夏の終わりの初体験  8月も下旬になると、ほとんどの学生・生徒にはある気持ちが思 い起こされる。  終わる。夏休みが終わる。  始まりがあれば当然終わりもある。わかってはいるのだが、休み が終わるというのは誰だっていい気分と悪い気分の両方を持つ。  このややこしい時期に…  詩歌にとって、「ひと夏の思い出」というには申し分ない出来事 がおこる。  何しろ、「初体験」なのだから。  落ち着け…  落ち着け、詩歌…  恐くない。恐くないからね…  高ぶる気持ち、不安と期待とが入り乱れて、ふらふらになる。  大丈夫だってば!  うん。思い切って… えいっ! 「やった!」  そばにいたみんなが叫んだ! 「あははっ! やったね!」 「感想を一言!」  圭太に促され、上機嫌の詩歌。 「気持ちよかったよ! ちょっと痛かったけどね?」  右の頬を手で押さえながら、涙混じりに喜ぶ詩歌だった。  もちろん、初体験は詩歌だけではない。  圭太も潤一郎も、そして麗もだった。  夏の終わりの初体験。  ここはいつもの体育館裏。一応彼らの弓道場である。  ちょっとずれて土手になっている場所で、彼らは初めて、そう、 生まれて初めて矢を放った。  実は、杏子にしてみればまだ時期尚早かとも思われた。  だがこの弓道同好会は厳しいものではなく、むしろ少々いい加減 であっても楽しいものにしなければならないという圭太の考えに、 同好会創立当初からずっと賛成していた。  それがこの、ちょっと早めの初体験だった。  圭太も潤一郎も、そして怖がるかと思われていた麗でさえ、意外 と簡単に矢を放つ事が出来た。  だが、詩歌だけはちょっと違った。  こ、怖い…  何度も何度も引いてはやめ、引いてはやめの、長い長い20分の 後、ちょっと遅ればせながらの、詩歌の初体験。  弦が当たり赤く腫れた右頬も、彼女にとっては嬉しい痛みだった。