風見鶏高校弓道場完成記念大パーティー!  的場家の夜はいつも騒がしい。  だが、今夜の騒ぎ方は少々違っていた。 「いやあ、こんな家でも役に立つ立つ!」 「こんな家たあ何だ? みんないないからいいようなものを…」  昨日から聞かされていたが、今夜の圭太はまさかの留守番だった のだ。  確かにこの大所帯、そうそう人がいなくなることはない。  まずは祖父母。「老人会の旅行でのお」普段ごろごろしてる割に は、こういう時は元気だ。  次に望一家。「久しぶりに亭主が帰ってくるから、じゃあね?」 これは仕方無い。  そしてこだま。「部活の宴会、徹夜でね」いい気なものである。  最後は両親。「母がちょっと倒れたらしいんだよ…」圭太にとっ ては母方の祖母のことだ。  この滅多にないチャンスを活かしての、風見鶏高校弓道場完成記 念大パーティーである。  祖母が倒れて不謹慎なことこの上ないのだが。 「他に金をかけずに集まれる場所なんかないからなあ」 「ああ、それ言えるねえ、じゅん君!」 「お前らなあ…」  私服に着替えて再び集まった5人は、圭太の部屋でパーティーの 準備をした。  小遣いを少しずつ集めての買い出しで、ポテトチップス・クッキー・ ジュース等をずらりとテーブルに並べる。  一息ついたところで、突然詩歌が司会進行を務める。 「さぁて、それでは我らが会長、的場圭太君からご挨拶ーっ!」 「い、いきなりふるなよ… じゃあ、ちょっとだけ。えー…」 「はいっ、ありがとおございましたあ!」 「な、何だ!? おい、詩歌っ!」 「じゃあ乾杯の挨拶は、あんちゃんに頼もっかな?」 「いいぞいいぞーっ!」 「あ、あの、私…」 「そんなにかたくなることないよ、杏子ちゃん」 「そうそう。せいぜい俺の代わりにかっこいいとこ… もごもご」 「そんなこと言ったらあんちゃんが気にするでしょ?」 「じゃ、じゃあ… みなさん、本当に、ありがとう、ございます… 私、高校に入って、こんな、素敵な想いが、できるなんて、思って も、みませんでした… 本当に…」 「あのさあ、あんず… 何も涙ぐむこたあないんじゃないのか?  ったく、しゃあねえなあ。じゃあ俺が乾杯の…」 「まてよ、お前なんか何もやっちゃいねえじゃねえか!? やっぱ ここは俺が…」 「もうっ、あんた達! あんちゃんって言ったらあんちゃんなの!」 「…ごめんなさい。じゃあ、みなさん… 乾杯!」 「かんぱーいっ!」  宴もたけなわの頃、すっくと立ち上がる潤一郎。 「そろそろ出すかなあ」 「何を出すの、じゅん君?」  部屋から消えると、どたどたと階段を下りる音。  しばらくして先程よりゆっくり目の階段を上る音。 「これこれ。わざわざ陽昇町から取り寄せた、大吟醸『絶対無敵』!」  ドン、と重い音を立ててテーブルに現れたのは、なまめかしい色 合いの一升瓶だった。  ちなみに、陽昇町は「ひのぼりちょう」と読む。 「ほぇーっ! じゅん、さっきそれとりに帰ってたのか?」 「まあな。おい圭太、お猪口あるか?」 「あるある。ちょっと待ってろよ?」  さっと部屋を出る圭太。 「ちょ、ちょっと、じゅん君? あたし、お酒なんて…」 「お前呑んだ事ないのか?」 「あの、私も、ちょっと…」 「僕も、お酒は…」 「何だ何だよ、お前ら… さみしいこと言うなよ? ちょっとだけ、 な? いいだろ?」 「さあて、とりあえず6個あったから… ありゃ? みんな乗り気 じゃないみたいだなあ?」 「そうみたいだぜ。圭太、とりあえずその5本ある徳利に全部移せ」 「ああ。ととっとっと…」 「おい、こぼすなよ?」  とても楽しそうな二人。 「あのさあ、圭太? あんた、呑んだ事あんの?」 「あったりまえだろ? 高校生にもなって酒も呑めないようじゃ、 情けないよなあ? あ、俺達は中学ん時からか」  高笑いする圭太。 「親は、怒らないん、ですか…?」 「全然。『酒も呑めないようじゃ…』ってな具合」 「よしっと。それじゃあ圭太、あらためて、かんぱーい!」  お猪口を交わす二人。  呑む間、言葉が出ない。 「かぁーっ、たまんねえなあ、このちょっぴり辛い味わいが何とも いえねえよ? なあ、圭太!」 「まったくまったく! 生きてるって感じするもんなあ!」 「ねえ、圭太。あたしにもちょうだい。その『絶対無敵』っての!」  二人だけで楽しむなんて、許せない!  詩歌は、楽しそうな二人に嫉妬していたのだ。  もちろん罪悪感もある。  だが人間、誘惑には勝てないものだ。 「いやあ、いけるねえ、これ!」 「そうだろ? これがいけるからあ…」 「はい、私も…」 「くう… くう…」 「ああっ! あついーっ! ぬいじゃおーっと!」 「おっ! いーぞいーぞ!」 「やれやれー、おとこおんなーっ!」 「あっ! いったなあー!? じゃあ、ぬぐのやーめた!」 「んーな、かったいこといわずにさあ…!」 「くすん、私、みなさんに隠していることが…」 「うおぉっ、突然あんずの涙の告白だっ!」 「むにゃむにゃ…」 「私、私…」 「泣いてる泣いてる! あんずって泣き上戸だったんだ!」 「ん、んー…」 「あっはっはっ! なきじょーご! なきじょーご!」 「私、そんなんじゃ… くすん」 「たっだいまあ! あれ、圭太。お客さん?」  一階の玄関から大きな声がする。 「あっ!? あの声は…」  ひとり、一気に酔いが冷める圭太。 「あらあ? あんた達…?」  圭太の部屋に顔を出したのは、ジーンズ姿のこだまだった。 「姉ちゃん、どうしたんだよ? 今日は帰ってこないんじゃ…」 「部長がお腹こわして寝こんじゃったから、今日の徹夜宴会はお流 れ。それよりあんた達、随分と楽しそうだねえ…」  嬉しそうににやりと笑うこだま。 「あ、いや、その…」 「圭太のお姉さん! お姉さんもいっぱいどうですかあ?」 「ああ、そう? そうねえ… あら、大吟醸『絶対無敵』? よさ そうなお酒ね?」  何ともイージーな姉である。 「へえ、お姉さんって、お綺麗ですね? 圭太君と、全然似てない…」 「ありがと! そりゃいいわ! こんな野球馬鹿と一緒にされちゃ あねえ!」 「きゃはははっ! 圭太、やきゅうばか! やきゅうばか!」 「んだよお、姉ちゃんも演劇馬鹿じゃねえか!」 「へえ、お姉さんって、演劇、やってらっしゃるん、ですか?」 「まあね。役なんてまだもらえないけどね…」 「そんなことないですよぉ! お姉さんだったらすぐもらえますっ て! のーぷろぶれむっ! このじゅんいちろうがほしょうしますっ!」 「あのねえ、君達… 楽しそうなのはいいんだけど、もう11時だ し… 家の人、心配しないかい? じゅんはいいとして」  さらに部屋に現れた人物に気付いたのは、声をかけれられてから だった。 「と、父ちゃん!? それに母ちゃんも!?」 「あんたねえ、圭太! うちの親が倒れたってときに、不謹慎にも 程があるよ!?」 「で、どうだったんだよ!?」 「そうよ、お母ちゃん、どうだったの? 教えてよ?」  姉まで混ざって、この場をごまかすかのように慌てて容態を聞い た。 「ただのぎっくり腰。まったく、人騒がせなばばあだねえ… あ、 いい酒じゃない? あたしももらおかな?」 「おい、お前、何も一緒になって…」 「もうあのばばあめ! 親でも娘でも何でもないよ! おいしいね、 これ。何なに? 大吟醸『絶対無敵』? あんた、今度うちもこれ にしない?」 「ん? どれどれ? こりゃいけるな!」  なんちゅう家族だ…  そう思いながらも、詩歌は呑んでいても圭太の両親を見て呆れる 自分を、意外と冷静なもんだと不思議に思った。  お酒、強いのかもしれないな、あたし。  杏子も杏子で、不謹慎だという怒り方はしたが飲酒について何も 言及しないどころか、姉と同じく初物のお酒を吟味しているのに、 想像もしていない家庭像を叩きつけられたためか、不思議な気持ち になっていた。  うちのお父さんお母さんだったら、絶対こんなこと許してくれな いだろうな… 「な、おっちゃん、おばちゃん、いい酒だろ? これ、俺が陽昇町 で買ってきたんだぜ?」 「じゅん、あんた、こういうとこだけは才能あるねえ?」 「圭太君のお父さんって、すごく、ダンディですね? 圭太君と、 全然似てない…」 「君らくらいの子が歳取った人を見ると、誰でもそう見えるものさ」 「あんず! さっきとおんなじようなこと言うなよ?」 「あ、もうこんな時間。あたし、帰らなきゃ… ほんとはもう少し 呑んでいたいけど…」 「じゃあちょっと待ってな? あんた達の親御さんに電話してあげ るから。なあに、うまく言っとくからさ?」 「そうだよなあ。終電も過ぎたし… ま、まかしときゃいいよ。母 ちゃん、こういうのは才能あるから」  物分かりがいいどころか、物事をスムーズに進めるのが、圭太の 母親の特技である。  こんなところが似たんだなあ、きっと…  詩歌は、圭太の行動力の良さを、母から受け継いだものだと確信 した。  素敵なお母さんですね…  今度は口にしない杏子だった。だが、高校生の娘が同級生の男の 家で、しかも酒を呑みながら一晩過ごそうかとしているのを、どう やって言い訳するのかということへの興味と共に、頼もしい母親を 持つ圭太を羨ましくさえ思った。  そんな堅苦しいことは抜きにして、楽しい呑み会は圭太の父母姉 と共に夜通し続く。  その場に居合わせた、ただ一人を抜きにして。