アルバイト大作戦!〜圭太と潤一郎の場合 「眠てえよお…」  圭太の愚痴が、親友の耳を腐らせる。 「るせえなあ? やるって言い出したのはお前の方だろ?」  ごもっとも。ぐうの音も出ない。 「ったく。身入りもねえのに、やってられっかよ!」  と言っておきながら、長いパイプ管を数本肩に担ぐ姿は、やる気 充分である。  そこへ、大きなお叱りの声。 「こらあっ! 新入り! ちんたらちんたらやってんじゃねえ!」 「へーい…」  2人はばつの悪そうな顔をして、やはりちんたらと答えた。 「なあ、圭太? あのよお…」 「ん…」  あまり潤一郎の話を聞きたくはなかった。  こういう、ものの言い方をし始めたということは、あまり圭太に とって良い事を話そうとしているわけではないということだったか らだ。 「このバイト代、やっぱ半分位は…」 「駄目駄目。全部駄目。付き合うって言ったのは、お前だからな」  潤一郎と同じようにパイプを担ぎながら、圭太は冷たく突き放す。 「バイト代、ちょっとでも横取りしたら、お前がバイトしてるって こと、学校にばらすからなあ?」 「きったねえぞ! てめえ、それが幼馴染みの言うことかよ!?  第一、圭太、お前もバイトしてるってことばれるんじゃねえのか?」 「俺はいいんだよ。もうとっくの昔に学校から見放されてるから」  草木も眠る夜11時。  彼らは道路工事の現場にいた。  要するに、「アルバイト」である。  校則では、バイトは禁止されている。  だが、「たったの5000円」という実情からは、そうも言って はいられない。  あまり違反というのはしたくないのだが、せめて、既に謹慎処分 を受けている身の圭太自身と、こういうことには目ざとい潤一郎の 二人だけで、こっそりと活動資金を貯めようということに決めた。  出来るだけ、麗や詩歌、杏子の手を煩わせたくなかったし、3人 に○○違反という肩書きをつけたくなかった。  では、潤一郎位ならいいということなのだろうか?  もちろん、話を持ちかけられた時、潤一郎は全額活動費に充てる ということは知らなかった。  そんなこんなで、潤一郎の不満は、今最高潮に達した。 「てめえ! 練習でくたくたの俺を、さらにこんなとこでぼろぼろ にして、一体何が楽しいんだ!? えっ!? 言ってみろ!!」 「俺だって楽しくてやってるわけじゃねえよ! だけどしょうがな いだろ?」  親友がむきになって言い返してきても、潤一郎のテンション自体 は一向に下がる気配がない。 「馬鹿じゃねえのか? 楽しくねえならやるんじゃねえよ!」 「しょうがないって言ってんじゃねえか!」 「しゃあねえことねえだろ!!」 「だからよお、そこの新入り坊主! バイト代いらねえってのなら そこでくっちゃべっててもいいんだぜ! どうすんだ? えっ!?」  上司のありがたい指示で、二人は渋々パイプ管を再び運び始めた。 「しゃあねえなあ… ここはやっぱり、半分位はよお…」 「じゅん、まだ言うのか? もう諦めろよ、な?」  蒸し暑い夜、二人は汗だくになっていたが、まだまだ元気なもの である。 「だけどよお、圭太」 「何だよ?」 「俺達、このパイプ管運ぶだけなんだよな?」 「まあな」 「こんなので金もらえるんだったら、やっぱいいよな、バイトって?」 「言ってろよ…」  呆れた様子の圭太に、何を言っても無駄なのはわかってるから、 潤一郎もこれ以上はどうしようもない。  黙ってパイプ管を運ぶしかなくなった。  夜12時を回ると、どうしようもない眠気が二人を襲う。 「じゅん、起きてるか…?」 「起きてるぜ…? お前は…?」 「俺も、起きてるぜ…」  ”こんなので”と言っていた仕事も、ろくすっぽ出来ていない。  彼ら以外の作業員は5人。バイトは2人だけである。  その割には、こき使われているという様子でもない。  夜の作業だからといって、手を抜いているわけでもないのだが、 ある程度余裕を持った工期を見積もってあるらしく、全体的に穏や かな作業内容である。  それも今日で終わりらしいのだが。 「おーし、明日は別の現場に行ってもらうからな?」  作業員のうちの一人が、圭太と潤一郎に声をかけた。  一応面倒をみてもらっている、いわば直接の上司だ。 「別の現場って?」 「風見本町駅の前だったっけ?」  結構いい加減な話ぶりだが、それを聞いた2人にとっては、いい 加減では困るのだ。 「風見、ほんまちぃ!?」  2人は目を見合わせる。  しかも、かなり気まずそうに。 「大体、今頃どうしてあんなところで工事なんかやるっての?」 「そうだよなあ… 何も、わざわざ風見本町で」 「お前ら、目上の人間に対する口の聞き方をしらねえようだな?」  黙るしかない2人。  だが、やはり気まずい雰囲気は拭いきれない。  風見本町…  駅のすぐそばに広がる繁華街のある場所である。  彼らは幼い頃から駆け回っていた。今でも、ライブに行ったり、 カラオケに行ったりと、2人の娯楽の何分の一かはここにある。  ただそれだけならばいいのだが…  次の日、練習を終えた圭太と潤一郎は、とりあえず家に帰り私服 に着替える。  駅前で待ち合わせた2人だったが、今回は意外と潤一郎の方が早 く来ていた。 「何もよお。せっかくの夏休みに、気まずい思いをするってのは、 やだよなあ、やっぱ」  独り言をぶつぶつと口にする潤一郎。 「要は、見つからなきゃいいんだろ?」  わざわざ彼の背後から現れた圭太は、耳元にぼそりとつぶやいた。 「うっ、うわっ!! な、何だよ、お前…!?」 「おい、じゅん、普通そこまで…」  脅えるか? と、途中まで言いかけて、圭太は笑いだした。 「何だよ、じゅん! その格好!?」  背丈と、聞こえる程度の独り言の声色から、潤一郎と察した圭太 だったが、いざ振り向かれると、不思議と誰だかわからない。 「うっ、るせえ! しゃあねえだろ!? こうでもしなきゃやばい じゃんか!?」  幼馴染みのパーマ男は、サングラスに大きな細菌防止用マスク、 おまけに大きな麦藁帽子をかぶっていた。  一見して、あやしい。  どうみても、あやしい。  それでも、潤一郎はそんな格好で来たのだ。  普段は「バイト! バイト!」とうるさい男も、こういう時には 意外と度胸が座っていない。  対して、圭太は当然いつも通り。  完全防備の潤一郎とは違い、さして対策を練ってきた様には見え ない。 「大丈夫だって。見つからないようにやるさ」  逆に、自信たっぷりといった様子である。  夕方7時。作業開始まではまだ2時間近くあった。 「今日はすげえいでたちだなあ、坊主?」 「何だ何だ? 工事の反対運動でもやる気か!?」 「そりゃいいや! がははっ!」  作業員は皆潤一郎を見て笑う。  彼は必然性があってのことなので、そんな作業員達のからかいな どお構い無し。  逆に、圭太の方が恥ずかしい思いになる。 「おい、じゅん… やっぱやめろよ、そのかっこ?」 「馬鹿野郎! たとえお前が見つかっても、俺だけは逃げきってみ せるからな!」 「んなこと言ったって、お前の方が派手な格好なんだから、かえっ て目立つんじゃねえのか?」  むっとした顔つきの潤一郎だったが、圭太にはその表情が見えな い。  変装の効果適面といったところか。 「それよりさっき、見つからないようにやるって言ってたよな?」 「ああ? これこれ」  圭太がポケットから取り出したのは、つけ髭。 「はあ… お前だって俺のこと言えねえじゃねえかよ…」  せっかくの親友への期待感は脆くも崩れ去る。 「何言ってんだよ? さりげなく、だけど確実に素性を隠せるって なもんだ。な?」 「あーあ、いっつもお前の考えることはそうだ! ろくなもんじゃ ねえ!」 「お前だって俺の考えと五十歩百歩じゃねえか!」 「10分も正座出来ねえくせに、偉そうなこと言うんじゃねえ!」 「んだとぉ! じゃあ、ランニングで俺に追い付いてみろよ!?」  作業が開始されてしばらくが過ぎた。  現場が変わっても、やはりしていることは地中へ埋めるパイプ管 の内細いものの運搬である。  コンクリート製のものは当然人の力だけ運ぶことは出来ないため、 機械の力も借りるのだが。  時刻も午後11:00を過ぎ一息ついたところで、潤一郎は予期 していた場面に遭遇する。 「げっ! け、圭太! 圭太! ま、真正面!?」 「何だよ、じゅん… うわわっ!」  千鳥足も軽やかに、鼻歌混じりに現場に近づいてくるのは…  ジャクリーンという可愛い源氏名を持つ、弓道同好会の愛すべき 顧問、若林先生その人である。 「冗談じゃねえぞ!?」  潤一郎が、持っていたパイプを地面に丁寧においた後、勢い良く 圭太に飛びかかった。 「どーすんだよ、どーすんだっ! えっ!」  胸倉を掴まれても、圭太はポケットからつけ髭を取り出してにっ こり。 「とりあえず、つけるか?」 「馬鹿! んなもんばれるに決まってんじゃねえか!?」 「おい、ちょっと待て…」  潤一郎を制止した圭太は、じっと若林を見て小さな声で一言。 「酔ってるぜ…」  にやりと笑う圭太。  たった今、彼の脳裏に杏子の言葉が浮かび上がっていた。  教師を観察して、彼女の言葉を思い出した結果、何かひらめいた ようだ。 「おーい、おっさん! 今日もいい天気だなあ!」 「わわわっ、おい! やめろ! 馬鹿圭太!」  今度は潤一郎が制止するが、圭太の方が一枚上手だった。 「こっち向けよ! おっさん!」 「なんだとぉ! そこの青少年! ちょっとこっちこい!」  怒鳴りながらも、顔は笑っている若林。 「何言ってんだ! 働く青少年捕まえて、説教たれるんじゃねえ!」  勢い余って潤一郎すら押し倒そうとする圭太に、酒臭い息を辺り にまき散らしながら、1年2組担任が近寄ってくる。 「お前、どっかで見た顔だなあ!」 「おう、的場圭太にそっくりだろ?」 「おお、おお、似とる似とる! あの馬鹿そっくり!」 「だろう? 俺、あいつのダチなんだぜ?」  こんなアホなごまかしにひっかかるかよ…  潤一郎は呆れるばかり。 「そうかそうか! 頑張れよ! 青少年ども! おお! いとしの シンディちゃん! 何故この僕にさよならするの… わははっ!」  笑い声も高らかに、千鳥足のおっさんは夜の街へと消えていく。 「んなあほな… それにしても、あの酔い方は普通じゃねえな?」 「よっぽど嫌なことでもあったんだろ、きっと? 泥酔してるくら いだから、こっちは助かったけどな?」 「だけどよお、お前よくそんなに冷静でいられたなあ?」  首を傾げる潤一郎に、圭太は笑って種明かし。 「あれ? あんずから聞いてなかったっけ? 機嫌が悪いと、夜と なく朝となく酒を呑みまくった挙げ句、その間の出来事は全然覚え てないって。ひでえよな、まったく。学校遅刻することだってある んだからなあ」 「そういやあ、朝っぱらから酒臭い日もあるよな、あのおっさん」  意識的に避けていたため、若林とあまり付き合いのなかった潤一 郎は、人の話は聞いておくものだと、妙に関心したりする。  結局、風見本町で作業の続いた一週間ずっと、若林に気付かれず に済んだのは幸いだった。 「見たことある顔ねえ…」 「げっ! 詩歌!?」 ということもあったのだが…  ん? みんなにも隠してたんじゃなかったっけ?