉しい。それも、さっちゃんやから。他の人が、あたしにそんなこと言うてくれても、そんなに嬉しくない。さっちゃんやから、嬉しいんよ?」 「…そんなん言わんといてや、きみちゃん」 「あ、さっちゃんもしかして照れてるんと違う?」 「そんなことあらへんよ。ただ、そんなこと言われたら、いろいろ考えてしまうんや…」 「さっちゃん、あたしが嬉しいと、考えること、あるの?」 「まあな」 「そんなことあるん? なあ、教えて?」 「せやなあ… あ、そこのベンチに腰掛けよか?」 「うん… あ、このベンチ綺麗やね?」 「まあな。大学の設備にしたら綺麗な方やなあ…」 「よっと… ふふっ」 「ん? どうしたんや?」 「こんな風に座るの、高校の時以来やね?」 「高校って言うたかて、たった半年前の事やで?」 「そうやけど… どう?」 「どうって、何が?」 「あたしら、恋人同士に見えるかな?」 「何で、そんなこと…」 「…ごめんな、さっちゃん。でも、何か悪い事言うた?」 「いいや。何にも言うてへんよ… うん。やっぱりそうや」 「やっぱり?」 「さっきの話やけどな…」 「そうそう。なあ、何を考えてたん?」 「きみちゃんのいるキャンパス・ライフ」 「それって…」 「きみちゃんのいる大学やったら、きっと俺、あかん人間になってたやろうなあ… きみちゃんのいるキャンパスやったら…」 「そんな…」 「…きみちゃん?」 「そんな… あたしがいたら、さっちゃんが駄目になるん? あたしがいなくなったから、今は良くなってるん?」 「違う! そういう意味と違うんや!」 「そしたら、どういう意味なん? あたしには他の意味はわからへんわ!?」 「簡単やんか… 俺、きみちゃんに、甘えてたんや…」 「あたしに、甘えてた…?」 「そうや。ちゃうか?」 「違う! そんなことあらへんよ? あたし、いっつもさっちゃんに甘えてばっかりで、自分で何にもでけへんかったもん。そやから、あたしの方が、自分一人で生きてみなあかんって思って、ここ出ていったんよ?」 「そんな、きみちゃん…」 「あたし、向こうに行ってからずっと、凄く寂しかった… 友達もいてないしテニスサークルに入ったんもほんまは夏になってからの事なんよ? 狭い部屋で大きい枕抱えて、寝たか寝てへんかわからへんような夜、ずっと過ごしてた。何度も何度もさっちゃんのとこに、電話しようとしたんよ? せやけど、さっちゃんの声聞いたら絶対泣いてしまうから、電話かけられへんかった…」 「電話で泣くくらい、かまへんやんか!?」 「そんなん、泣いて甘えたら、さっちゃんにまた迷惑かけてしまうもん! 絶対そうしてしまうもん! あたしがケガした時も、さっちゃんのせいと違うのに、その場で一緒に遊んでただけで責任感じてたやないの? あたしが泣いたら、向こうにいてても絶対飛んで来てくれるって信じてた。せやから… せやからこそ、さっちゃんに甘えたら、あかんって、思ったんよ…」 「きみちゃん… 今も…」 「な、やっぱり、泣き、始めて…」 「ええよ、好きなだけ泣いたらええやんか。どうせ誰もいてへんし…」 「うん… ごめんな、さっちゃん…」 「でも結局、あたし一人で生きていく自信がなくなって、それで、知り合うてすぐやったけど、あの人のこと、好きになったんよ…?」 「へえ… なかなかええ出会い方やったんやな?」 「すっごく、あたしに優しくしてくれるから… せやから、あの人、さっちゃんの代わりみたいなもんかもしれへん」 「失礼な事言うなあ? そんな事言うてたらその人怒るで」 「せやけど、ほんとのことやもん。あの人、さっちゃんの代わり…」 「あんなあ…」 「ほんまなんよ、きっと… 今、初めて気ぃついたけど…」 「きみちゃん、俺の、代わり?」 「…ううん、そうやんね? 代わりでもなんでも、あの人はあの人やもんね? うん、そう」 「そうやな。代わりなんて、世界中何処にもいるわけないって。俺は俺やし、そいつはそいつや。な?」 「うん。でも、怒ってる…?」 「何が?」 「さっちゃんとあの人、似てるって言うたから… さっちゃん、他人と似てるって言われるの、嫌いやったんと違う?」 「そうやなあ… 今回だけは、そうでもないなあ?」 「ほんまに?」 「ああ。割と平気。っていうか、何かかえって嬉しいような気もするなあ…」 「ほんまに? ほんまに怒ってへん?」 「きみちゃん、ちょっとしつこいな。全然怒ってへんから、そんな変な心配せんでもええって?」 「うん。よかった」 「ほんま、よかったよかった…」 「あ、さっちゃん、あたり暗くなってきたね?」 「ああ、長いこと話してたら、陽ぃ暮れてもうたなあ。また後で、何か食べに行こか?」 「うん!」 「あ、ちょっと待って…」 「どうしたん、さっちゃん?」 「もうちょっとだけ、こうしてたいんやけど、ええかな…?」 「えっ?」 「ちょっと照れくさい言い方やけど、きみちゃんのいるキャンパス、ここでこんな風に夕陽を見るのは、きっと最初で最後やから…」 「うん。さっちゃんがそう言うんやったら、ずっといても…」 「ちょっと、寒くなってきたね?」 「ほんま、身体冷えてしもうたんとちゃうか?」 「ううん、大丈夫」 「ほんまに? なんせ、あんなとこにずっとおったからなあ…」 「さっちゃんが、いようって言うたんやないの?」 「うん、って言うたんはきみちゃんもやで?」 「そうやね… ほんま、そうやね」 「ん? どうしたんや?」 「あのキャンパス、綺麗やったね?」 「まあな。俺はしょっちゅう見てるけど」 「あんなとこでずうっと一緒にいたら、あたし、やっぱり…」 「一緒にいたら、何や?」 「何でもないよ、さっちゃん」 「そっか? まあ、ええか。じゃあ、どっかで晩御飯といくか?」 「うん。さっちゃん、どこに行くの?」 「せやなあ… またお好み焼きってのもなあ… そうや! 呑みに行こう!」 「えっ!? そんな、さっちゃん…」 「ええやんか、な? お互いちゃんと話してすっきりしたし、もっとすっきりさせるために、呑もう! な?」 「う、うん…」 「よおし! それやったら、『三条』に決まりやな!」 「それ、居酒屋さんの名前?」 「そう。焼き鳥がうまい店なんや」 「ふうん… あたし焼き鳥大好き!」 「俺もや! 『三条』やったら出羽先もなかなか美味しいんや」 「ふふっ」 「どうしたんや、きみちゃん?」 「何かおかしいわ」 「ん? おかしい? 何が…」 「だって、さっちゃんとお酒呑むなんて、考えたことなかったもん」 「そうやなあ。せやけど、たまにはええよな?」 「うん。そうか… さっちゃん、あたしもさっちゃんも変わったよね、やっぱり」 「ん? 変わった?」 「うん。だって、さっちゃんもあたしもお酒呑むようになったもん」 「そうか。でも、それはしゃあないんとちゃうか? 大人になったら誰でも酒くらい呑むしなあ」 「うん。それはわかるんやけど… でも、小さい時は、ううん、つい半年前までは、あたし達まだコーラとかジュースとかで満足してたのに、今はやっぱりお酒がいいんよね…」 「そりゃあ、まあな」 「なあ、さっちゃん。あたし達が今お酒を呑む理由って、何?」 「理由、理由か… おいしいから」 「それだけ?」 「うーん… 楽しいから」 「そんなんだけかなあ?」 「そしたらさあ、きみちゃんはどう思う?」 「あたしは… お酒って、何かを変えるためのものやと思う」 「変える? 何を?」 「例えば、嫌な気持ちを楽しい気持ちに変えるとか、なかなか言えない気持ちを打ち明けられるように変えるとか…」 「そうか、そうやなあ。気分をすっきりさせる薬みたいなもんかなあ。せやけど、そんなこと考えてたら、酒なんて呑まれへん」 「そうやね? ごめんな、さっちゃん、つまらんこと言うて…」 「また謝る… 何度も言うようやけど、やっぱりきみちゃん変わってへんのとちゃうか?」 「そう? あたし、そうかな…?」 「変わってへんよ、やっぱり。俺も変わってへんわ、多分。向こうに行っても、大学に入っても、バイトしてても、彼氏が出来でも、酒を呑んでも、結局きみちゃんはきみちゃんやし、俺は俺や」 「そうかもしれへんね。あ、ここ? 『三条』って?」 「ここや、ここ。焼き鳥のええ匂いがしてきたなあ」 「ふふっ。さっちゃん、相当お腹減ってたんやねえ?」 「まあな。ああ、腹減った!」 「おじゃましまーす」 「えーっと… ここ、ここにしよか?」 「うん。よっと」 「それにしてもきみちゃん、よう見たらまた一段と痩せたんとちゃうか?」 「えっ? ほんまに?」 「気苦労絶えへんのとちゃうか? それとも喰いもんが悪いとか…」 「そんなことあらへんよ?」 「ほんまか? 大丈夫か?」 「うん。ほんま、大丈夫やから」 「それやったらええけど。あ、何注文しよか?」 「あたし、何でもええよ?」 「ビールでええよな? あんまりきついの呑むと、後で叔父さんと叔母さんに話でけへんようになるし」 「そうやね? 晩御飯が目的やもんね?」 「そういうわけやから。焼き鳥5本とつくね3本、あ、手羽先も」 「それだけで足りる?」 「足らへんかったら、後で頼んだらええよ。まさかきみちゃん。そんなたくさん食べたいんか?」 「ち、ちゃうよ… さっちゃんが、それで、足りるんかなあって…」 「ま、足らへんやろうなあ」 「そうやんね? うん、そうやんねえ?」 「やっぱ、腹減ってるんとちゃうか?」 「う、うん。ほんまは、そうなんよ…」 「ははっ! まあ、ええか。あ、きたきた! それじゃあまずは、きみちゃんの彼氏に、かんぱーい!」 「かんぱーい! えっ? 何それ?」 「あはっ、まだ酔いがさめてへんみたい…」 「せやなあ。まだ家に帰っても叔父さん叔母さんとまともに喋れられへんやろ? ちょっとそのへん歩こか?」 「うん。でも…」 「大事なこと話すんやろ? 酒抜き酒抜き」 「そうやんね? こんなヘベレケな娘とまともな話でけへんよね?」 「まあな」 「あ、この道…」 「ん? ああ…」 「もうちょっと、あっちやったかなあ…」 「そうやな」 「なあ、さっちゃん? もし、もしもなあ…」 「何やいきなり…」 「もしも、あたしがこの道で、事故に遭ってへんかったとしたら、こんなにあたしに優しくしてくれへんかったんと違う?」 「…言わなあかんか?」 「うん… なあ、さっちゃん、教えて?」 「…はっきり言って、わからへん」 「そう… そうやんね?」 「せやけどなあ、きみちゃん。俺、確かに事故の責任ずっと感じてたけど、その前からずっときみちゃんのこと大好きやったし、きみちゃんと遊ぶのが楽しかったから、ついここで、きみちゃんのこと…」 「さっちゃん…」 「ん、まあ、そんなことどうでもええやんか、今となったらさ」 「なあ、さっちゃん、あの時の傷、どんな風になってるかわかる?」 「え? そんなん、わかるわけないやろ?」 「そしたら、ほら、見せてあげる! 懐かしいんと違う?」 「あ、あほ! こんな道端でわざわざ見せることないやろ!?」 「そう言わんと、な? ほら、脇腹のとこもこんな風に…」 「やめえや! きみちゃん!」 「さっちゃん…」 「ごめん、きみちゃん… きみちゃんは、嘘でもそんな風に事故の事話せるようになってたんやなあ… 俺だけがウジウジといつまでも… でも、もう二度と見たくないんや。わかってくれなんて言わへんけど… 見られへんよ、やっぱり…」 「あたしの方こそごめんな、さっちゃん… あたし、そんなつもりやなかったんやけど…」 「忘れる。俺、忘れるように頑張る。早く、頭ん中すっからかんにして、もう一度きみちゃんのええ男友達になれるよう頑張るな? せやから、もう…」 「さっちゃんが頑張ることない。あたしも、もう絶対口にせえへんから。でも、お願い。今だけ逃げんといて。もう一度だけ、見て」 「…わかった。見せて」 「どう?」 「…」 「何か言うてよ、さっちゃん」 「…」 「さっちゃん、お願い」 「…きみちゃんの彼氏、知ってるんか?」 「うん、知ってるよ」 「…どういう風に言うてる?」 「気にしないって言うてくれてる」 「そっか… よかったな、ええ人見つかって」 「うん。ありがとう、さっちゃん」 「そろそろ、きみちゃん家行こか?」 「うん」 「ほんまは俺、きみちゃんにもう一つだけ言いたいことあったんやけど…」 「そしたらあたしも、さっちゃんにもう一言だけ言いたかったんやけど…」 「酒の力借りて最後に、って思てたけど、やっぱりあかんわ」 「あたしもそう。お酒呑んでも全然言われへんもん…」 「そんなもんかなあ?」 「そんなもんやと思う、あたし」 「まあ、ええか。そしたら、行こう」 「うん」 「見送りなんてええのに…」 「何でや? ちゃんと見送っとかんとなあ。きみちゃんやなかったら、当然知らんぷりやけどな?」 「ふふっ」 「でも、よかったなあ? 叔父さんも叔母さんもわかってくれたみたいやし」 「うん。ほんま、ごめんな、さっちゃん…」 「ほら、また謝る。こういう時は、『ありがとう』の方がええんとちゃうか?」 「うん… さっちゃん、ありがとう」 「いや、別に、俺に言うてくれっていうつもりやなかったんやけどなあ…」 「ほんまに、ありがとう、さっちゃん!」 「へへっ、照れるなあ。まあええか。たまには、な?」 「うん。頼りになるのは、やっぱりさっちゃんだけやもん」 「いつでも、電話かけておいでな? 電話代気にするんやったら、コレクトコールでもええから。うちは誰も気にせえへんわ、そういうこと」 「うん。ありがとう」 「もうええって、ありがとうは」 「そう…?」 「あ、もう発車か。そしたら、きみちゃん、気ぃつけてな?」 「さっちゃんも、バイトとかで身体こわしたらあかんよ?」 「あ、それからな、きみちゃん…」 「えっ? 何?」 「いや、ええわ。ドア閉まってからにするわ」 「何よそれ? 最後の最後に、教えてくれへんの…?」 「ドア閉まってからにするって言うたやろ? まあ、きみちゃんが気にする程のことやないしな。じゃあな」 「じゃあね… あたしも、ドア閉まってから言うわ、さっちゃんに」 「そしたら、バイバイ、きみちゃん…」 「バイバイ、さっちゃん…」