あと一人! 「だから、何で俺までメンバーに加えるわけ?」  潤一郎の驚きの声が、放課後の教室一杯に響き渡る。 「俺はバイトするんだよ、バ・イ・ト!!」  怒り心頭である。  今朝から久々にやってきたと思ったら、圭太は詩歌とずっと二人 で、楽しそうに何やら話し込んでいた。  確かにおかしいとは思ってたんだよな、あいつら…  それが放課後、突然同好会のメンバーになれという。  しかも、同好会の内容が決まっていないのだ。  潤一郎にしてみれば、首を傾げざるをえない。  それが、金曜の夜の自分の一言がきっかけだったとしても、そん なことをいちいち憶えているようなきめ細かな神経を持つ潤一郎で はなかった。 「大体何やるかも決まってないのに、首突っ込む奴なんかいるのか?」 「だからあ、詩歌と俺が…」 「そうそう、あたし達は結構乗り気なんだけどね?」 「お前らなあ…」 「とりあえず、これで三人になったわけだ。残るは二人っと…」 「だから、俺は…!?」  やっきになって自分のメンバー入りを否定する潤一郎に、圭太は 余裕の笑みを見せる。 「じゅん、お前、何のためにバイトするんだ? 言ってみろよ?」  指の先を鼻の頭に突き付けられれば、誰でもいい気はしない。  潤一郎はまんまと圭太の挑発にのっていた。 「決まってんだろうが! 遊ぶためじゃねえか!」 「遊ぶって、何して…?」 「そりゃあお前、女引っかけて、いいことしてお楽しみが…」  真顔で言うことでもないような気がするが、至って真面目な潤一 郎。滑稽でさえある。  圭太は笑いだした。 「な、何だよ、圭太!? てめえだってそうじゃねえか!?」 「潤一郎君。君は、間違っているよ、うん」  言い方までいちいち鼻につく。  苛立ちは積もる一方。  普通考えれば、圭太のからして賢いやり方とは思えない。  ところが… 「なあ、じゅん。考えても見ろよ? とどのつまりは、お前は女の 子とお友達になれりゃあいいわけだろ?」 「ま、まあな」  後込みする潤一郎。  自信を内に秘めた時の圭太は恐ろしい。  目の輝きからして違う。 「じゃあ、お金はたくさん注ぎ込む方がいいか?」  圭太は教卓の方へと足を向けた。 「そりゃあ、出来ればかけないにこしたこたぁないけど…」  潤一郎は圭太の言葉の真意がわからないでいた。  詩歌も同じであるが、違うのは、半ば脅えながらそれでも刃向か う男とは違い、馬鹿がつくほど一本槍な圭太がどう親友をひねり倒 すのかを見届ける立場である。  辛くも苦しくもない。ただ面白いだけなのだ。 「お金をかけずに女の子と知り合いになる、難しいよなあ…」 「何遠い目をしてんだよ、圭太。言いたいことは早く言えよ!」 「でも、お金はかかる。それに出会いの場も必要だ。つまり…」  ドン!  教卓を両手で、大きな音が鳴るように叩いた。  思いがそのまま態度に現れていた。  そして、その一言にも。 「そういう部活をつくればいいんだよ! な!」 「…はあ?」 「詩歌と俺が一緒にやってるんだぞ? 男も女も関係ないんだぜ? 男子部とか女子部とかじゃなくて、一つの部活をつくるんだ。女の 子も気楽に入れるような、それか女の子に人気のあるような内容に してさ。確かに今はとりあえず五人のメンバーが揃えばいいって思っ てる。同好会だしさ。だけど、そのうち部活になったら、男子も女 子もない、しかも学校から予算までもらって堂々と活動できる場所 が手に入るんだぜ? すごいと思わないか!?」 「だけど、よぉ…」 「そんな弱気でどうすんだよ! 俺達はやるんだよ! 数学の田中 だって言ってたろ? 部活で尻を叩かれてる奴の方がましだって。 それに、こだま姉ちゃんも言ってたぜ! 部活は、部活をやりたく てやるんだって。部活の内容とかじゃないって! 理由はどうあれ、 きっと損はしない、いや、損したっていいじゃんか! 俺達はこの 学校で、俺達のやりたいことをやるんだ!! そうだろ、じゅん!?」 「あ、ああ…」  ほぼ、メンバー確定の潤一郎は、こうなると誰も止められないと いう圭太の燃える瞳を出来るだけ避けた。  もしかして圭太って、話術に長けているのかもしれない。  詩歌は、そんな思い違いをしていた。  やはり圭太は、一本槍なのである。  思いをぶつける時に、オーバーアクションになってしまう癖はあっ た。  だが、よくよく考えてみれば話の内容は大したことはない。  力説する意味もないのだ。  言葉も難しいものを使ったり、人を納得させるような理屈も含ま れてはいない。しかも、終わりは支離滅裂である。  つまり、話術ではない。  思いを伝える別の何かが、彼には備わっていた。  …というのは、言い過ぎだろうか。 「さて、メンバーはあと二人だなあ。どうする?」  圭太の問いかけに、ここぞとばかりに詩歌が答えた。 「圭太ってさあ。野球部に入らない理由が先輩とのいざこざが嫌だっ てことなんでしょ? じゃあ、同じ一年生をあたってみない?」 「そうだよな? 自分でつくるのに、自分の嫌なことをやるのは、 やっぱ嫌だもんな」  話の進む二人に、もう勘弁して欲しいと願う潤一郎だった。  次の日から、圭太と詩歌はメンバー集めに走り回った。  自分達のいる一組から順に、特に部活に入っていない生徒に会っ ては話をしていた。  嫌がる生徒には無理強いしなかった。嫌々部活をするのがどれ程 辛いかを、圭太はよく理解していたからだ。  「話だけでも聞いてくれ」というのも、脅迫ととる人はいる。  難しいもんだ…  改めて、圭太は勧誘ということの難しさを痛感していた。  何か、真面目に信者を集う新興宗教の勧誘員の気持ちがわかるよ うな気にさえなっていた。あるいは、車のセールスマンの気持ちも わかるような気になっていたらしい。  俺、将来絶対どっちにもならないからな…  そんなつまらないことを、固く心に誓う圭太だった。  だから、駄目でもいいかという気になっていた。  この時点で、気長にいくことを決めたのだ。  ある女子生徒が「来年部活になってたら、考えてあげてもいいよ」 と言っていた。 「じゃあ、来年部活やってたら、一度くらいは声掛けてみてよ?」  何日かすると、そんな軽い言葉が交わせるようになっていた。  ある男子生徒とは長々と立ち話だけをした。部活をする気はない が、面白いということで話を聞いてくれたのだ。  それだけでもいいな。詩歌はそう思った。  あれ、あんな子もいたんだ。  あの人、第一印象と違うな。  一度話をしてみたかったんだ。  意外と、それだけで楽しかったからだ。  おかげで、二人には知り合いが何倍も増え、逆に二人は一年生の 間ではちょっとした有名人にさえ、なってしまった。  たった数日間の出来事である。  ところで、いろいろと話をしていくうちに、二人は面白い事に気 が付いた。  結構、何かやってやろうと思う人は多いということだ。  それでも予備校通いや隠れてやってるバイトなんかに追われて、 自分の思い通りのことはなかなか出来ないのだ。  県立風見鶏高校は、平均学力がトップクラスというわけではない が、それなりの進学校である。  どうしても、皆そちらの方に関心がいってしまう。  それに、バイトでもしなければやっていけないほど、世の中には 金銭でしか解決出来ないモノが溢れている。  潤一郎の気持ちもまんざら間違ってはいないのだ。  おまけに活動内容が決まっていない。  そうだよな。俺達みたいな暇な人間に付き合ってやろうってのは いないよな…  さすがに一週間が過ぎても一人もメンバーが増えないと、放課後 の二人は教室でぐったり。 「しょうがねえか。やっぱ何やるかくらい決めとくべきだったかな」 「さあね。でも、のんびりやるって決めたんでしょ? 適当に付き 合うからさ」 「あんがとさん…」 「いたいた!」  諦めがちだった二人の前に、ある一人の男子生徒が現れた。 「的場君。道上さん。僕、二人の話が聞きたくてさ」  二人のいる席にのんびりと近づく。 「真弓君…!?」  二人の同級生、真弓麗だった。 「何だか、楽しそうだったから、僕も混ぜてもらおうと思ってたん だけど、どうしたの? 今日は同好会のメンバー集めしないの?」  小柄な体格は詩歌よりも小さく、その体格に合わせたかのように、 どこか幼さの残る、可愛い顔立ちをしていた。目も大きく、にこっ とはにかむ笑顔がまたたまらない。話口調も少年の持つ無邪気さが 漂い、どこから見ても清純そのものの、なかなか罪作りな男の子で ある。 「ちょ、ちょっと、待って…?」 「あ、そうか。入会届けとかがあるんだね?」  麗は、普通の男子生徒よりも頭の回転が早かった。  ちなみに、前回の実力テストで総合学年三位を取ったのが麗であ ることを、二人は知らなかった。 「ち、違う違う!」 「じゃあ、何?」 「だってさあ、真弓君…」 「あたし達、同好会で何をするかも決めてないんだよ?」  圭太も詩歌も目を丸くする他はなかった。  はっきり言って、諦めかけていたメンバーが一人出来た喜びは、 声に出ない程だったのだ。  だが彼、麗はクラスの女の子の視線を一身に浴びる男の子である。  彼が医者の息子であることも、二人は知っている。  自分達とは進む道が違うとさえ思っていた、と言えば大袈裟だろ うか? 「決めてないなら、それはそれで面白そうだね?」  そんな二人の思惑を知ってか知らずか、あっさりと麗が答える。  ん?  この答えの中に何か手応えを感じた、そんな圭太と詩歌だった。 「何だあ? 仲間に入っちまった奴がいるってのか?」  翌朝、潤一郎は半ば呆れた態度で三人を見やった。  朝っぱらから、楽しそうに教室の真ん中で話し合っているのは、 圭太と詩歌、それに同級生の真弓麗だった。 「まあな。これで4人になったし、あと一人だな、じゅん!」 「そうそう。いい加減諦めてメンバー集めに付き合ったら?」 「じゅん君って呼んでいい? これからも同好会よろしくね!」 「嘘だろ…?」  どうしても信じたくないらしい。  しかも、どうしても信じなければならないとしても、入ったのは 男である。  いくら可愛いと言っても、潤一郎にとっては男では駄目なのだ。  気分を害したのか、三人と顔を合わせないようにして自席に座る 潤一郎だった。  その態度を見てとった後、三人はまた話に花が咲く。 「ねえ、圭太君」 「ん? 何?」 「昨日何か思い付いたって言ってたけど、何を思い付いたの?」 「へへぇ。五人目勧誘のキャッチフレーズを考えたんだよ」 「何、それ? どうせ圭太の考えだから大したことないんじゃない の?」 「何だよ! 聞いてから言えよ、そういうことは!」 「じゃあ、何なのよぉ?」 「聞いて驚くなよ!? 『あなたを、あなたのつくりたい同好会と 共に募集中!』ってな!」 「…何、それ?」  太い眉を思いきりゆがませて首を傾げる詩歌に、圭太はやきもき した様子。 「あのなあ、わかんねえか? つまりだ。俺達は同好会の活動内容 を決めてないだろ?」 「うん、そうだよね?」  あくまで爽やかに受け答える麗は、男である圭太の目から見ても 可愛いと思う。 「そこだよ! 俺も詩歌も結局何でもいいんだよな? それに、麗 ちゃんも昨日そう言ってた。違うか?」  麗が首を傾げたのは、詩歌とは違う理由からだった。  れい、ちゃん…?  自分の事を「麗ちゃん」と呼んだ圭太のセンスに首を傾げたので ある。  どちらかというと、小さい頃から「麗君」と呼ばれていたので、 悪い気がするというよりは、単に違和感をおぼえただけだった。  だが、彼の場合は全て態度に出てしまう。  そこが子供っぽくて「可愛い」ところなのだが。 「あ、ごめん、気ぃ悪くした?」 「ううん、全然…」  言葉とは裏腹にどこか寂しさすら漂う麗の態度に、今度は圭太も 首を傾げる。 「…ま、いいか。とにかく、じゅんも含めてみんな何でもいいわけ だ。そこで、何かやりたいことが決まっている人を五人目のメンバー として迎え入れようと思うんだけど、どう?」 「あ、そういうことか。なるほど、一理ある」  詩歌は、何でもはっきりと物事を言う性格だった。  行動もともない、まさに「竹を割ったような」女の子だ。  意見が一致すると、納得した事をさっと伝え、賛同の意を表する。 「確かに、僕達は何でもいいよ。でも、じゅん君は本当にいいの?」  麗はぎゅっと詰まった世界だけではなく、一歩退いた場所からも 見渡す事が出来る男の子だった。 「いいの、いいの。じゅんの事は俺が一番よく知ってるんだから。 あいつはさ、女の子が入ってくればそれでいいんだよ」 「それって、どういう意味…!?」  そりゃまずい。  確かに眉も太いし話し口調もがらが悪いことがしばしば。  態度もでかいし性格もどうしようもないくらいの男まさり。  女の子の友達は少なく、本人曰く「楽に付き合える」男の子の友 達の方が少々多い。  しかし、詩歌もれっきとした女の子である。 「そうか… それで男の僕が参加したから、機嫌を悪くしちゃった んだ…」  麗の憂いも何のその、詩歌に教室中追いかけ回される圭太だった。  校庭の片隅、大きな木の幹にもたれかかる女の子と、その横で両 手を頭の後ろへ回して立っている男の子がいた。  男の子はとても可愛い顔立ちで、大きな瞳がとてもチャーミング だった。優しそうな態度も女の子の好感を呼ぶ。  女の子はややもすると男の子の背を抜きそうではあるが、ごく普 通の身長である。大きなリボンが可愛い。  男の子は、にっこりとはにかんだ表情で女の子をじっと見つめて いる。  女の子は、自分の瞳が潤んでくるのを感じた。  男の子が女の子に囁きかける。 「ねえ、どうかな? もうそろそろ、いい?」 「え、でも… 心の準備が…」 「そうだよね。うん、無理だったらいいんだ」 「だけど… あなたのこと嫌いじゃないのよ!? でも、こわい…」 「え、何が?」 「だって、何をすればいいのかわからないの、あたし…」 「そうだよね。実は、僕もわからないんだ。やっぱりわからない者 同士だと、うまくいかないのかもしれないね」 「お互い初体験だもの、こんなこと… だめ、やっぱり…」 「いいよ、うん。また今度ね」 「あ、あたし、やっぱりまだ駄目なの。本当に、ごめんなさい…」 「謝る事なんかないよ」 「でも… だけどやっぱり、気持ちの整理が、まだ…」 「そうだよ、うん。自分に素直に。ね?」 「うん… 本当に、ごめんなさい」 「じゃあ、その気になったらまた声かけてね?」 「うん、約束する… 何をするのか決まったら教えてね…?」  何か誤解されそうな会話ではあるが…  麗もすっかり勧誘の術が身についていた。  知ってか知らずか、本当に女子生徒を振り向かせるのに、真弓麗 ほど適した男の子はいなかった。 「ほーんと、大したもんよねえ?」  教室に戻ってきた麗を見て、詩歌は半ば呆れ半ば感心していた。 「僕も一所懸命にやってるんだけど、だめみたい」 「いやいや、インパクト充分! あそこでいじけてる的場圭太より は効果あるある!! ほら、自信持って!!」  慰められて下唇を噛みながらコクリとうなずく麗を見ると、詩歌 も他の女の子と同様に、胸に大きな大きな鼓動をおぼえた。  久司君と付き合う前だったら、どうだったかな…? 「あ、そう言えば麗ちゃん、あの女の子、ついてきてた?」 「今日は来てなかったみたいだよ?」  三日前から、麗の後ろをつけて歩いている女子生徒がいることに、 二人は気付いていた。ちなみに鈍感な圭太と知らんぷりの潤一郎は これっぽっちも気付いてはいない。  また何日かが過ぎていた。  もう5月も終わろうとしている。  相変わらず4人である。 「どうすんの? 生徒総会ってのに承認してもらう必要、あるんで しょ?」  詩歌はそろそろタイムリミットを感じ、のんびり行こうと言って いたのも何処へやら、かりかりと歯を鳴らし始めた。  風見鶏高校では、毎年6月初旬と12月初旬に、生徒総会が行わ れていた。  ここで、各委員会・部活動等の予算が決定されたり、重要な事項 の決定、例えば校則の改正等が行われたりする。  今まで開いたこともない生徒手帳をこの一月足らずはよく読んで いる圭太が、真っ先に見つけた校則があった。  要約すると、こうなる。 「各部活動・同好会の昇格・設立は、生徒総会において、出席生徒 の3分の2以上の了承を得なければならない」  上記の規則における決定は投票制であり、6月中旬の全校集会に よってその結果が発表される。  ここで留意すべき点は、投票用紙には○×を記述するが、無効と なった票は全て無視されるという事である。  今の世の中、生徒総会でまともに意見を述べる生徒は少ない。  無効投票込みで全校生徒の3分の2以上の票を集めるのは、容易 なことではない。  つまり、勝手にやたらめったら部活や同好会をつくらせない規則 なのである。  無茶苦茶な話だ。  無気力な同級生のせいで、自分達の自由な活動の場が奪われてし まうかもしれないのだ。  猛反対にあって活動を潰される方がまだすっきりするというもの だ。  実は、この点に的を絞って圭太は活動してきたのだ。  単なる猪突猛進ではない。  色々と大袈裟にアピールし、嫌がる人を無理に誘うのではなく、 自分達の協力者になってもらおうと優しく接してきたのだ。  感触は悪くはない。  同期の生徒達は皆彼らを好意的に受け止めている。 「変わった奴ら」「面白そうなことをしてる人達」「目立つ集団」 「同好会設立に燃えているイカれた野郎達」「麗君可愛い」等々…  何はともあれ、こういう要素がたくさんあればあるほど、票は多 く集まるのだ。何しろ、自分達は票を投じるだけで、彼らに協力を したことになるからだ。  だが、もっと肝心な事が出来ていないのである。 「同好会設立には5名の生徒と顧問の教師が1名必要」なのである。  自席で首を傾げて思案する圭太の頭に、大声が突き刺さる。 「ねえ! 圭太、どうすんの!?」  少々ヒステリック気味に詩歌がくいかかってくる。  もしかすると詩歌って、パニック状態に陥り易い性格なのかも…  自分の思い通りにならなければ気に入らなくて、反則をしてでも 一本背負いを決めようとする、詩歌はそんな性格だった。  だから、焦りがいやというほど顔に現れている。  と、のんびり唯一の女子同好会々員を観察しているだけでは、埒 があかない。  だが、ただぼおっとしているだけではない。  放課後の1年1組の教室は、彼ら4人のたまり場であることは、 結構有名である。  用事がなくても、わざわざここにいて、無駄話をしている。  活動内容のない同好会に興味を持ってくれる人がいれば、訪ねて きやすいようにしているのである。  現に、真弓麗はそうやって仲間になったのだ。  受け身になっているようにも見えるが、宣伝はばっちり過ぎる程 してあるので、あとは教室で待っているだけなのだ。 「無理なんだよ、所詮な。大体無計画でいきなり同好会なんかやろ うっていうのが間違いなんだよな。いっつもお前は…」  そういうだろうと思ったよ…  潤一郎の性格は知り過ぎている。  気に入らなければ、何でもポイっと投げてしまう。  ただ飽きっぽいのならそれでもいいが、うまくいかなければ全部 他人のせいにしてしまう、少々厄介な性格だった。  それなら… 「麗ちゃんは、どう思う?」  圭太は、まだ把握しかねている麗の性格も覗いてみようと思った。 「仕方ないんじゃないかなあ。のんびりやろうって言ってたじゃな い? 12月の生徒総会まで待ってみてもいいんじゃない?」  なるほど。麗ちゃんはそう考えるのか…。  今となっては、俺もその意見に賛成。 「どうすんの!? ねえ、どうすんのよ!? そんなのでいいの!?」  詩歌に首根っこを掴まれて、ぐいぐい前後に振られても、圭太は 意外と冷静だった。  正しい意見には素直に正しいと思う圭太は、誰よりも冷静に諦め かけていた。まだ心の中でだけだが。 「それにしても、圭太君って凄いよね? ここまでやっちゃうんだ もん!」  逆に麗は、彼の行動力・直感からくる判断力に感心していた。  その時…  ガタッ!  教室の後ろの扉の向こうで何かを倒したような大きな音がした。 「何だあ?」  冬眠ボケの熊よりものんびりと、潤一郎は扉の方を見た。  扉の窓からは何も見えない。  一番近かったから、仕方無しに扉の外を見に席を立った。 「ああ… ありゃ?」 「おい、じゅん。何だった?」  さっきまでの圭太がうつったように、今度は潤一郎が首を傾げる。 「何か、女の子みたいだったぞ? 階段の方へ走っていったけど」 「はあ? 何でそんなとこにいたんだろう?」  二人して考える様は、まるで兄弟だ。  そんな中、麗と詩歌は思い当たる節があるようだ。 「あ、もしかして… 詩歌さん?」 「そうかもね、麗ちゃん!」 「何だよ、二人して? あの娘、知り合いか?」  圭太に尋ねられ、麗の後ろをついて来る女子生徒の話をした。 「…ってなわけでさあ、ちょっと前からどうも気になってるんだよ ね!?」  詩歌の言葉が終わるのを待たずに、鋭い声が割り込む。 「それって、メンバーになりたいっ! ってやつじゃねえのか!?」  潤一郎の目が輝きだした。 「女だろ? 可愛いか! いや、美人か!? どこのクラスだ? なあなあ、教えろよ、な? な?」 「自分だって見たくせに…」  相棒の言葉に圭太が突っ込む。 「後ろ姿だけだったんだぜ? 髪は、そう、詩歌程じゃねえけど、 結構長かったな。背丈は…どうだっけ? ちょっとわかんねえなあ。 だけど、ありゃ結構美人なくちだぜ、きっと!」 「でも、あたし思うんだけど…」  今度は詩歌が口を挟む。 「麗ちゃんを追っかけて来てるんだから、麗ちゃんに愛の告白! ってことをしたいんじゃないの? 何となく、そんな気がするんだ けどなあ?」 「あの、詩歌さん? 僕は…」 「いやいや、なかなかどうしてこのプレイボーイ! 女泣かせ!」  女の子の言う台詞かどうか、これまた首を傾げる麗だった。  ところで、潤一郎には詩歌の言葉は聞こえてなかったようだ。 「いやあ、ついに我が同好会にも女が入るかあ。いやあ、良かった 良かった…」  そう言いながら、自分の台詞がまずいことに気がついた。    ・・・・・ 「今、ついに女がって言ったわよねえ…!?」  詩歌が激怒したことは言うまでもない。  この日の集まりは、これでお開きとなった。  その帰り道、圭太と潤一郎は寄り道をすることにした。 「だってなあ、真っ直ぐ帰るとまた子守やら何やらで」 「しゃあねえなあ… 付き合ってやっか」  行くところはきまっていた。正門前の駄菓子屋である。 「やっぱ、早すぎたかなあ。ま、のんびりやるしかないか…」  ふ菓子を食べながら、圭太がぼやく。 「それにしてもよお、圭太。その女って一体誰なんだろうな?」  コーラとメロンソーダのカクテルを一気に飲み干す潤一郎。 「さあな。詩歌の言う通り、ただの麗ちゃんの追っかけか何かじゃ ねえのか?」 「あ、意外とよぉ、紅葉先輩だとか?」  ゲホッ! ゴホッ!!  圭太は咳と共に、口の中にまだ残っていたふ菓子の残りを吐き出 した。 「あっ、うっ、のっ、飲物…」  スコールを口にした圭太を見て、潤一郎はやたらとからかいたく なってしまう。 「何だよ、お前。まだ紅葉先輩に未練があるわけ? うひゃあー! この純情野郎!! だけどよぉ、駄目だったんだろ!? しゃあね えしゃあねえ。なあ、えっ!?」 「う、うるせえなあ!!」 「図星だぜ、図星だぜ!! やーいやーい、未練たらたら男!!」 「そうなの? ちょっと嬉しいな、そう言ってくれると」  どうも、今日の潤一郎の言動には女性が付きまとう様だ。  恐る恐る振り返った二人が見たものは、麗しい一人の女性の笑顔 だった。  つくり笑顔ではないことに、二人は充分気がついている。  圭太の胸の奥では、えらいこっちゃの大騒ぎ。 「でも、今日は同好会々員募集をしなくてもいいの?」 「あ、やっぱりご存じでした? まいっちゃうなあ」  言葉を出せないで頭がふらふらしている圭太を後目に、潤一郎が しゃしゃり出る。 「二人とも結構有名人じゃない? だって、校内のあっちこっちに 現れては、まるで宗教活動みたいに色々とみんなに話しかけてるん だもの。でも、そういうのって、いいと思うよ?」 「そ、そうっすか!? いやあ、俺達も結構大変なんすよ!」 「もしかして、この前ここで会った時からずっと考えていたのかな? 『これからの部活のあり方について』話し合ってたって言ってたの よね、あの時」 「そうそう、その通りっすよ!」  まったく調子のいい潤一郎である。  彼と紅葉の間で楽しそうに会話が飛び交う中、どきどきしながら も圭太の中で、もう一つの関心事の方を考える部分が、ある一つの アイデアを生み出した。 「うまくいってもいかなくても、生徒総会のあとで取材させてね? 校内新聞で特集するから。じゃあ、またね!」 「あ、ちょっと待ってください…」  語尾が少々小さな声だったのは、彼女にふられた負い目だろうか。 「え? どうしたの?」  その純真な微笑みを見ると、何も言えなくなってしまうことをわ かっていた圭太は、下を向いて話し始めた。 「あの、その、今度の新聞は、いつ出るんですか?」 「あ、今度? えっとぉ… 6月分だから、6月18日かな?」 「そ、そうですか…」  がっかりした圭太は、はっきりと聞こえるため息と共に、露骨な までに大きく肩を落とした。 「何? それがどうかしたの?」 「あ、はい。単刀直入に言うと、ちょっと宣伝して欲しかったんで すけど…」  ピンときた紅葉、右手でさらさらの髪に指を通しながらにっこり。 「なるほど、同好会の宣伝ね? うちの高校、こんなところだけは 不思議な位にきびしい校則だものね。全校生徒の3分の2の賛成は、 確かに並大抵じゃないと思うよ、私も。でも、どのみち18日だと 生徒総会も終わってるし…」  うーん、と、綺麗にまとまった顎にそっと左手をやり、思案中の 素振りを見せるが、紅葉は意外に早く次の態度に移った。 「じゃあ、号外を出してみる? 生徒総会までに間に合う様にすれ ばいいから、あと一週間位はあるし。内容や紙質はちょっと安っぽ くなると思うけど、読めればいいでしょう?」  これはラッキーだ!  圭太は、単純に紅葉の笑顔を見て喜ぶのとは別の脳味噌の部分で も、叫びたくなるほどの気分の高揚があった。  実際、心の中でも諦めかけていたが、言い出した張本人がさっさ と活動をやめてしまっては、色々と協力してくれた友人達に申し訳 がたたない。  あと一人!  あと一人くらい何とかなる、いや、何とかしてみせるさ!  常識・効果・利害等の関係で今まで押さえられていた、少々強引 な体育会系の血が、切羽詰まったこの段階でようやく熱くたぎって きたらしい。 「で、君達の同好会って、一体何やるの?」 「あ…」  やっぱり、決まっていないものは決まっていない。  きちんと答えられずに、またも少々テンションが下がってしまう 圭太だった。 「それにしてもさあ、じゅん…」  二人の家の近所まで帰ってきた頃、圭太が自信のなさそうな口調 で話し始めた。 「何だあ? やっぱ同好会は無理だってか?」 「いや、そうじゃなくてさ… さっき何で紅葉先輩がいたんだろう?」 「はあ?」  栗原紅葉と別れた帰り道、圭太は少しずつ不思議に思い始めてい た。  以前に駄菓子屋前で出会ったのは偶然としても、今回は偶然だっ たのだろうか?  そりゃあ、そうかもしれない。  だけど、どう考えても腑に落ちない事がある。  出来過ぎてる…  いきなり「今日は活動しないの?」だった。  次に「そういうのっていいと思う」って、俺達を誉めてくれた。  「成功してもしなくても取材させて」欲しいとも言う。  挙げ句の果てには、宣伝の話をすぐに察知して、号外まで提案し てくれた。  だが、駄菓子屋前で出会って、号外の話にまで進むだろうか?  色々考えた後、圭太の心底では少々胡散臭い感じがしていた。  ある一つのカギを見つけ、親友にはこんな風に持ちかけてみる。 「何かさあ、じゅん。麗ちゃんを追っかけてた女性って、紅葉先輩 のような気がしないか?」 「何だそりゃ? 紅葉先輩が麗ちゃんのこと好きだってか? よせ よせ、くだらねえ事考えるのは。ふられた腹いせにそんな事言って もよお、しゃあねえじゃねえかよお? ん?」 「駄目だ、こりゃ…」  肩をすぼめる圭太を見て、潤一郎はむっとした顔。 「何だ何だ!? どういう意味だよ、そりゃ?」 「どう言えばいいのかわからないんだけどさあ、かっこ良く言えば 俺達先輩にマークされてんじゃないか? 取材したいとか何とかで…」 「ばーか、寝ぼけてんじゃねえよ! そんな大体、人数が揃わない んじゃ同好会もくそもねえだろうが!? ひとを揃えてからそうい うかっこいいことを言えっての! それとももうとっくに見つけて るってか? 顔を拝んでみたいぜ、まったく…」  二度あることは三度あるとは、こういうことだろうか?  圭太の家の前で怒鳴った潤一郎が、まさしく目をひんむいた。  家の中の方からドアが開いた。 「圭太! 弓道同好会! 弓道やろう! ねっ!? ねっ!?」  聞いただけでそれとわかる程大きな詩歌の声が響いた後、当の本 人の他にもう一人女の子がいることに、二人は気付いた。  本当に、この日の潤一郎は言動が女性を呼ぶのである。  いつもこうだといいんだが…  妙にため息をつく潤一郎だが、見慣れ無い方の女の子を見た途端 天にも舞い上がる気持ちになった!