その名も「風見鶏高校弓道同好会」! 「は、初め、まして…」 「お前なあ、詩歌! また勝手に他人の家に上がり込んで!」 「何言ってんのよ? あんたが喜ぶだろうと思って慌てて連れて来 てあげたんじゃない!?」 「そういう問題じゃねえだろうが!? 俺んちを何だと思ってんだ?」 「当然、親友の家なんじゃないの!? ちょくちょく来てるんだし、 かたいこと言わないでよ、もう!?」  か細い声だったので、女の子の最初の一言は二人の口喧嘩に掻き 消されてしまった。  だが、さっさと二人の間を割り込んでその言葉に答えようとする 男がいた。  潤一郎である。 「もしかして君…」 「は、はい… 私、やりたい事があって… それで、道上さんに、 相談して、みたんです…」  ピンとくる。  詩歌程ではないが長い髪、多分背丈も感じ通りだ。  放課後の教室から覗いた時、廊下で見た後ろ姿の張本人が彼女な のである。  じゃあ、麗ちゃんのことが好きなんじゃねえか。  麗ちゃんが好きなら、詩歌と二人だけってことはないよな?  当然麗ちゃんと一緒に来るはずだ。  いやいや、そりゃあ女の子同士だけの方が打ち明け易いってこと で、やっぱりそういうことなんじゃないか?  だけど、もしその通りだとしてもそのうち思い直してくれること もある。  というか、今までが思い過ごしだったんじゃねえのか?  結構真面目に部活のこと考えてるみたいな感じじゃねえか?  そうか! そうだよな? そうなんだよな!  な〜んだ、俺ってばかなやつだなあ!  でも、まてよ? やっぱり…  …などと四の五の考えながらも、必死に会話を保つ。 「そういうことじゃなくて、その…」 「あ、入会するかどうか、ですよね…? だ、大丈夫、です。ただ…」 「ただ?」  本当は名前や電話番号を聞きたかった潤一郎だが、つい女の子の ペースにはまってしまった。 「私… 部活動とか、同好会とか、そういった類のもの、したこと が、ないので…」 「そんなこと、関係無いよ、うん! 俺だってまともにそんなこと したことないぜ?」 「そうそう。じゃあ、圭太の部屋で改めて紹介するね?」  また、玄関から中に入っていく詩歌。  慣れた足取りで二階へと上がっていく。 「ちょっと待てよ、詩歌! 他人の部屋って意識はねえのかよ!?」 「全然。それに、もうとっくに二人で上がらせてもらってるよ?」  圭太は、もう自分の部屋ではプライバシーが保てない事を悟った。  これからずっとこうなるのか…  頭の痛い思いだった。 「てなわけでぇ、彼女は安土杏子さん。小学校の時から弓道やって たらしいんだけど、今まで通ってた学校にはそんな部がなかったか ら、全然部活動をしたことがないんだって! で、一からつくるの ならってことで、入会をOKしてくれたってわけ」  あたかも自分の部屋に招き入れたかのように、他人の部屋で詩歌 の演説が続く。  その間、座って聞いている潤一郎の横で、同じく腰を下ろしてい る圭太は白い歯を見せてにやり。  何でもやってみるもんだなあ!  やりたい部活をって事で来る人もいる。  何をやるのかわからないから楽しみって事で来る人もいる。  部活をつくる事自体が面白いって事で来る人もいる。  中にはじゅんみたいに、無理矢理ってのもいるか。  それにしたって、いいもんだ、うん。 「何にやにやしてんの? 気持ち悪ーい!」 「うるさいなあ、詩歌。にやにやだったらじゅんの方がよっぽどだ」  その通りである。  潤一郎は新メンバーに見とれている。  ただそれだけなのである。 「じゃあ安土さん、挨拶する?」 「は、はい…」  さっと立ち上がるが、どうも言葉がおぼつかない様子。 「あ、あの、私、あずちきょうこです。1年2組です。弓道やって ます。弓道部が出来ればいいなって、思います」  杏子はあがり性なのか、短い挨拶にもかなり言葉につまっていた。  ただ、性格自体も引っ込み思案のようだが、言いたいことはきっ ちり言っている。  身長はじゅんよりは低いが、何と圭太よりも高い。175センチ くらいはありそうだ。  顔はかなり美しい部類に入る。大きな瞳だけが子供っぽさを醸し 出すが、なめらかな顎のラインといい、すっと通った鼻筋といい、 愛らしい口もとといい、不思議と大人びた美しさという感じを受け る。  ちなみに圭太は、不謹慎ながらこの時、「静の美人」と勝手に位 置付けた。「動の美人」を栗原紅葉として、詩歌はただの女である。  俺、「動の美人」の方がいいな。  ただ、人の好みによっては「静の美人」を選ぶこともあるようだ。 「うーん、きょうこちゃん、か… そう呼んでいい? ねえねえ?」  とにかく、すっかり友達気分の潤一郎、すっかり舞い上がってい る。彼曰く「ようやく入った女の子」である。 「は、はい…」 「じゃあ、杏子ちゃん?」  意外や意外、先にそう呼んだのは圭太の方だった。 「最初に言っておく事がいくつかあるんだ」  随分と真顔で迫るので、杏子はたじろいだ。  慌てて顔を和らげる圭太。 「まず、俺達は確かに同好会をつくろうって騒いでるけど、本当に 出来るかどうかはわからない。もし今度の生徒総会で駄目でも、俺 達はずっと同好会が出来るように、そして同好会が出来れば今度は 部活動に出来るように、ずっと色々活動していくつもりなんだ。だ から、杏子ちゃんが考えている弓道部のイメージとは違うのかもし れない」 「は、はい。そのことは、大丈夫です。道上さんから、伺ってます。 部活動をつくる、という活動自体を、楽しもうっていう事ですよね…?」  あくまで丁寧な口調で受け答える杏子を見て、圭太も調子にのっ てきた。 「そう、その通り。次に、男女の区別がないんだ。とにかく全員で 一つの同好会活動だから、男子だから、女子だからって事はない。 やることはみんな同じ。女の子だからって、区別も差別もしない」 「それも、聞いてます…」  真面目に答えてくれるのはいいのだが、言うこと言うことすべて 知っているとなると、話している方は面白くない。 「詩歌、もうお前全部言っちまってんのか? じゃあ、最後に一言。 はっきり言って弓道同好会をやるとなると、俺達は素人ばかりだ…」 「と、言うと…?」 「言い出した君が、弓道そのものについて、俺達みんなの面倒を見 て欲しいんだ。つまり、コーチ兼会員ってところかな?」  言葉としては、さらりと流した程度のつもりだった。  だが、当の杏子にとっては、これ以上はないというくらいの大問 題だったようだ。 「あ、あの、私…」  急に顔を強ばらせたかと思うと、顔からさーっと血の気がひいて 行くのが、他の3人の目ではっきりと見てとれた。  さすがの潤一郎も目をひんむいた。  ま、まずかったのかな…?  これでは圭太の方も気まずくなってしまう。  どうやら、今の台詞は彼女に相当な無理難題を押し付けてしまっ たことになるらしい。  突然降り懸かってきた重荷に耐えられなくなって、杏子はその場 にへたりこんでしまった。 「あの、私、そんな大役、できません…」  しおらしくうつむく姿がまた美しいのだが、そんなことを言って いる場合じゃない。  圭太の健闘が続く。 「あ、杏子ちゃん? そんなに難しく考えなくても、その、適当に してくれればいいからさ、ね?」 「適当に、なんて、もっとできません… でも、人に指導なんて、 とても、私には…」 「まあまあ、そのことはまた今度にってことで。それでいいよね、 圭太?」  素晴らしい程のタイミングで差し伸べられた詩歌の一言が、圭太 の大きな大きな救いの手となった。  かくして半ば冗談めいた、彼ら5人の「風見鶏高校弓道同好会」 が、ようやく動き始める、はずなのだが…