番外編2.5 お正月からごちゃごちゃ 1.圭太と4匹の大怪獣 「けいた、あーそぼっ!」 「けいた、あーしょぼっ!」  光に対して弟の青葉は、まだ発音がしっかりしていないらしい。 「新年早々勘弁してくれよなっ! それに、今日は初詣に行くんだ から、だーめ!」  自分の部屋で支度をしていた圭太はきっぱり断った。 「あそんでよ、けいた!」 「けいたけいた!!」 「駄目だったら駄目だったらだーめっ!!」 「うわーっ! おかーちゃーん!」  二人して一階へと降りていく。  間髪入れずに彼らの母親が圭太の部屋の前に現れた。 「あんたねえっ! こうして新年早々挨拶にきてあげたってのに、 お年玉の一つもあげないで泣かすことしかできないのっ!?」 「なんだよ、昨日の昼までうちにいたくせに… それに、お年玉な んていらないだろ? そんなチビにお金なんてやるこたあ…」 「よく言うわね? あんたが光くらいのときは、ちゃんとあたしは お年玉あげたわよ? そうよね、こだま?」  わざわざ隣の部屋に大声で問いかける望。 「望姉ちゃんの言うとおり。あたしもあげたしもらったし」 「ああっ? こだま姉ちゃんまで言うのか? 自分はどうなんだよ、 自分は!?」 「あたしはもうあげたもんね、500円ずつ」 「ひでえっ! ぬけがけかよ!?」 「ひどいのはあんたよ! 夏休みあれだけバイトしてたくせに!  うちの子達には、たかが500円でもあげられないっての?」 「あげたら? あの二人へのお年玉くらい安いもんじゃない? あ、 あたしの子供の時もよろしくね?」  わざわざ自分の部屋から顔を出してまで弟に提案するこだま。  二人とも、鬼だ…  圭太は心の奥深く、そのさらに奥深くでしかそう叫べなかった。  結局、部屋の前にいる二人に、500円ずつ払うことになった。  部屋を出る圭太。  思わず吹き出しそうになる姉二人。 「それにしてもあんた、相変わらずよく似合うわ、やっぱ」 「そうねえ。どうせ着付けはお母ちゃんだけどね?」 「今年は自分でやってみたんだよっ! 弓道着と似たようなもんさ!」 「けーいーたっ!」 「あっ? じゅんが呼んでる! じゃ、後で!」  白々しくその場を去り、玄関から外へ出た圭太を待っていたのは、 詩歌の爆笑と麗・杏子の含み笑いだった。 「な? 言っただろ? こいつ毎年こうなんだって!」 「何だよ? そんなにおかしいか? この羽織袴、親父の大事な袴 なんだぜ!?」 2.揺れる詩歌の恋心  今日は元旦。  弓道部の連中は、みんなで風見鶏神社へ初詣に出かけることにし ていた。  その道中、圭太はふとこんなことを口にした。 「久司君と行くはずじゃなかったのかよ?」  もちろん、詩歌に対してである。  マフラーに大きめの青いパーカー。中は白いセーターとジーンズ。 靴にいたっては単なる青のスニーカー。  彼女自身としては、スケートにでも行こうかという風貌である。  羽織袴の圭太とは大違いの、ごく普通の格好だった。 「ちょっと、ね」  パーカーに突っ込んだ両手を前後にばたばたさせながら、詩歌は そうつぶやいた。 「だけどさ、こういうのは、そういうやつと行った方が…」 「連絡、つかないの」 「そ、そうか」  しばらく沈黙してからだったのがまずかったのか。 「ま、そういうこともあるのかな?」  という言葉に、詩歌は反発した。 「そういうことってどういうことっ!?」 「あ、いや、その、あはは…」  言葉につまる圭太。  そういう時には真っ先に食ってかかる詩歌も、何故か今日は元気 がない。 「…聞かないの?」 「えっ?」  横に並んだ詩歌は、うつむき加減の姿勢で圭太につぶやく。 「そういうことってどういうことか、聞かないの?」  圭太は先程の詩歌と同じように羽織をばたばたとさせて答えた。 「まあ、な」 「どうして? わかってるから?」  しょげた詩歌は見たくない。  喘息の見舞い以来、圭太はずっとずっとそう思っていた。  その想いが、詩歌の問いかけに対して明るく答えさせる。 「そんなこと、聞く必要がないからさ。それより、もうすぐ試合だ な? 楽しみだよなあ?」 「何言ってんの? そんなのまだ一ヶ月以上も先の事じゃない?」  馬鹿にしてみせるが、自分にそうさせる圭太に、感謝以上のもの を感じ始めていた詩歌だった。 「あれ? そうだっけ? そうだよなあ?」  やっぱ頼れるよ、圭太は!  素直に言えばいいものを、やはり詩歌らしく言い切った。 「ばか圭太!」 3.麗は今日だけご機嫌斜め?  風見鶏神社の境内は、たくさんの参拝客で賑わっていた。 「おーい、圭太? 今年は賽銭どれくらい入れるんだよ?」 「そうだなあ、今年は受験もねえし、五円入れときゃいいだろ?」 「ああっ、圭太! ひっどーい! 部活の繁栄とかそういうのは?」 「ねえ、杏子ちゃん、僕達はどうする?」 「私、もう少し、たくさん入れた方がいいと思うの」  騒ぐ圭太達は、人混みの中ようやく賽銭箱の近くにたどり着いた。 「それっ!」  勢いよく投げた圭太の五円玉は、大きな弧を描いて賽銭箱に吸い 込まれた。  次は潤一郎。十円玉はこれまた賽銭箱に飛び込む。 「あれっ? 圭太? 失敗しちゃった!」 「はあ?」  投げ方が悪かったらしく、詩歌の投げた百円玉はおじさんの頭に 当たり、どこか違う方へ跳ねていった。 「ばーか。どこ狙ってんだよ? 貸してみろよ、代わりに入れてや るから」 「うるさいなあ! あたしは自分で入れるんだからねっ!」  馬鹿と言われてむきになったか、それとも単なる照れかくしか、 詩歌はもう一度百円玉を投げた。  麗と杏子は賽銭箱の手前まで進み、二人仲良く賽銭を入れるらし い。 「先行ってるからな?」  賽銭投入済みの圭太達は、人混みを逃れてフランクフルトの屋台 の前で立っていた。  待つ事10分。 「遅いな? 麗ちゃん、人ごみにまみれてもみくちゃになってんじゃ ないだろうな?」 「そんなことないよ? もう身長は圭太と同じくらいだもん!」 「んなことねえよ!」 「むきになっても事実は事実だよ?」 「はえ? はわはひはああは?」  トウモロコシを頬張りながらの潤一郎の言葉は、既に作者の翻訳 の域を越えていた。  だが圭太と詩歌には言いたい事がわかるらしい。大したものだ。  潤一郎の目線を追うと、その先にはとんでもなく不機嫌な顔の麗 と、同じ様にしょんぼりした杏子の顔があった。 「あれ? どうしたんだよ、麗ちゃん?」  フランクフルトを既に食べ終えて余った棒を振り回していた圭太 が、驚いた様子で聞いた。 「な、何でもないよ」  ちょっとすねた風の麗。  圭太達が、こんな顔の麗を見たのは初めてだった。 「だけど何でもないってことないんじゃないのぉ?」 「あのね、しいちゃん…」  たまらず口を開いた杏子をそっと手で制止しながら、麗がつぶや いた。 「財布、落としちゃった…」 4.いつもそこに、笑顔の杏子 「はあ?」  トウモロコシを食べ終わった潤一郎を含めて、待っていた3人が 一斉に口を大きく開けた。  たかが財布に… と3人に思わせる程に、麗の落ち込み様は激し かったのだ。  だがお互い、いつまでもそうしてはいられない。 「そりゃ機嫌も悪くなるなあ。で、どの辺りで落としたかわかるか?」  圭太に促されて、麗は素直に答える。 「境内に入る前まではあったんだけど…」 「じゃあ、この神社の中か… 鳥居から賽銭箱までは一直線だった んだから、そんなに苦労はないな… 探そうか?」  圭太がポイッとフランクフルトの棒を放り投げると、その先には ちゃんと境内備え付けのごみ箱があるから不思議だ。  だが、そう言っておきながら、一歩目を踏み出そうとはしない。  不思議に思う詩歌だったが、すぐに理由がわかることになる。 「だけどよお、圭太? 取られてたり拾われてたりしたらどうする んだ?」  チャンス!  潤一郎の台詞に、大慌てで圭太が口を挟む。 「言い出しっぺ! お前がその辺の警備してる人に連絡な?」 「ああっ! 圭太、ひでえぞ!」  なるほど…  ずるい程の圭太のやり口に、詩歌は感心するやら呆れるやら。 「じゃあ、あたしと圭太は入口付近から探すね?」 「私は、麗君と、本堂の方から探してみるわ…」 「ちぇっ… ったく、しゃあねえなあ」  とんとん拍子に役割が決まるのは、彼らのチームワークの良さか らくるものに間違いない。  それほど彼らの友情は揺るぎないものになっていた。 「さ、探そうぜ!」  圭太の締めの一言で、それぞれは自分の役割を果たすための場所 へと散った。 「あった!」  麗が自分自身で財布を見つけたのは、それから10分程してから のことだった。 「よかったわね、麗君!」 「うん。本当によかったよ!? 自分で見つけられて…」 「えっ?」  ブルーのジーンズ生地の財布には、少々踏まれた跡があったが、 中身は無事なようだ。その証拠に… 「だってね、だって… ほら!」  麗はそっと財布を開いた。 「あっ!?」  小さく、だが思わず引きつったような声を上げる杏子。 「本当は、笑顔の杏子ちゃんと毎日会えると、必要ないんだけどね…」  しばらく黙りこんだ後、にっこり笑った杏子は一言、 「…うん!」 と言うと麗の手をひき、まだ財布を探している圭太達のところへと 走り出した。 おまけ:潤一郎と愉快な相棒 「何か嬉しそうだったなあ、あんず」 「そりゃあ、麗ちゃんの財布が見つかったからじゃねえか?」 「だけどよお圭太、そんなもんなのか? 俺にはいまいちわかんね えな?」 「お前もガキだなあ、じゅん… あんず、すごくけなげじゃないか」 「そうかあ? 何か違う事で喜んでたような気がするんだけどなあ」 「深読みし過ぎじゃないのか?」 「じゃあよお、例えば詩歌の財布が見つかったら、お前あれくらい 喜ぶか?」 「な、な、なんだよっ!?」 「あ、例えが悪かったか? じゃあ、紅葉先輩の財布じゃどうだ?」 「だ、だ、だからあっ!?」 「そうだろ? あんなに喜ばないと思うんだよなあ、俺。そうか! 何かおごってもらう約束でもついてたとか?」 「…お前なあ、発想がめちゃくちゃ貧困だぞ? だから、そういう 問題じゃなくてさあ…」 「あ、圭太、お前冬休みの宿題やってるか?」 「何だよ、唐突に… やってるわけないだろ?」 「そりゃそうだ! お前に聞いたのが間違いだったよな?」 「そういやあ、中学の時には書き初めがあったっけ? 高校じゃあ、 あの宿題が無くなってほっとしてるよ」 「そうだよなあ。圭太、とんでもなく汚ねえ字だからなあ」 「るせえ。それよりもお前、縄跳びの宿題の時に俺に勝負を挑んで きたよな? あの時さあ…」 「もういいじゃねえか、あの時のことはっ!」 「いやいや、潤一郎君。あれは面白かったよ、うんうん。後ろ三重 飛びだっけ? 何回チャレンジしたっけな?」 「しつこいやつだなあ! そんなこたあどうでもいいじゃねえか! あ、そういやあ圭太、お前防火週間の時の図画の宿題の時の絵って、 すっげえ下手くそだったんだよな、確か! クラスの笑い者だった んじゃなかったっけ?」 「お前なあ! こんな時にそんなこと言うか!? じゃあ、じゅん は自信あったのかよ?」 「俺はお前よりは絵心があるぜ? 絵心といやあ、弓道部部員勧誘 のポスターって、誰が書くんだ?」 「じゅん、お前何の心配してんだよ? 勧誘の事なんて4月に入っ てから心配すりゃいいだろ? 当面は2月の試合の事で手一杯だよ!」 「それもそうか。でも、今度の試合はこの前の様にはいかないぜ!」 「まさか、3位入賞とか狙ってんじゃないだろうな?」 「それくらい狙わないで、何の公式戦だっつーの? ま、俺は優勝 しか眼中にないけどよお?」 「恐いもの知らずというか、心臓が丈夫というか… まったくさ、 相棒ながら呆れるよ」 「あのなあ… ひとを街で見つけた奇人変人みたいに言うなっての!」 「何だよじゅん、その『街で見つけた』ってのは?」 「別に深い意味はねえけどよお、それくらい貴重な存在なのかなっ て思うと、俺もきちんとしなきゃなってな」 「何をきちんとするんだよ、何を…」  以上、帰り道の潤一郎と圭太の会話から。  何とも実りのない会話だが、やはり悪友とは、いいものである。  番外編2.5 お正月からごちゃごちゃ 終わり