それは初めての賭け  5月30日から5日間に渡って続いた一学期中間テストもさっさ と片付けて、弓道同好会のメンバーは6月7日の生徒総会へ向けて 活動を再開した。  一部、約2名程顔を青ざめているものがいたが、詩歌や麗、杏子 は精力的に活動を行った。  放課後、正門および裏門でビラを配りながら、弓道同好会をPR していた。  そのビラとは何と、本当に新聞部が広告用に作成してくれた号外 だった。  原稿は、いつのまにか圭太が作成していたものであり、しかも、 いつのまにか潤一郎が新聞部部長である栗原紅葉に手渡していた。  テストで落ち込む割には、やることをきちっとやっていたのだ。  ちなみに、号外の内容は次の通り。 「<弓道同好会発足に関するお願い>  私達は弓道同好会を発足させたく、風見鶏高校の生徒の皆さんに お願い申し上げます。  来る6月7日の生徒総会において、弓道同好会発足の可否に関す る投票があります。  その際、是非とも発足に賛成して頂きたくお願い致します。  上記生徒総会で弓道同好会発足が承認されるためには、全校生徒 の3分の2の賛成が必要となります。  これは、想像以上に過酷な条件です。  今まで、いくつもの同好会がこの校則により、発足されずに解散 させられてきましたと聞きます。  それでも、敢えて私達は同好会の発足に向けて活動しております が、この投票ばかりは、私達の力だけではどうにもなりません。  直接関係のない事だと思われますが、私達の為に力をお貸し頂け れば幸いです。  ご存じの方もおられるかと思いますが、私達は1年1組の有志を 中心に、1年生ばかりの会員構成です。  たかが下級生と、上級生の方々は生意気に思われるかもしれませ ん。  しかし、できれば誤解しないで下さい。  私達は、私達の思う通り活動したいだけなのです。  その結果の一つが、1年生ばかりの構成だというだけのことなの です。  私達には何の力もありません。  しかし私達は、せめて皆様に迷惑をかけないように頑張るつもり です。  こんな頼りない活動ですが、どうか私達に力を貸して下さい。  よろしくお願い致します。                   弓道同好会代表 的場圭太」  あとは、メンバーと顧問の名前である。  号外は100枚程作ってもらったが、あっという間に配り終わっ てしまった。  もちろん、詩歌や麗、杏子のお願いのかけ声つきだった。 「お願いしまーす!」 「僕達には、やりたいことがあるんです!」 「私達、学校で、弓道をしたいんです…」  ほとんど選挙活動である。  さて、圭太と潤一郎はどうしたのだろうか?  二人とも不貞寝している… というわけではない。  もちろん、街頭活動をしたいのはやまやまなのだが…  何故か英語・リーダーの補習である。  初日に早速回答された科目は、もう赤点取得者を対象に補習が行 われているのだ。  中間テストの場合、追試ではなく補習による赤点救済となる。 「ふう、疲れた疲れた。ほんと、頑張ったよね? はい、あんず」 「…ありがとう」  正門前の駄菓子屋には、軒先と中の両方に腰掛け程度の丸椅子が ある。  その椅子に先に座って杏子に三ツ矢サイダーの入った紙コップを 渡す詩歌。  子供が飴玉をもらうときと同じ位の笑顔を浮かべる杏子だった。  ただ、何かがひっかかったようだ。 「あ、あの…」 「えっ? あんず、今何か言った?」 「その… 私の事を、あんずって呼ぶの…」 「ああ、そのこと? 結構気に入っちゃったからね。いや?」 「あ、ううん…」  本当は嫌なのだろう。  無理して笑顔をつくる杏子だった。  実際、麗が間違えた日から何日も経つが、彼女を本名で呼ぶのは 張本人の麗だけである。  この中で唯一の男子である麗も、さすがに堪えたらしく、そっと 杏子のとなりに腰掛ける。 「詩歌ちゃんは当然としても、杏子ちゃんもここまで頑張ってくれ てるんだもん。絶対うまくいくよ!」 「どうしてあたしは当然なの…?」  何故か杏子の肩ばかりを持つ麗だった。  むむむ…?  やっぱり…!  何となく、ある予感ににやりとほくそ笑む詩歌。楽しそうである。 「ありゃ? 詩歌は?」  ようやく補習も終わり、駄菓子屋に顔を出した圭太と潤一郎は、 そこに座っているメンバーが一人足りないことに気付く。 「何か、用事がある、みたいでした、けど…?」 「ははあ。久司君ってやつか。しゃあねえなあ、あいつも」  潤一郎の野暮な一言が、先程まで共にビラ配りをしていた二人に、 仕切屋・姐御肌の詩歌が途中で帰った理由を何となく悟らせた。 「で、麗ちゃん、あんず。どれだけ配れたの?」 「全部だよ、圭太君」 「ふうん、全部か。ま、そんなもん… か!?」  危うく聞き流すところだったが、3人で100枚配り終えていた のだ。 「俺達の出る幕なし? まあ、楽でいいけどよお」  麗と反対側の杏子の隣にさりげなく座る潤一郎。 「ねえねえ、あんず? 大変だったんじゃない? 足、痛くなあい?」  お前って、相変わらずまめなやつだな? こういうことだけは…  幼馴染みからみれば、ちっとも成長のない相棒だった。 「あ、あの、大丈夫、です…」 「でも、大変だっただろう?」 「そう、確かに100枚はね!」  答えたのは杏子ではなかった。  幼馴染みコンビがよくこの店で会う女性だった。 「も、紅葉先輩っ!!」  この潤一郎という男、女性なら誰でもいいのだろうか?  さっと立ち上がって話しかける姿は、他の三人を呆れさせた。 「部員総動員だったんだから。お蔭で部の中間テストの平均点は、 多分10点は下がったわね? 私は構わないけどね」 「すみません、紅葉先輩。このバカ圭太がすべて悪いんです!」  ぐいっと悪友の頭を手で抑えつける。 「ちょ、ちょっとまってって」  これまた悪友の手をなんとか払いのける圭太。  慌てて紅葉に話しかけた。 「先輩、聞きたいことがあります!」 「何? 私で答えられる?」 「はい、充分です。何故、こんなにすぐに号外のビラをつくれたん ですか?」 「試験期間を割いたから。大変だったわよ? 試験勉強もあるのに みんな…」 「それだけじゃないと思うんです! でなきゃ、こんなにはやく、 つくれるはずがないんじゃないですか?」 「さあてね…」  知らんぷりを決め込んで肩までのセミロングの髪をふわりとなび かせてそっぽを向く紅葉の、コケティッシュな一面がそこにあった。 「でも、ひとつ言わせてもらうと、これって私達にとっても初めて の賭けかな? 君達もそうでしょう?」 「賭け?」  圭太は首を傾げたまま動かない。 「そう、賭けよ。だから私達も生半可な考えでやってるんじゃない の。これが早く号外をつくることができたわけ。じゃあね?」  キャンディの袋を持ったまま、紅葉は学校の方へと歩いていった。 「おい、圭太、賭けって何だ?」 「そうか、賭けか。それは確かに俺達も同じだ。だけど…」 「け・い・た! 聞いてんのか、てめえ!!」 「あ、ああ、わりいわりい。で、何だよ?」 「駄目だこりゃ。ったく、紅葉先輩の前だとすぐ舞い上がっちまい やがって。しゃあねえなあ」  呆れ顔の潤一郎、不思議そうな顔で眺める麗、心配な表情を見せ る杏子を後目に、弓道同好会の中心人物はもう一度口の中で言葉を 繰り返していた。 「賭け、か…」  麗が帰ろうと言い出すまで、圭太は校門の向こうを見つめていた。  的場家の夕食は、それはそれは賑やかだ。 「ねえ、お母ちゃん、光ちゃんがまたお味噌汁こぼした!」 「そんなことでいちいち呼ぶんじゃないの、こだま! そっちに布 巾があったろ?」 「ほれ、じいちゃんのところにおいで?」 「ああ、あおばがないてる!」 「こらあ、青葉! 御飯の最中におしっこなんかするんじゃないの!」 「望! そんなところでおしめ替えてたら、お父さんやおじいちゃ んが気分悪くするでしょ!?」 「俺はどうでもいいのかよ! 台所にばっかいないでちっとは手伝っ てくれよな! 何で俺まで味噌汁拭かなきゃ…」 「圭太、おばあちゃんにそこのお醤油取ってくれる?」  騒がしいことこの上ない。  このテーブルを囲む家族の中で一番おとなしい人物が、ようやく 息子との会話に成功した。 「ところで圭太、同好会の方、どうだ?」 「それがさ、父ちゃん。賭け、なんだよな」  味噌汁拭きが終わり、箸をもって御飯をかっくらい始めた圭太が、 さも不思議なことがありましたとばかりにつぶやいた。 「賭け? どういうことだい?」 「俺もよくわかんないけどさ。こんなことがあったんだ…」  夕方の補習の後の話を、あった通りの順番・内容で父に報告する。  核家族化が叫ばれる御時世で、呆れるほど父子の会話がはずむ。  もちろん、この食卓を囲むすべての家族が互いにしゃべっている のだから、話が聞こえなくなることもあるくらいなのだが。  顎に手をやりながら、父の一言。 「ふむ。賭け、か…」  血は争えないものだ。  だが、彼の父親は違う。  知識も経験も段違いなのだ。  だから… 「わからないでもないなあ。その先輩のこと」 「はあ? 何のことだ、父ちゃん?」  にやりとほくそ笑む。 「賭けたんだよ、お前達に」 「何かわかるのかよ、父ちゃん?」 「ま、よくわからんがなあ。お前達に賭けなきゃならないことが、 きっとあるんだろう」 「…?」  よくわからないのは、圭太の方だった。 「その先輩達のためにも、せいぜい頑張れよ、圭太?」  こういう台詞を、照れもなく言い切れるのが、圭太の父親の熱い ところだった。  眠る前、圭太は机に向かっていた。  原稿を書いている。  自分が発表する原稿だ。  生徒総会では、同好会や部活動の活動承認に際して代表者の演説 というものがある。  ったく… 何で俺ばっかりこんなことしなきゃならないんだ?  愚痴をこぼしたくもなる。  号外の記事が意外とメンバーに好評だったからだ。  詩歌はこう言っている。 「あん時のじゅん君への議論も良かったよ、うん!」  ちくしょう… どうせ自分がやりたくないだけじゃんか…  あーあ、もうやめちまおうかな…  いろいろ不満もあるけれど、ふと、この一ヶ月を思い返してみる。  そうだよなあ。  じゅんのあの一言、詩歌の粘り強い付き合い、麗ちゃんの冷静な 判断、そしてあんずの決心。  俺なんか、ただ言い出しただけだもんなあ。  駄目だったら、申し訳ないぜ。  大きな賭けだけど、投げ出すわけにはいかねえな、やっぱ!  すると、ここまでやってきたことを、中途半端に終わらせるわけ にはいかないという気持ちが沸き上がる。  父から熱い血を譲り受けているのだ。  面白いようにシャープペンシルが動き、熱い情熱や嘘八百等豪華 絢爛な原稿が出来上がっていく。  そうだよな。  俺だって、やってやるさ!  相変わらず補習の2人と校門前活動の3人。  ごちゃごちゃと別行動をとっていたが、なんだかんだと騒ぐ間に 6月7日、前期生徒総会の日がやってきた。  この日の授業は4時限目までで、午後の5・6時限目を生徒総会 の時間に割り当てる。  世間の学校では、形式だけのしらけた生徒総会も珍しくない。  ところが県立風見鶏高校は、生徒会活動がかなり充実しており、 その集大成である生徒総会は学校生活で最も重要な活動の一つであ る。  圭太達の関係する部活動・同好会の承認や、校則の追加・改正、 施設・設備の改善要求、各委員会の活動報告とその予算・決算、さ らには遠足・球技大会・特別授業等の学校行事への要求等、かなり 多くの議題を取り扱う。  これらの可否・是非を、その場で挙手で決定したり、投票で後日 白黒をはっきりさせたりする。  これがなかなかエキサイトするのである。  中には、この日だけ気合いの入った生徒というのもいる。  まあ、何処かの物語のように、超能力者が生徒会を乗っ取る程の 派手さはないが。 「おい、圭太。当然発表の原稿出来たよな?」 「おう、任せとけって。ほら、ここに…」 「どこに…? ちょっと圭太、ふざけてるんじゃないでしょうね?」 「ったりめえだろ…? ありゃ…」 「圭太君、鞄の中とか探してみた方がいいんじゃない?」 「そ、そっか! えっと…嘘だろ?」 「あの… ない、みたい、ですね?」 「…面目ない、みんな」 「面目ないじゃないでしょ!? あんた、どうするつもりなの!?」  かくして、本年度の前期生徒総会が始まった。  体育館にビニールシートを敷き、その上に全生徒分のパイプ椅子 を並べてある。  これが会場である。毎年生徒会の役員7名のみで準備する。  会場に入ると一年生は度肝を抜かれた。  どこに座ってもいいのである。  誰と話をしていてもいいのである。  そして、想像以上の活気を感じ取ったのである。  おまけに、教師が一人もいないのである。 「まず最初の議題は、各委員会及び生徒会の活動報告と決算、予算 報告についてです。生徒会庶務の…」  広い体育館の隅々にまで通る大声で、生徒会副会長の北原研吾が 議事進行のシナリオを読む。  庶務の佐伯尚子に代わると、次々と委員会活動の報告が読み上げ られる。こちらはマイクだ。  一通り読み終わると、次々と会場から意見があがる。 「美化委員会の予算の事だけど、どうしてそんなに器材費がかかる んですか?」 「美化委員長の島崎君、回答して下さい」 「昨年度に比べて確かに多いんですが、大きな器材が次々と使いも のにならなくなったためです。具体的には…」  なるほど、2時限分必要なわけである。  生徒同士の会話なので、意外と気さくに事が進んでいく。 「次の議題は、部活動・同好会関連です。佐伯さん…」  北原がこう言ったときに、5時限目終了のチャイムが鳴った。 「それでは、10分間の休憩をとります」  佐伯にうながされ、生徒達が一斉に席を立つ。  その中で、明らかに脅えた顔をして座り続けている男がいた。  我らが的場圭太である。  本生徒総会の目玉、すっかり有名人の圭太を、生徒達が冷やかす。 「的場、そう硬くなるなよ? 地球の終わりじゃあるまいし」 「的場君、期待してるよ!」 「圭太! 当然何かやってくれるんだよな?」 「おーい、的場! 落ち着かねえんだったら正露丸飲むか?」  いくら周囲の同級生に励まされてもこけにされても、少しも動じ ない圭太。  というより、耳に入っていないのだ。  まいった。  あの日徹夜で考えた原稿が、あるはずのポケットにない。  昨日麗や杏子に見せた結果は、かなり好評だった。  そのままスラックスのポケットに入れて…  まさか、母親がそのスラックスをクリーニングに出すなどとは、 考えもつかなかったのだ。  生徒総会は母親にも話してあった。  それが仇となり、馬子にも衣装、折り目ばっちり、グレーの光る 新品のスラックスをはいてきた圭太。  おかしいと気付くのは、潤一郎の先程の言葉を聞いた時である。  まいった。 「おーい、圭太! 何やってんの、あんた。休憩だよ? じっとし てても始まらないじゃん。えっ? あたしはもうトイレ行ってきた よ? 休憩終わったらすぐみたいだしね。あ? じゅん君やあんず や麗ちゃんは? どっかいっちゃったのかあ。でも、あたし達が演 説するわけじゃないからねえ」  楽しそうに近寄ってきた詩歌。  隣の席にどっかと座る。  そこに誰が座ったのかを確かめもせず、圭太は独り言をつぶやい た。 「何か俺、馬鹿見たいだな」 「今頃何言ってんの? あんた元々馬鹿じゃない?」 「ああ、俺は馬鹿だよ。大馬鹿野郎だ…」 「やっとわかったんだ。遅いぞ?」  にやにやしながら詩歌が受け答えた。 「いろいろやってきたつもりだったけど、俺、何の役にも立ってな いよな…」 「例えば?」  いつになく優しく話しかける詩歌に、弓道同好会代表は思わず甘 えを見せてしまう。  床をじっと見つめ、ちゃちなパイプ椅子をがたがたと揺らしなが ら、か細い声でぼやき始めた。 「言い出したくせに、詩歌の方がずっと俺よりしっかりと活動して て、何やるかも決まってないのに麗ちゃんの方が俺より楽しそうで、 あんずはやりたいことをしっかりと持ってて、じゅんなんてバイト 放ったらかしで幼馴染みの俺に付き合ってくれて…」 「それで?」 「俺なんて、言うだけ言っておいて何にも決めてなくて、後から決 まっていった事を適当にまとめるだけで、ビラ配りはじゅんと二人 で補習出てて手伝ってないし、やっとここまできたのに、徹夜まで して書いた原稿忘れてくるし… 俺、何やってんだろう? なっ? 俺、おれ…」 「何の役に立ってないって?」  圭太は顔を上げた。  そこには、とても長い髪の、大きな眼鏡を掛けた、にやにやした 表情の女の子が座っていた。 「だから…」 「あたしは、こう思うけどなあ? 圭太が『言い出して』くれなかっ たら、あたしやじゅん君、麗ちゃんやあんずは、今ここでこんなに どきどきしてないって! きっと、つまらない生徒総会だったと思 うよ?」 「詩歌…?」  圭太は、今一番頼もしい女の子にじっと見つめられていた。  可愛いと言えるかどうかは別として、とても愛嬌のある笑顔で、 不安げな男の子を勇気づける。 「圭太が一所懸命だったから、じゅん君もついてきてくれたんだよ! 圭太が何も決めてなかったから、引っ込み思案のあんずが仲間になっ てくれたんだよ! 圭太が書いてくれた原稿があったから、号外の ビラが配れたんだよ! 圭太が勧誘の方法を考えたから麗ちゃんが 興味を持ってくれたんだよ? そして…」  詩歌は、さっと目を逸らした。  体育館の壇上を見やる。 「そして、あたしも… 今、あたし、何だかとっても熱いんだ!  あたし、高校なんて何にも面白くないところだって思ってた。でも、 圭太が変えてくれた。初めて入学式で見た時は、何てことないただ の男の子だって思ってた。同じクラスになって、それでもからかい 甲斐のある男の子だってくらいにしか思ってなかった。紅葉先輩に 告白してふられたって聞いた時も、馬鹿なことしてるって思ってた だけだった。でも、でも…」  またも圭太の方へ向き直る詩歌。  にやにやではなくにっこりと表情が変わった。  優しい女の子の微笑みに圭太は酔いしれた。  その心の奥底には、言いしれない程の熱く揺れる何かへの力が、 圭太へ向かって真っ直ぐに飛び出そうとしていた。  その澄んだ瞳は、真剣な思いを鋭く圭太に伝えるのに充分過ぎる くらいだった。  そしてその愛らしい唇は、瞳の持つ力を越えて、圭太への思いを 一杯に語り尽くそうとする。 「今、こんなに熱いんだよ!? 信じられないくらい、学校が楽し いんだよ!? どうなるかわからないけど、こんなにどきどきする の、あたしはじめて! 運動会より、高校受験より、感動する本を 読んだ時より、久司君に告白した時より、どんな時よりもどきどき する! わくわくする! 嘘じゃないよ! こんな気持ちにさせて くれた圭太って、すごい! 絶対にすごい!! だから…」  バンッ! と圭太は強く背中を叩かれた。 「元気出しなよ、的場圭太! あんたは、あたし達の代表なんだか ら! ちゃんと演説してくれなきゃ駄目だからね!?」 「詩歌… お前…」  どきどきしていた。  圭太は胸の鼓動が一秒ごとに大きくなるのを感じている。  何故だろうか?  励まされたためか、不安や気まずさは何処かへ行ってしまった。  もちろん背中を叩かれて息が詰まったわけでもない。  それでも、どきどきは治まらない。  何故? どうして今の俺、こんなに…?  詩歌、お前が励ましてくれたからか…?  でも、いつものことだよな? 今日に限ったことじゃないよな?  じゃあ、何故…?  すごいって言ってくれたから…?  そんなことじゃない。そんなことじゃ…  今の圭太にはわからなかった。  たとえそれが、彼のこれからの長い人生にとって、とても大切な ”どきどき”だったとしても。  そうか。  詩歌も同じようにどきどきしてるんだ。  じゅんも、麗ちゃんも、あんずも、同じように。  そう、みんなは俺に「同好会発足」の思いを賭けたんだ。  もっとしっかりしなきゃな!  そんな風に、わからない自分の気持ちをこっそりとすり替えてみ る圭太だった。