新入部員は16人! 「おーし! ばっちり決まってるぜ! 馬子にも衣装ってやつだな?」 「あのなあ、じゅん… ばっちりもくそもねえよ。いつもの弓道着 と袴じゃねえか?」 「いやいや、君のその気迫に、お兄さんもうメロメロ!」 「何だよ、そりゃ」  春うらら、桜舞いし折り…  ここは県立風見鶏高校体育館ステージ裏。  ごちゃごちゃと話し合ってるのは風見鶏高校弓道部員。 「ったく、しゃあねえなあ、お前ってやつは。誉めてんだぞ?」  少々リーゼントっぽいパーマ頭が目につく男は矢作潤一郎。 「そうは思えないぜ?」  茶化す相棒を白い目で見つめる袴姿の男の方は的場圭太。  確かに弓道部員なのだから袴であることに間違いはないのだが…  ただいま9時20分。  1時限目の授業がとっくに始まっている時間である。  試合前でもなければ試合中でも試合後でもない。  ただの、普通の、ごくありふれた水曜日。  第一、体育館ステージ裏は彼らの活動には何の関りも無い場所で ある。  と、その時、突然体育館の中で拍手が沸き起こった。 「あらら、もうかよ?」 「別にお前が緊張するこたあねえだろ? 喋るのは俺なんだから」 「ほらほら、じゅん君も圭太もごちゃごちゃ言ってないで!」  二人の会話に割って入ったのは、同じく袴姿の道上詩歌。 「そうだよ、二人とも。もうすぐだから、じゅん君そろそろ…」  詩歌の台詞の後を追って、潤一郎に催促したのは真弓麗。 「わーってるよ、麗ちゃん。そうごちゃごちゃ言わんでも… ん? どしたの、あんず?」  部員達の一番後ろで、ガタガタ震えているのは安土杏子。 「あ、あの、私、こういうの…」 「苦手だって言いたいんだろ? わかる、わかる。ったく、圭太が 一人でやりゃあいいものをよお…」 「んだと? ちょっとでも早く、1年生の女の子の顔が見たいって 言ったのはお前じゃねえか!」 「ああもう、ごちゃごちゃ言ってんじゃないの!」 「もしかして、僕達の声、結構大きいかも…」 「あの、やっぱり…」 「次は、弓道部です。どうぞ!」  場内アナウンスの声と共に、5人は一斉に押し黙ってしまった。 「何か凄かったよなあ? あの弓道部って!」  ぞろぞろと体育館から出て来る生徒達。  皆、スラックスやスカートの折り目がまだパリッとしている。  きょろきょろしながら歩いている男の子、まだお喋り相手が見つ からずに口元がうずうずしている女の子…  彼らは新入生。  昨日入学式を終えたばかりである。  今日は、オリエンテーションの一環、部活紹介が1時限目に設定 されていた。 「いやあ、俺、化学部の『パルナス』の方が…」 「それだったらバスケ部伝統らしい『11PM』がすげえよ!」  見た者以外には全くわからない内容である。  とにかく、この部活紹介の時間は、毎年各部の代表が趣向を凝ら した出し物、もとい、部活紹介を行なう。  そのエンターテインメントぶりには定評があり、これまた毎年、 上級生達が授業をサボって体育館に覗きにくる始末。 「ねえねえ、弓道部って、かわいい先輩いたよね?」 「そうそう! 何かいいじゃん?」  どうやら真弓麗のことを言っているらしい。  やっぱり彼は、女の子の間で人気が高い。  その他、 「結構楽しそうな部活だね?」 「去年出来たばっかりだって言ってたよな?」 「面白そうじゃん? 行ってみようよ?」 等々、こうしてみると、弓道部の紹介は概ね好評だったようである。  どうせ、知る人ぞ知る、圭太の独壇場だったのだろうが。 「来るかなあ…?」 「来るんじゃねえのか? 多分だけどよぉ」 「来るよ? 何たって麗ちゃんがいるんだから」 「来るって言っても、そういうのはちょっと違うような…」 「来るのかしら、本当に…」  圭太も潤一郎も詩歌も麗も杏子も、皆一様に心配していた。  当然、新入部員のことである。  放課後、練習しながら5人とも何やらぶつくさ言っている。 「去年もこんなのだったんだろうなあ、他の部は。入りまーす!」  矢を4本打ち終わり、あづちへ矢取りに行く圭太。  こういうルールに決めたのは彼ら自身。  もちろん、お手本もあった。だが、それを調べたのは自分達だし、 南高からのアドバイスも、みんなで必死に作り上げてきた部活への 想いが、南高弓道部の部長である高岡と桜田を動かしたのも事実。  そう、一年足らずで、しかも手作りでここまで来たという自信が、 少なからず彼らにはある。あっという間の一年だった。  だからこそ、未体験の「新入部員募集」に多少の戸惑いと大きな 希望が、想像以上に彼らの心の中に同居している。 「そうだっけ? あたし、部活に興味なかったからわかんないや」  わざわざ、あづちで矢取りを行う男子部長・圭太に、女子部長・ 詩歌が言い返す。 「俺も。あ、軽音に声かけられたっけ?」  軽音楽部にほんの少しだけ在籍していた潤一郎は、誘われた理由 が入学式直後からずっとリーゼントだったというくだらないものだ ということを知らない。 「あ、そういやあ…」  潤一郎は芋づる式に思い出してしまったらしい。 「去年の今頃っつったら、圭太が紅葉先輩にお熱だった頃じゃねえ のか?」 「そう言えばそうだ! うん、そうそう!」  こういう話には、相変わらず詩歌が喜んで飛びつく。 「香織から聞いた時、ほんとに笑えたもん!」  みんなの矢を持ったまま慌てて射場へ走って帰ってくる圭太。 「ありゃあゴールデンウィークの話じゃねえか!」 「ちゃうちゃう! 入学式のインタビューからだったんでしょう、 確か…?」  詩歌の目が虚ろに笑っている。危ない色を帯びた瞳が、圭太には 空恐ろしいものに見えた。 「も、もういいじゃねえかよ?」 「あれ? 圭太って、もしかしてまだ未練あるの?」 「い、いや、そういうわけじゃ…」 「ああっ! 顔が赤いっ!? こりゃ図星かな?」 「違うって! 今は…」 「今は、何かな?」 「もーっ!! 知るかっての!」 「何か楽しそうじゃん?」 「ほんと、練習してるように見えないなあ…」 「えっ?」  5人が後ろを振り向くと、そこには見物人の山。  彼らの想像を遥かに超える人数に、ただ驚くばかり。 「何だこりゃ?」  まだみんなの矢を持ったままの圭太は、ただ数に圧倒されている。 「うおーっ! 可愛い娘が多いなあ! あの娘、あ、あっちも…」  いかにも潤一郎らしい感想。 「女子ばっか。麗ちゃん目当てか。男の子はいないの?」  こっちも詩歌らしい感想。 「すごいね? ほんとにすごいよね?」  感動に胸を熱くする麗。 「あの、あの…」  人の多さに圧倒され、恐怖感が募る杏子。  無理もない。  「後輩」という存在を実感したことがあるのは、中学時代野球部 在籍の経験を持つ圭太くらいのものだ。  その圭太が驚くくらいの人数。ざっと30人は越している。  しかもその内8割以上は女子ときたから、潤一郎のはしゃぎぶり もわかる。 「ほれ、麗ちゃん、挨拶挨拶」  圭太がけしかけた。 「でも、部長の圭太君が…」 「俺は部活紹介でもう顔は売ったよ。今度は麗ちゃんの番さ」  たじたじの麗、とりあえず前に出る。 「あ、あの、真弓、麗、です」 「きゃーっ!」 「かわいいっ!!」  黄色い声援が飛ぶ。  真弓麗は、遠くから見ると女の子と間違われる程かわいい。  それに、去年の今頃は5人の中で一番背が低かった。  下手をすると、小学生高学年の女の子の方が男っぽいかと思える ほど、彼はかわいい。  最近は運動量の増加もあってか、身長は詩歌・圭太を抜いたが、 それでもかわいらしさは変わっていない。 「一つ、言っておきたいんだけど、いい?」  何か、思うところがあるらしい。  麗は背筋を伸ばし、自分の姿を凛とした態度に変えた。 「何だか面白そうだとか、楽そうだとか、軽い気持ちで見学に来て くれるのも、悪くないんだけど、これでも僕達、遊びじゃないんだ。 だから、続けられそうかどうか、良く考えて下さい」  新入生達は唖然としていた。  「入れ入れ」の一点張りで、入部届を配りまくるのが普通だが、 麗の態度は明らかに反対の意見だった。 「君達はどう思ってるかわからないけど、ほんとは僕、後輩なんて 指導できる立場じゃないんだ。それに僕の勝手な考えだけど、5人 だけでもいいと思ってるから、やる気のない人達は見学だけにして 下さい。見てるだけなら、別に僕達構わないから」  !?  他の4人も、正直言って驚いた。  だが、新入生とは違い、話の中身には何の驚きもなく同意した。  麗がこんなにもはっきりと、しかも強い調子で話したことに、で ある。  気持ちが通じ合うのは心地よさすら感じるが、今はそのことを口 にする場所・場面ではない。 「ま、まあ、そういうことだから、入る前によく考えて、さ。でも、 辞めるのは自由だし、そうんな堅苦しく考えなくてもいいよ?」  さすがは部長、といったところか。  慌てて説明をつけ加える圭太。  他の三人も、ほっと胸をなでおろした。 「ごめんね、圭太君。あんなこと言っちゃって…」  校門前の駄菓子屋。  いつもの光景だった。 「別に、いいんじゃねえの? あれくらい言っといてさ。それに」 「よかったじゃない、麗君。ファンが増えたみたいで。おばちゃん、 いつもの飴、ある?」  圭太の言葉に割り込んだのは… 「も、紅葉先輩っ!」  いつも最初に声を掛けるのは潤一郎だった。 「あら、潤一郎君も、元気にしてた?」 「最近見ませんね? 新聞部はどうしてるんです?」 「もう受験勉強に切り替えたわ」  あの時弓道部創部の力になったのも新聞部のためだったという、 元新聞部部長。このあたりの振舞い方はさすがにしたたかだ。 「じゃあね。予備校があるから」  そそくさと帰る紅葉。呆然と見守る5人。 「ふえぇ… 忙しいんだなあ」  まるで他人事の様につぶやく潤一郎。だが、 「あたし達も、来年はあーいう風になるのかな?」  詩歌の一言が、みんなの気分を多少憂鬱にさせた。  一年間という時間の長さは、5人ともよく知っている。  風見鶏高校の部活動・同好会活動規則では、入部者受付準備期間 というものがあり、入学式の次の日から一週間は、自由に入部願を 提出・返却請求ができる。  つまり、この期間は自由に、色々な部活・同好会を体験すること ができる。なかなかよく考えられている。  ちなみに、彼ら5人の中でまともにこの期間を利用したものは、 野球部を覗く目的での圭太と、軽音楽部に首を突っ込んだ潤一郎の 二人だけである。  さて、この制度のせいで、ひどい目に遭う者がいる。  それが毎年、部に大抵一人か二人はいるのだから、たまったもの ではない。  どういう「ひどい目」かというと… それはまた後で。  部室の中では、何やら詩歌が忙しそうにしている。  そこへ、圭太と杏子が入ってきた。  麗は女の子達に取り囲まれ、潤一郎はその取り巻きの女の子達を 言わば品定めしている状態である。 「女子はどうだったんだよ、詩歌?」 「とりあえず5人もだよ? 明日からぐっと減るとしても、最後は 全部で10人くらいになっちゃうかなあ?」  入部届を顧問に届ける際に、関係資料をいっしょに提出する必要 があり、その書類整理に追われているが、顔は嬉しそうだ。 「ふーん。それに比べて男子ときたらよぉ…」  圭太は手にしていた入部届を詩歌達に見せる 「…はあ? たったの1枚?」  眉間にしわを寄せて驚く詩歌。 「あの、それだけ…?」 「そう、これだけ」  杏子の呆れたような問いかけに、圭太も力なく答えた。 「あーあ、もちっとあんずが、麗ちゃん見習って色仕掛けでもして くれりゃあなあ…」 「そ、そんな…」 「ひっどーい! じゅん君みたいな事言って! こら、圭太ぁ!  ちゃんとあんちゃんに謝りなよ!」 「あ、わりいわりい。悪気はなかったって、言っても、駄目か?」 「…圭太君が、部員を増やしたい気持ち、わかるから…」 「ほんと、ごめん。だけど、初日に一枚じゃなあ…」 「ふーん、でもいいじゃん? 書類整理が楽そうで。それより圭太、 さっさと出てよ?」 「わりいわりい」  彼ら弓道部は男女共、同じ一つの部室を利用している。  つまり、女子が着替える時は男子が追い出される。  当然、逆の場合もあるが。  外で待っているのは結構暇である。  部室のドアの前に座り、手にしたままだった入部届に目を通す。 「えーっと、何なに…? 喜久麿? 変わった名前だなあ?」 「ふーん、そんな名前の子がいるの? 確かに変わってるね?」 「あのなあ… いちいち他人の言葉に相づち打ってないでさっさと 着替えろっての!」  待つこと10分。 「おっまたせーっ!」 「ごめんなさい、圭太君…」  女の子の身仕度にしては早い方である。  少なくとも、作者は身にしみている。部室の前で待つ事の辛さを。  制服に着替えた詩歌と杏子が部室から出てきたところで、やっと 潤一郎達が射場から引き上げてきた。 「いやーっ! 新入生はレベルが高くてよお? 俺なんかもうメロ メロ! やけに麗ちゃんにしつこくつきまとう女の子が一人いて、 まわりの女の子達が怒ってたりしたけどよぉ、ま、いっか! 圭太、 さっさと駄菓子屋に行こうぜ! あ、着替えるのが先か?」  何がメロメロだか。  当然その理由を圭太は、いや、ここにいるみんなが気付いている のだが、心に留めておくのが友情というものらしい。  そんな中… 「私… 帰ります…」 「あれ? あんず、帰っちゃうの?」 「うん…」 「あ、そう… じゃあな」  圭太の別れの挨拶を聞いたのか聞いていなかったのか。  杏子は、春のそよ風のように彼らの前を通り過ぎていった。  ちと爽やか過ぎるかな?  でもって、そのすぐ後。 「おい、麗ちゃん、今日はあんずと一緒に帰ってやれよ? まだ駅 で電車待ってるぜ、多分」 「えっ?」  麗はきょとんとした顔で潤一郎を見た。  彼らの御用達、校門前のいつもの駄菓子屋である。 「だってそうだろ? きっと…」 「あんちゃん、やきもちやいてるんだよ?」  詩歌に肝心の部分を言われてしまい、潤一郎は少々悔しそうだ。 「そ、そんな、こと…」  麗は慌てて否定しようとするが、さらに詩歌が追い打ちをかける。 「あると思うよ? だって、あれだけ女の子に囲まれてりゃあね」 「で、でも…」  麗は口をつぐむ。 「そういやあ、麗ちゃんってさあ…」  とどめは、意外にも圭太だった。 「あんずに『好き』って言ったことあんの?」  麗の口は、いや、彼の身体全体が完全に凝り固まってしまった。 「そうそう。俺もそんな話聞いたことねえなあ?」 「あたしも。ねえねえ、どうなのどうなの?」  まだ硬直したままの麗。手にしたアイスクリームの状態が怪しい。  どうなのかは、今までの話を読んでくれた読者様のみが知ること。  知らない読者様は残念でした。そのうちわかるかもしれないけど。  溶けたアイスクリームが手の甲に落ちるまでの間、麗はただ茫然 としているだけだった。  慌ててアイスクリームをティッシュで拭き取った後ようやく出た 言葉は… 「あ、あの、僕、杏子ちゃんを追いかけるよ!」 「そうそう、人間素直が一番… だろ?」 「ま、まあな…」  引きつった笑顔で爽やかな台詞を堂々と言ってのける潤一郎に、 悪友の気持ちが読めた圭太は相づちを打つのがやっとだった。  早速次の日から、一年生の練習が始まった。  と言っても、男子新入部員はたったの一人。  後輩一人に三人の先輩が一度に指導するというのもあまり格好の よいものではない。  どうせなら、まだ練習に来なくてもいいのに…  正式入部ではない、ということからも、こんな風に考えてしまう 圭太だった。 「しょうがねえから、圭太、練習メニュー考えとけよ? 行こう、 麗ちゃん」 「ちょ、ちょっと待てよ、じゅん!? 麗ちゃんまで!?」 「あっ、じゅん君、あの、あれ…」  麗の手を引いて、潤一郎はさっさと自分達の練習に向かった。  というより、麗という餌で一年生女子を釣る潤一郎の策略がみえ みえである。  残された圭太。部室前。昨日会ったばかりの一年生と二人きり。  自分だけトレーニングウェアに着替えていたためか、ちょっと気 まずい。 「…さて」  じーっと見つめられても困るので、とりあえず、着替える場所を 指定しようとして圭太は、はたと何かに気付き、言葉を詰まらせた。 「あれ? どこで着替えさせればいいんだ?」  そう。  圭太達は、そんなところまで頭が回らなかったのである。 「なあ、詩歌。女子はどうしてる? 部室使うのか?」  部室の中に声をかけると、ちゃんと返事が帰ってきた。 「ううん、前にあたし達が使ってた女子更衣室を使ってるんだよ?」  いいよな、そーゆーあてがあると。  圭太は、自分達の少し前を思い出すと、新入部員が部室なんかで いいわきゃねえなあと思ってしまう。 「しょうがねえから、体育館の裏で着替えててくれよ?」  今はとりあえずそういう事にしておいて、そのうちきちんとした 場所を提供することに決めた。 「はいはい、”しょうがねえから”そうするんですよねぇ…?」  かなり嫌味な台詞と共に、喜久麿は体育館裏へ姿を消した。  そんな目で見ないでくれよ…  俺達だってずっとそこで着替えてたんだからさぁ…  練習終了後。またも駄菓子屋。  今日も麗と杏子が先に帰っていくところなんか、昨日と何が違う のだろう?  彼らの行動パターンのバリエーションの少なさに助けられるのは、 何も作者ばかりではない。 「おばちゃんいつもの… あれ? 今日は3人? ふーん… 麗君 に一番に話したかったんだけどなあ?」 「も、紅葉先輩! 今日は違うカバン持ってるんすね?」  紅葉が駄菓子屋に入ってきたのだ。  これまたいつもの飴を買う。 「ああ、これ? 前のカバン、取っ手が壊れちゃってね…」  学生用皮カバンの取っ手、そんなにやわなものなんだろうか?  などと考えることは、潤一郎の行動パターンにはない。  話を逸らされたため忘れていた言葉を思い出す。 「あ、そうそう。これからもよろしくね?」 「は?」  弓道部員一同目を丸くする。 「あれ? みんな、気付いて、ない?」 「何が、ですか?」  詩歌が若干いかがわしい目で上級生を見据える。 「あら、そうなの? ふーん。じゃあ、麗君によろしくね?」  真新しいスポーツバッグをよっこいしょっと背負うと、みんなに 文科系特有の笑顔を振りまいて、さっさと駄菓子屋を後にする。 「どういうこと…?」  この一週間というものは… 「あたしさぁ… 思うんだけどぉ… 一週間ってぇ… 長いねぇ…?」 「大変そうだな、ほんとに」  要するに、どこの部でも一人や二人はいる「ひどい目」に遭って いるのがこの詩歌と圭太だった。比較的暇な圭太よりも、特に詩歌 の方が滅法きつい作業の連続だったのである。御愁傷様。  その、詩歌が待ちに待った準備期間最終日。  練習前の部室で、圭太と詩歌が仲良く書類整理をしていた。  本当は、詩歌の分を圭太が手伝うというのが正しかった。 「なあ詩歌、女子の新入部員って、結局何人になったんだ? この 書類が2枚だろ?」 「それがさぁ…」  相当疲れきった表情の詩歌。 「今のところ、12人にもなっちゃったんだよね。もう絶対増えて 欲しくないよ、ほんと…」  時折眼鏡を外して疲れ目を休めながらの言葉には、どこか恨みに もにた感情が見え隠れする。 「ところで、圭太。男子の方は?」  これまたしかめっ面の圭太。 「どうもこうもねえよ。まだ3人」 「ったく、しゃあねえなあ」  お決まりの口癖と共に、潤一郎が部室に顔を出した。 「男なんてどうだっていいじゃねえかよぉ」 「気楽でいいな、じゅん」 「そ。俺は気楽なんだよ」  何を言ってもだめ、という状態である。  その気楽さを打ち壊す程の大きな音が二つ。  バターン! 「すみませーん!!」 「…そんな大声出さなくても聞こえるって」  圭太の嫌みにもめげず、声の主は潤一郎を上回る程気楽な口調で 叫ぶ。 「あのぉ、出し忘れてたんですけど、これ!」 「は?」  詩歌に手渡されたのは、くしゃくしゃの入部届。 「あはっ! 出しちゃった! 麗ちゃんせんぱーい!! 今日から 一緒に練習ですねー! あたしかんげきーっ!!」  部室奥の麗に手を振ると、着替えのために女子更衣室へと走って いく。 「あの子、どっかで見たことあるような顔だなあ…」  意外や意外、女の子の話題に対して圭太が先頭を切って発言した。 「ああ、あの子か? ずーっと練習見に来てるぜ? って言うか、 一緒に練習してるようなもんだったけど… なあ、麗ちゃん?」 「うん。じゅん君の言う通りだよ?」 「私も… 知ってます…」  やけに力のこもった口調で話す杏子。やきもちの原因なのだから、 当然といえば当然。 「いや、そうじゃなくてさあ… うーんと…」 「あっ!!」 「何だよ詩歌、急に大声出してよぉ…」 「でもじゅん君、みんなも、これ見て!」  さっきのくしゃくしゃの入部届の名前欄を見て、みなびっくり。 「栗原、菫ぇ!?」  この時、圭太も自分の考えに納得した。 「あの娘今頃入部届を出したの? どうせ忘れてたんだと思うけど… ほんとそそっかしいんだから。それでみんな私の話に無反応だった のね? 菫って、私の作った校内新聞の写真見てから、ずっと麗君 のファンなの。だから麗君、これから妹のこと、よろしくね?」  つくづく火種を落としていく人だなあ…  スポーツバッグのせいか、他に理由があるのか、にっこり笑って 駄菓子屋を去る紅葉の背中は、圭太達には余計な程大きく見えた。  とにもかくにも、県立風見鶏高校弓道部の部員数は、2年5人、 1年16人の計21人に、「一応」確定した。