アルバイト大作戦!〜麗の場合  昼下がり。  うだるような熱さが、アスファルトの上を行く女子高生達を襲う。 「今日も練習きつかったね。マンツーマンで高井先輩、どうしても 抜けないんだもん」 「ねえねえ、ここのアイスティー、美味しいんだって!」 「ほんと、ノッコ? でも、あたし今日お金持ってないんだよね」 「じゃあ、今日だけはあたしの驕りだよ?」 「随分熱心じゃない? そんなに美味しいの?」 「ふふん。美味しいのはアイスティーだけじゃないんだな、これが」  喫茶「ねこじゃらし」。  アンティークな雰囲気のドアを押すと、カランコロンとドアベル の音が心地よい。 「ふうん、こんなお店があったんだ。で、ノッコのお目当ては?」  窓際の席に座りながらの相棒の言葉に、腰を下ろしたノッコが、 右手と共に答える。 「ほら、見て見て、あの子! 美味しそうっしょ!?」 「どこ? ねえ、ノッコ、どこ?」 「ほら、あ・の・子!」  2人の見つめる先にいるのは、ウェイターの男の子。  案の定、客に向かって歩いてくる。 「いらっしゃいませ!」  明るい雰囲気が店の中一杯に広がる様な、爽やかな挨拶だった。 「御注文、お決まりですか?」  あくまで言葉遣いも丁寧である。 「あたし、アイスティー! レモンね」 「うーん、あたしやっぱり、クリームソーダかな」 「アイスティーとクリームソーダですね? かしこまりました」  さっとその場を去るそのお尻、いえいえ、後ろ姿を目で追い続け る2人。 「何しにきたの? アイスティーが美味しいって言ったっしょ?」 「まあまあ。でも、かわいいね、あの子。いくつくらいなのかな?」 「真弓麗君、15歳。県立風見鶏高校1年。成績優秀で、優しくて、 かわいくて、女の子にモテモテ。性格もいいらしいよ? ただ、彼 弓道同好会に入ってるらしいんだけど、それでもちょっと運動音痴 らしいのよね? でも、そこがまた可愛いんだわ、うん!」  聞いてもいないことをしゃべりまくるノッコに少々呆れながらも、 内心はなるほどその通りかもね、と妙に納得する。 「高一だったらあたしたちと同じじゃない? それにしては可愛い 顔だね、ほんと」 「うちのお父ちゃんも、いい加減朝っぱらから草野球に行くのやめ た方がいいのになあ… もう朝から騒がしくて騒がしくて…」 「ふうん。大変だねえ、あんたんとこ」 「でも、うち、お母ちゃん若いもん! いろいろ相談にのってくれ るしね? どっちかっていうとお姉ちゃんみたい」 「そりゃ結構でございましたわねえ。どうせうちのババアは齢47 を越えてるわよ…」 「あの、よろしいですか? アイスティーとクリームソーダです。 どうぞ」  申し訳なさそうに注文の品を持ってくる麗。  会話を中断したくないらしいのだが、どうもまだ馴れないようだ。 「あ、もうこんな時間!? ノッコ、ごめん。今日妹と約束あるん だ!」 「どうせお遊技の練習とか、そんなんでしょ?」 「あったりーっ! 大変なんよ、これでも」 「ほーんと、大変だわね、あゆみも」  作者のちょっとした読者サービスのために出て頂いた女子高生達 は、何だかよくわからない会話を交わしながら去っていった。 「ふう…」  変な女子高生が出て行った後、少し仕事に間があいたようだ。  カウンター備え付けの木製の椅子に腰掛ける。 「ねえねえ、麗君」  もう一人のバイト、相原香織が話しかけてきた。 「何、相原さん?」 「やっぱり麗君、この店の看板君だよ?」 「看板君って…?」 「看板娘の男版だね。女の子呼び込むには、看板君に限る! 昨日 働き始めたばっかりなのに、早速反響ありだもん!」  男版ってことは…  何やら真剣に考え込んだ後、一つ疑問を投げかける。 「君は看板娘じゃないの?」  ずばりそう言われて、はいそうですと言えるはずもないが、 「とりあえず、違うみたい」 と、苦い表情ながらも言葉を返すところは大したものである。  そんな彼女の事を、麗は良く知っている。  クラスメートなのだから、当然ともいえる。 「ねえ、相原さん? 今度は僕が質問していいかな?」 「ん? 何?」 「君、いつからここでバイトしてるの?」 「高校に入った時から」  麗は聞き間違えたと思い、じっと香織の顔を見るが、にっこりと 笑って返すだけの彼女の態度から、間違いではないことに気付く。 「入学した時から? ずっと!?」 「そう。えっ、何? あたし、何か変なこと言った?」 「ううん、そんなことないよ。だけど、先生に見つかっちゃったり しない?」  真顔で迫ってくる麗を、興味津々の目で見つめ返す香織。  やがて、パン! と強く背中を叩いてから… 「もう、根が真面目なんだから!」 と高笑い。 「見つかったって大丈夫、だいじょーぶ! あたしのお色気で先生 達もメロメロだよーん! 女の先生だったらもっと簡単。嘘ついて 泣きつけば、大抵はオッケーだもん!」 「すごいんだね、相原さんって!」  考えもしなかったことには、「すごい」を連発する麗だった。  そんな彼の癖にとりこまれ、彼女は思わず鼻高々。 「ふふん。ちょっとは見直したかなぁ!?」  好みの男の子に素直に感動されて、それなりに得意げの香織。  セミロングの髪をわざと両手で掻き上げてみたりもする。 「ま、そんな偉そうなこと言っても、本当は結構ビクビクしてるけ どね。そうそう、面白い話してあげようか?」  有頂天になると、「ねえねえ、あたし達だけの秘密だよ!?」と いう話を、あちこちにしてしまう香織は、やっぱり普通の女子高生 だった。 「何? 僕が聞いても面白い?」  最近、圭太や潤一郎の会話に何とかついていけるようになり、よ うやく一般の高校生の仲間入りをしようとしている麗は、こういう 不思議な聞き方をする。 「面白い面白い! だって的場君のことなんだから!」  的場君と言われて、一瞬首を傾げる麗。  名字などすっかり忘れてしまっていたのだ。 「ああ、圭太君のことだね?」 「そうそう。あの子さあ、ゴールデンウィークに失恋しちゃったん だなあ。知ってた?」 「そうなの!?」  確かに面白い。  いや、失恋したという事実をつかまえて、面白いとは失礼だが、 言い直せば麗にとっては相当興味深い話である。 「そうなの!! あ、やっぱり麗君知らなかったんだ! あのね…」  きっと、詩歌にも同じようにしゃべったのだろう。  詩歌に話す、これすなわちクラス中に知れ渡るということだと 思っていた香織だったが、知らない人間も当然いるのだ。  懇切丁寧にあの日の喫茶「ねこじゃらし」での出来事を報告する。  熱心に聞き入る麗。また圭太の新たな一面を垣間見る事が出来て、 嬉しさ一杯である。  その麗に迫って来られて、香織もドキドキするやらワクワクする やら、こちらも嬉しさ一杯である。 「よお! 麗ちゃん! 久しぶりっ!」 「元気でやってっか!?」  日が暮れる頃、客が現れた。  半ばチンピラ風に入ってくるのは、麗の良く知る人物である。 「もう、圭太君もじゅん君も、今朝の練習みんな出てたじゃない?」 「そうだっけ?」 「まあ、今日のバイトは都合で無くなっちまったし、いい客だろ?」  夏休みの練習は、比較的涼しい・午後から自由等の理由で、平日 の午前中のみとしていた。  相変わらず詩歌はランニングの途中で一休みし、圭太は正座の後 しばらくは声が出ない。  その他、弓道の基礎として、射法八節などを杏子から学んでいる が、その詳細は別の話で。 「でも、麗ちゃんがウェイターやるなんざ、思ってもみなかったけ どよお?」 「うん、ほんとにね。でも詩歌ちゃんがここ紹介してくれて良かっ たよ? アルバイトなんて初めてだったから、ちょっと不安だった んだ。知り合いがいて心強いよ?」  とか何とか言いながら、麗の目は圭太一人に向けられていた。 「ん? 何見てんだ、麗ちゃん?」  先程の香織の話が頭に焼き付いているせいか、無意識に圭太を見 つめていた麗は、慌てて首を横に振る。 「ううん、何でもないよ」 「何でもないときに人の目をじぃーっと見るような麗ちゃんじゃあ ないよな!?」  嘘をつくのが下手な麗だった。 「ぼ、僕、その…」 「まあ、別にいいけどさ、何でも相談してくれよ? 幾晩も共にし た仲じゃないか?」 「えーっ!? あんた達、そーゆー関係だったの?」  当然そばにいた香織が大声で騒ぎ立てる。 「気色悪ーい! いくら麗君が可愛いからって、あんた達ちょっと ひどいんじゃない!?」 「むちゃくちゃ言ってんなあ、おまえ」 「そうそう。圭太はどうか知らねえが、俺にゃあそっちの趣味はな いっての!」 「どういう意味だよ、それ!」 「そういう意味なら、お前の方がわかるだろ?」  小さく笑う麗。  本当にこの二人の掛け合いを楽しく見ている。  さらに何やら話している二人、圭太のこんな言葉が聞こえてきた。 「ばぁか! 俺は純情なだけなの!」 「そうだよ。さっきも…」  麗のミステイクは、かなり珍しい出来事である。 「ん? さっきも…?」  圭太の目が懐疑に染まる。 「あ、あの、あはは」  ごまかすのも下手な麗である。 「言わなきゃ、駄目?」  麗の態度が多少弱々しくなる。  ついでに高飛車香織の態度も、随分と弱々しくなる。 「駄目!!!」  圭太の強い言葉に押されるようにして、ついに麗は先程の話を張 本人に打ち明ける。 「あ、あの、圭太、君?」 「そうか… おぉまぁえぇかぁ!」  赤裸々な事実を軽々とあちこちにばらし続けた香織を、とんでも なく鋭い目で睨みつける。 「お前が詩歌に話したんだな? そうなんだな!?」 「や、やだなあ、もう… すんだことじゃない? ね?」  思いっきりかわいこぶりっこするが、逆上中の圭太には何の効果 もない。 「ああ、さっきのお客さん、お釣り忘れてんじゃなかったかなあ…」 「待て! よくも赤っ恥かかせてくれたな!」  店の外まで逃げる香織。血走った目で追う圭太。  これはこれで面白いと感じる麗だった。