番外編3 白き日の弓道部  ※そんな大げさな話じゃありません。   事件もなく、相変わらずの彼らのいつもの姿をただ見てるだけ…   そんな軽い後日談として読んでもらえれば幸いです。   ほんとは二年生編とずれるところもありますが… 閑話 街角のちょっとした武勇伝  3月も、もう10日が過ぎた頃… 「わーった、わーった。姉ちゃん達の意見も聞いとくよ」 「ほんとだぞ? そういやあ、何でお前のお姉さん達、俺にくれな かったんだ?」 「お前にやる分があったら、光と青葉に食べさせてるよ」 「なるほど… って、納得してたまるかっ! おや?」 「いててっ! 弓でつつくなよ? 何だ?」 「おい、あれ…」 「ふうん、風見中の女の子が高校生の男の子3人にからまれてる…」 「圭太の脳味噌よりスタンダードな図式だなあ? 結構今時珍しい んじゃないのか?」 「図式って言うなよ。数学みたいで、なんだか俺、頭が痛くなる」 「だけど、放ってはおけないって気がするなあ。圭太ならこの図式、 どう解くのかなっ?」 「解くのは嫌だけどな。あの女の子が実は悪者で、男の子達が正義 の味方ってのは?」 「…かもしれないなあ。さらにもしかしたらあいつらみんな宇宙人 だったりして。どうだ?」 「もしあの女の子が宇宙人で悪者としようか。じゅんだったらどう する?」 「そりゃあ宇宙人で悪者でも俺としては、当然… 圭太は?」 「そりゃあ俺だって一応は…」 「かわいい女の子を助ける!」「やっぱり女の子を助ける!」 「わーおっ、なんか俺達、刑事物ドラマの主人公コンビみたい!  息もぴったり!」 「ケンカ物映画の不良高校生の方が合ってるんじゃねえか? 特に じゅんの方は」 「なんじゃおのれら? 何ごちゃごちゃぬかしとんのじゃ?」 「じゅん、ごちゃごちゃだってさ?」 「あれ、終わったのになあ? って、すごい内輪ネタだぞ? こりゃ わかるかどうか心配だ…」 「はあ? 何ぬかしとんじゃい、おのれら! 「腰抜かしとんじゃい! ってのはどうだ?」 「うまい、じゅん! 俺達の今の心境を的確に表してる! 座布団 一枚!!」 「あんまりなめとったらあかんぞ!? 殴られたいんか?」 「ほお、殴られたい人なんているのかなあ? なーんてな、圭太!」 「よーしっ、殴られてやる! ただし、俺も逃げるぜ? ちゃんと 狙って当てろよ? こいつにでもいいぜ?」 「あ、やっぱ俺も? ったく、しゃあねえなあ」 「うぬぬぬ… よっしゃ、お前らいてもうたれ!!」 「どうした? 10分過ぎたぜ? そろそろ殴ってみろよ?」 「さっすが圭太! だてに身体ばっかり鍛えてるわけじゃねえな!  そろそろ射法八節の方も鍛えろよ!」 「どーゆー意味だよ?」 「そっか。お前の鍛えるのは正座の方か?」 「じゅん… お前、言ってはいけないことを…」 「じゃかあしい! おのれら!」 「ってて!! ありゃ、殴られた。痛えなあ…」 「嘘つけ! 詩歌の平手打ちよりはましだろ?」 「ばれたか! って、余計なこというなよ! 詩歌が聞いてたら…」 「ええかげんにせえーっ!」 「あーあ、さすがに倒れてやがんの。そりゃあ、10分もうろうろ してりゃ、圭太と言えども疲れるよなあ… おい、男の子! そろ そろ代わりにボクちゃんがお相手して差し上げますことよ?」 「おんどれら、徹底的にいてもうたるーっ!!」 「あ、あの、大丈夫ですか?」 「ってて… でも正座10分間の方が、よっぽどきついぜ… なあ、 じゅん?」 「ばーか。俺は10分くらい余裕だっての! 鋼鉄足首のお前に、 そんなこと言われたかねえよ… あーいててっ!」 「すみません、私のために…」 「…わっ!? 圭太! これってちょっとかっこいいシーンか?」 「かもな。まあ、お前には似合わないけどな?」 「何だぁ? 圭太よりは似合うと思うけど、違うのか?」 「あの、その、お名前を…」 「名乗る程のもんじゃねえよ… なんてな?」 「お、圭太、ノってるじゃんか? よっ! 大統領! キャプテン! 詩歌の腰巾着!」 「なんだそりゃ!? お前なぁ、言いたいことばっか言いやがって!」 「あの、その制服、県立風見鶏高校の制服、ですよね?」 「まあね。そっか、これは隠し様がないもんなあ」 「まあ、警察沙汰になったりしたら、ちょっとは弁護してよね?  俺達は殴られてただけだからって」 「そうそう。部活が活動停止になっちゃかなわないからな?」 「てなわけで、再見!」 「アディオス、アミーゴ!」 「お、よく知ってるな? それ英語か?」 「ばーか、フランス語だよ」 「あ、あの…! ああ、行っちゃった…」 「あの女の子、かわいかったよなあ…!?」 「そうかそうか。じゃあ交際でも申し込んでくるか?」 「ばーか。俺は中学生には手を出さないんだよ! そんな事したら 犯罪じゃねえか?」 「何考えてんだよ、お前…」 「なにって、ちゃんと、その、正しい、お付き合いの、だなあ…」 「はいはい。じゅん君は立派な男ですよぉ…」 「そんなことより、あーあ、一体何がいいんだろうなあ?」 「またその話かよ…」  殴られてもなおかばった、長い髪の笑顔がかわいい中学生の女の 子との甘いロマンスすら想像させない、余程大事なこととは…  ここで閑話休題。 1.この日が一年で一番嫌いなのは潤一郎! 「なあなあ、圭太、ホワイトデーのお返しプレゼントって、やっぱ ホワイトチョコなのか?」 「…」 「だってよお… 俺、チョコなんて、あんずと詩歌とみいからしか もらってないんだぜ? なんか面倒臭くってさあ… あんずだけで いいかな?」  矢作潤一郎のくだらないぼやきに付き合う程、的場圭太は暇では なかった。 「個数は俺の方がチョコっと上だけどな… お、駄洒落か」  自分で言っているのだから情けない。  今、的中のことで圭太の頭がいっぱいだから、としておこうか。  彼らが5人で始めて一年もたたないこの「県立風見鶏高校弓道部」 は、現在春の市民体育大会へ向けて猛練習の真っ最中である。  とはいうものの、まだ一ヶ月も先のこと。あまり早くから本腰を 入れると途中でバテることを、既に彼らは身をもって学んでいた。  その割に頑張る圭太。今自分の狙う的に矢が3本当たっている。  実はあと一本で、一回で射つ矢4本が全て当たる「皆中」となる のである。  生まれて初めてのこの瞬間に、親友のくだらないホワイトデーの プレゼントの話など、とてもじゃないが聞いてはいられない。 「大体、みんな俺の彼女じゃねえんだぞ? 俺にどうしろって言う んだ!?」 「知るかよ、んなこと。俺の場合は、ホワイトチョコ配って終わり。 別に気にしないけどなあ…」 「気になる! お前と違って、俺は気にするんだよ!」 「そんなに気にするんだったら、本人に聞いてみたらどうだよ?」  指で示した先には、黄色のトレーナーを纏った道上詩歌がいた。  その後圭太はすぐに構えに入った。  決断即実行。潤一郎はかなり卑屈な微笑みを浮かべながら、詩歌 に声をかける。 「なあなあ、詩歌? お前、ホワイトデーだったら何が欲しい?」 「そりゃあ、もらえりゃ何でも嬉しいけどね、あたしだったらさ…  あれ? くれるの? じゃあ、大きなクマのぬいぐるみがいいっ!」  何か大きな期待か勘違いか、太股まで伸びた長い髪を振り乱し、 眼鏡の奥の細い細い瞳がちょっとだけ大きく開いたようにも見える。 期待の高さは半端じゃないようだ。  呆れた潤一郎はすぐに別のものを思いついた。 「そんなもん、久司君に買ってもらえよ! あ、パンツはどうだ?」  わっ!  その時放たれた矢は大きく的の前、つまり右側へ逸れた。  圭太はせっかくの皆中を、やっぱり親友のくだらない雑談でふい にしてしまった。  精神力の無さが露呈した結果だが、まだ的の前に立って一年にも 満たない圭太には、あまりにもかわいそうな話である。 「わわっ! じゅん君それってばセクハラだよ!? あたしだった からよかったようなものの、あんちゃんがいたら…」 「何でお前だったらいいのかわかんねえなあ… ま、いいか。確か にあんずの前じゃ言えないよな?」 「ああっ! もう少しだったんだぞ! このバカじゅん!」  弓を振り回しながらの圭太の悔しそうな声が、やけに大きく聞こ える詩歌だった。  かわいそうにね。  あたしは、先週やっちゃったもんね、「皆中」!  眼鏡の奥でほくそ笑む詩歌だった。  彼ら弓道部は部員5人という小さな部活動である。  ところが、彼らが道場と呼ぶ体育館裏の土手には、今は3人しか いない。  他の部員はというと…  まずは真弓麗。彼は図書委員の活動のため図書室にいた。3学期 も終わろうかという、授業自体のない火曜日に一体何をするのかと 言えば…  学期に一度の図書整理の日。  図書委員は全ての活動に優先してこの作業を年3回行わなければ ならない。結構大変な仕事なのである。ちなみに、上記作業により 今日は図書貸出・返却禁止の日でもある。 「あ、やっぱりここだよここ! みんな!」 「ほんとだっ!!」 「れーいーちゃん?」  突然、何人かの女の子達が麗の周りに群がる。  当然他の図書委員、特に男の視線が、麗にとっては痛い。 「いやあ、相変わらず、持てる男は辛いねえ、真弓君?」  そばで麗の作業を手伝う先輩も、そんな視線を送る男の一人だ。 「そんなこと言われても、僕…」  事実、現県立風見鶏高校1年1組、いや、1年生全体の女子生徒 のアイドルとなっていた。  可愛い顔、可愛い髪型、可愛い声、可愛い瞳、どれをとっても、 女子生徒のハートを掴むのに十分すぎる程だった。  だが最近は、こんな麗にも弓道部のおかげか男らしさが加わる。  少し背も高くなった。体力もついた。  汗臭くなったら嫌われるかとくだらない事に期待した一部男子の 予想を裏切り、逞しくなりつつある麗にファンは増える一方。 「あの… みんなどうしたの?」 「麗ちゃん、もうすぐだよね?」 「えっ? 何のこと?」  何冊かの本を閲覧用の机に置きながら、麗は女の子達に質問する。 「またぁ!」 「とぼけちゃって!」 「期待してるよ?」  答を教えずに、「期待してる」も何もないと思うのだが… 「じゃあね?」  台風一過、一瞬の騒ぎが嘘のようである。  本当に答がわからない麗は、とてもかわいそうだ。 「何のこと?」  思わずそばにいた先輩がしかめっ面をする。 「あ、お前、そりゃひどいんじゃないか? あれだけチョコレート もらっといてさ?」 「チョコレート?」  この時点でようやくわかったのだが、あくまでとぼけて「みせる」 麗だった。 2.こんなときもあるじゃない? 「そうだ! 俺、桜田さんにも何かプレゼントしようかな?」 「お前、本気で言ってんのか? 何ももらってないくせに」 「うるせえなあ。男からプレゼントしてもいいだろ?」 「はいはい。おっと、じゃあな! みんな」 「道草食ってないで、さっさと帰るんですよぉ!」 「あのなあ、じゅん…」  圭太と潤一郎は家が近いので、帰り道の途中でいつも2人は詩歌 達と別れる。  今日は詩歌と、練習には間に合わなかったが一緒に帰るのに間に 合った麗の2人だけだった。  詩歌が、この場に居合わせたもうひとりの異変に気付いたのは、 すぐ後のことだった。  いつになくもじもじしている麗。妙にかわいい。  やっぱ麗ちゃん、女の子にもてるよ、絶対…  そういう詩歌も少々気分が舞い上がりつつある。  ああ、だめだめ!  麗ちゃんはあんちゃんと相思相愛なんだから!  言い聞かせるとともに、世話焼き詩歌の本領を発揮させる。 「どうしたの? 何か悩み事でもあるの?」 「ねえ、ホワイトデーのプレゼントって、どんなのがいいの?」 「は?」  唐突だが、まるで白昼夢の様。  どこかで聞いたような質問に、詩歌は頭を抱えた。 「あらら、またその話? あたしって、やっぱ女に見られてないの かな?」 「そうじゃないよ!? そうじゃ、ないんだけど…」  うつむく麗。  やけに寂しそうな素振りに、詩歌の胸はぎゅっと締め付けられる。 「僕、みんなにそんなお返しのプレゼントなんてしたことないから…」 「ふうん、意外とそんなもんなんだ! でも理由はじゅん君と反対 だよね?」 「どういうこと?」 「だって麗ちゃんの場合はもらうチョコレートが多過ぎるんだよ!  対してじゅん君は… あ、一応言うのやめとくね?」  あははっと笑い飛ばす詩歌。 「ホワイトデーって言うくらいだからありきたりのホワイトチョコ でいいんじゃないの? ちっちゃいのにすれば安上がりだし」 「そうかな? そんなものでいいのかな?」  相変わらず勘が冴え渡る。  詩歌の細い目がさらに限りなく細くなる。 「ははぁ… 今、麗ちゃんはあたしに2種類の質問をしてるね?」 「えっ? そ、それ、どういうこと?」 「つまり、こう。あたしら一般女子への義理の分と、たったひとり だけのためのものと、区別させたいんじゃないの?」 「そ、そんなこと、ないよ。でも…」 「無理しなさんなって。わかるよ、その気持ち」  そう言われて、ちょっとはにかむ麗。 「女の子はいいよね? 好きな人だけにプレゼントできるんだもん。 男はそんな日もないし…」 「別にバレンタインデーだけがプレゼントの日じゃないんじゃない? 女の子ってのは、いつでもプレゼントを待ってるんだから! 誕生 日でもいいし、クリスマスだってそうじゃない? 記念日じゃなく ても、突然プレゼントもらったりすると、とーっても嬉しかったり するんだよ?」 「そうだよね? じゅん君の言った通りかもしれないね? でも、 何だかお金がかかりそう…」 「そういう意味じゃないよ? 待ってるのが楽しいの。少なくとも、 あたしはそうだけどなあ?」  そんな女ばかりじゃない、と思うのは作者だけ? 「詩歌ちゃんにも、ちょっと特別なプレゼントを買うね?」 「いいよいいよ、無理しなくても」 「でも…」 「みんなと同じでいいから。それよりあんちゃんへのプレゼントの 方をちゃんと考えなきゃ!?」 「ううん、やっぱりみんなに配るならみんなと同じで…」 「だめだよそれじゃあ! 渡すべき人にはちゃんと渡さなきゃ!」 「だけど…」 「だーめ! 悩んでるんだったら、あたしが選んであげる! 今度 一緒にプレゼント買いに行こう!?」  ごめんね、久司君…  だって、久司君だって、こんなときもあるじゃない?  クラスメイトだし同じ部なんだから。ねっ?  何だかんだ言い訳しながら、実は結構嬉しい詩歌だったりする。 3.杏子のささやかな願い事  さて、未だご登場願えなかったもう一人の弓道部員は… 「うん。じゃあ、詩歌ちゃんの欲しい物を買う事にするね!」 「駄目だよそれじゃあ。それに結構高いよ?」 「大丈夫! こんな時にくらいしか、プレゼントしてあげられない から」 「うわあ! やっぱ麗ちゃんて優しいんだ! そうゆうとこ、好き だなあ」 「あはは… そう言われると、何だか急に恥ずかしくなってきた…」 という麗と詩歌の会話風景を見ていた。  単に偶然だった。  弓道部を休んでいたのは、担任に呼ばれて成績等の話をしていた からだった。  遅くなってみんな帰っていたから、自分も後を追うように帰った。  で、目にした光景が、これである。  わがままなのはわかってる…  でも、でも…  お願い!  そんなに、そんなに楽しそうにしないで!  そう、彼女は…  思いこみの激しさでは弓道部で右に出るものはいない、安土杏子。  何となく気まずい雰囲気がまとわりつき始めたのは、次の日。  ただ、杏子の機嫌が悪いだけならわかるのだが、何故か麗も様子 が変だった。どことなくそわそわしている。  放課後、部室に顔を出した詩歌は、圭太に一言。 「あ、今日休み! 麗ちゃんとお買い物だから!」  後ろを付いてきた麗も圭太と潤一郎に一言。 「み、みんな、誤解しないでね?」  そりゃ無理な相談というもの。  詩歌が手を引くその様は、すっかりいい雰囲気。  部室のドアが閉まって、思わず身を乗り出して話し出す二人。 「なあ圭太? あいつ、乗り換えたのか?」 「おい、じゅん、あんずがいたらどうすんだよ?」 「かまわねえよ。それよりあいつらすっげーべたべたしてたじゃん?」 「まあな。でも、何かあるんだろう?」 「そうそう、何かあるんだぜ、きっと!」 「その『何か』じゃねえよ、ばかじゅん…」  …聞こえていたりする。  デパートのそーゆーところ。  そーゆー時期なだけにそーゆー物がたくさん並んでいる。 「わーっ! これかわいいよねっ? あ、こっちもいいなぁ…」 「そ、そう?」  女の子って、みんなこんなのがいいのかなぁ?  ハンカチやらピアスやら、小物がずらり並ぶウィンドウの前で、 ため息をつく麗。  どうやら詩歌のセンスについていけないらしい。  そんなところへ… 「ねえねえ、麗ちゃん。あんちゃんとデートしたりしないの?」 「えっ!? あ、あの、その、そ、そんな、ことっ!」  珍しく麗が慌てた。  そりゃそうだろう。何の前触れもなしに、いきなりそんなことを 聞いてくるのだから。  とはいえ、聞いた本人はそう突拍子もないことだとは思わない。  詩歌達、他の弓道部員にしてみれば、麗と杏子が相思相愛という のは部費が月500円であるということと同じくらい当たり前の事 だったりする。  それでいて、ちゃんと告白したかどうかは誰にもわからない。  だから彼の答えも… 「そんなの、わかんない…」 「わかんないことないと思うんだけどなぁ?」  いぶかしげにつぶやく詩歌を尻目に、あちこちを見てまわる麗。 「プレゼントもいいけどさ、二人でどっか行ったら? 映画とかさ」  やっぱり耳を貸さない麗。  結局この日は何一つプレゼントを買うことはなかった。  だから当然、次の日も。 「おーい、詩歌ぁ… 俺達を置いていくなよぉ…!」 「あんずの目って、意外と怖いんだよぉ…?」  聞く耳持たぬ詩歌は麗を連れ、さっさと学校の門を出た。  困るんだよなぁ…  顔を見合わせる圭太と潤一郎。思いは同じようだ。  やけに感情が入った彼女の弓の引き方が、二人を震え上がらせて いた。  それがこのぎこちない会話をうむ。 「あ、ああ、あのさあ、じゅん」 「な、何だよ、圭太?」 「もうすぐ一年生が入ってくるよなあ?」 「そ、そうそう! かわいい女の子がいっぱい入ったらいいなあ!」 「あ、ああ。結構女子に人気があるしなぁ、弓道って」 「でもよぉ、み〜んな麗ちゃんファンかもな。ったく、しゃあねえ…」  いつもの決め台詞は、今回は不発に終わった。 「ばかじゅん!」 「…別に、私、何とも思って、ないから…」  やっぱり…  その口調と素振りで、全てを見抜いた圭太と潤一郎。  早く練習終わらせて帰りたい! 4.この日が一年で一番嫌いなのは、実は麗ちゃん?  何だかんだといいながら、当然ホワイトデーはやってくる。  放課後、部活が終わり着替えも済ませてから、部室前で… 「ほいこれ。俺からな」  圭太は今朝姉に渡した時と全く同じ様に、詩歌と杏子にホワイト チョコを渡した。 「おおっ! 圭太にしちゃあ気がきくじゃん?」 「ありがとう、圭太君」  どこか上の空の杏子のお礼より、詩歌の憎まれ口の方が、何故か 嬉しい圭太だった。  続いて潤一郎。 「俺だって負けるかよ! はい、あんず! ついでに詩歌も」 「ついでで悪うございましたねぇ…」 「ありがとう、じゅん君」 「何の勝負だよ、何の…」  圭太がぼやくのも無理はない。  潤一郎が二人に渡したホワイトチョコの箱には綺麗なハンカチが 入っていたからだ。  確かに、圭太よりはちょっと変わっていて、いいかもしれない。  ちゃんと考えてるじゃねえか、じゅんのやつ…  ばーか、お前なんかに思いつくようなことはしねえよ!  二人とも実は結構意識してたのだ。 「圭太のもちゃんとありがたく受け取ってるからね?」  そんな気持ちを悟ってか、ここぞとばかりに詩歌が慰める。 「さてっと、最後は麗ちゃんだけだけど…」  皆、今日までの気まずい雰囲気を知っている。 「あ、あのさあ、まずは、あたしにちょうだい?」  強引に大きな方の箱を、麗の手から奪い取る詩歌。 「麗ちゃん、大丈夫だよね?」 「う、うん…」 「じゃあ、おっさきにぃ!」 「おい、ちょっと、詩歌ぁ!?」 「いてて、引っ張るなよっ!!」  大きな箱を脇に抱えたまま、圭太と潤一郎の腕を引っ張る。  詩歌の優しい配慮である。本当にこういう事だけはよく気がつく 女の子だ。  だが、今の杏子には少々違って見える。  今までしいちゃん、ずっと麗君と買い物に行ってた…  部活でもしいちゃん、麗君と楽しそうに何か話してた…  それにしいちゃん、大きな箱の方を持っていった…  しいちゃんといるのが、そんなに楽しいの?  私といるより、楽しいの?  ねえ、麗君、お願い!  そんなの嘘だって言って! しいちゃんと、しいちゃんとなんて!  強ばった顔つきの麗は、小さな長細い箱をそっと杏子に手渡す。 「はい、これ… こんなものが、杏子ちゃんの欲しい物かどうかは、 わからなかったんだけど…」  無意識に受け取る杏子。  箱を開けると、中にはとてもシンプルな腕時計が入っていた。  飾らず、目立たず、だが地味でもなく弱々しくもない…  誰かを腕時計にすると、こんな感じになる。 「詩歌ちゃんに色々アドバイスしてもらって、これに決めたんだ。 僕、女の人にプレゼントなんて、したことなかったから…」  そう。早くに母を亡くし、兄弟姉妹もなく、勉強ばかりしてきた 麗の、初めての女性へのプレゼント。  だから、いつかの麦藁帽子のように気楽にはいかなかったのだ。  杏子の胸の内に、どっと熱いものがこみ上げる。  止められない。  信じてたけど、信じてたけど…  私って、馬鹿みたいに…  ううん、私、馬鹿だった… 「…ごめんなさい。私、私…」 「謝るのは僕の方だよ。ごめんね、杏子ちゃん? 詩歌ちゃんが、 『黙ってた方がいい』って。その方が杏子ちゃんも喜ぶって」  小さく首を横に振り、小さく首を縦に振る。 「あのさ、おわびに今度、映画でも観に行かない?」 「…うん!」  最後は詩歌の入れ知恵「デートのお誘い」が決まった。  にっこり笑った杏子の顔は、麗には真夏の太陽よりも眩しかった。  つい先程までとは違い、この日を一年で一番好きになる麗だった。  大きな箱はホワイトチョコだったと、詩歌から箱の中身を見せて もらって知った杏子は、嬉しそうにその中から一つ取り出して口に 入れた。  これだから、ホワイトデーは嫌いになれないよね?  チョコを一つ取られた詩歌も、笑顔でチョコを口にした。  番外編3 「ホワイトデー」の弓道部 終わり