金曜の夜はLet’s Enjoy! 「よお、圭太、どうすんだ…」 「どうするもこうするも、とにかく詩歌はどっか行っちまったし… 俺達は俺達で何とかエンジョイするしかねえよな…」 「鬱憤ばらしも派手にやっちまったとこだしな…」  通りの道端で仰向けに寝ている男二人。  くたくたの様子は、相当やり合った事を物語る。  いつの間にやら出来ていた人垣も、いつの間にやら無くなってい た。 「どうする? まずは、やっぱライブか?」 「そうだな、やっぱ。今日はルークルークがやるんだろ?」  ちなみに「ルークルーク」とは、ライブハウスKAZAMIで今 知らないものはいないという超過激ロックバンドのこと。 「そうそう。エンフーもやるって聞いたぜ?」  ちなみに「エンフー」とは、エンジェルフーパーズの略。こちら はソウルの3人組。 「でも、今日はなむちゃんやらねえんだろ?」  ちなみに「なむちゃん」とは村川直美のこと。ロック・パンク系 ノリノリのライブハウスKAZAMIでも、ブルースでグルーピー を泣かせる貴重な存在である。 「でも、俺はルークルークが来るだけでいいぜ! さ、行こうぜ、 圭太!」  やけにパンクな会話とは裏腹に、立つのがやっとの二人だった。 「HEY! おめえらくたばってっか! いっちまえ!!」  相変わらずルークルークは過激である。  メイクは作者の良識を超え、ほとんど歩くどくろと化している。  メンバーは5人。リーダーでボーカルのPOを始め、皆いかれて しまっている。背中の刀傷、釘を打ち込んだ脇腹、見ているだけで 頭から血が下がってしまう。きっと、この場でジーンズにセーター ・フォークソングを淡々と歌う方が、目立ってしまうだろうが。  何故そこまで… どうやら、いつもライブで見慣れている圭太も、 作者と同じ考えらしい。  だが、明らかに潤一郎はタテノリ状態である。  POが飛ぶ。  メンバーも飛ぶ。  グルーピーも飛ぶ。  潤一郎も飛ぶ。  だが、圭太は飛ばなかった。  いつもなら彼もノリノリだが、先程、潤一郎から一発プレゼント されたボディブローが効いているからだ。  そんな圭太を面白く感じたのか… 「ねえねえ、そこの彼氏ぃ! 「おめえらみんないっちまえ!!  地面に根ぇはっちゃってさ!  野郎もねーちゃんもやっちまえ!!  どしたの!?」  もう一発いくぜ!!」  POの声でかき消されつつあったが、確かに女の子の声が聞こえ た。  圭太が振り向くと、面識のない女の子。  やたらとソバージュのかかった、どこから見てもメタルの残党で ある彼女。一人でにやにや笑っている。 「ねえねえ、となりの彼氏、友達?」  悪くない。  圭太は素直にそう思った。  それだけでご理解頂けるはずである。  男って、そんなもんだ。 「まあね。紹介するよ。おい、じゅん!」 「何だよっるせえな…あ! もうお前女の子ひっかけたのかよ?」 「お前とは違うんだよ、じゅん!?」 「フライングだぜ!? ま、しゃあねえなあ。一人でもひっかけりゃ…」  じゅんの態度に、女の子はむっとした顔で迫る。 「ちょっと失礼じゃない? ひっかけたのはあたしの方だよ!」 「うん! うん! ひっかかっちゃう、俺達!」  潤一郎もすっかり男の子である。  タテノリパンク熱血硬派はどこへやら… 「じゃあさあ、どっかでお茶しない?」  女の子は、手で汗を拭いながら二人を誘う。 「うんうん!! お茶お茶!!」 「はいはい。お茶ね」  手放しに喜ぶ潤一郎と、何処か冷めた雰囲気の圭太。  対照的な二人を面白く感じたのだろう。  女の子は喜び勇んでライブハウスKAZAMIを出る。 「ルークルークだけで終わっちまったか… 今日のチケット代は、 高くついたな…」 「何言ってんだ、圭太? あんな娘ひっかけられたんだぞ? 今日 のチケットは安い!!」  何だかんだと言いながら、二人もライブハウスKAZAMIを後 にする。 「おい、圭太? お前、今いくらもってる?」 「3000円。じゅん、お前は?」 「5000円。俺の勝ち!」  くだらない世間話等しながら、何も気に留めず女の子の後を追っ て入った店は、静かな大人の雰囲気を醸し出すバーだった。  彼女の行きつけの店らしい。 「パパ、ダルマね?」  カウンターに腰掛けると、さっさと安目のウィスキーを注文する。 「どうしたの? 座りなよ?」  二人は緊張していた。  お茶するといえば、普通は喫茶店である。  それが、一般大衆向けであることはわかるが、喫茶店では済まな い程財布の中身を奪われる場所である。  3000円、5000円…  彼らにとっては今晩の大切な軍資金。  そう簡単に減らしてたまるものか。 「じゃ、俺達これで…」  かわいいぼく達は、さっさと店を出た。  せっかく驕ってあげようと思ったのに…  もう一歩足を踏み出して椅子に座れば、彼女からお酒を振る舞っ てもらえたとは、あの二人には到底想像出来なかったのだろう。 「先立つものは金、だよな、やっぱ…」  通りを歩きながら、不景気きわまりない表情でぼやく潤一郎。  さらに不景気な割に、圭太の方は意外とあっさり。 「そういうなよ。俺達高校生だぜ?」 「バイト出来ないってか? もう我慢出来ねえよ。やっぱバイトだ ぜ! やるっきゃねえよ!!」  どうしてそこまでこだわるんだ?  圭太にしてみれば、このお金への執念は呆れるものらしい。 「勝手にやれよ。でも、俺は誘うなよ」 「何でだよ? お前も家でこき使われるよりはいいじゃんか!?」 「じゅん、俺が校則破るの嫌いっての、わかるだろ?」  潤一郎、にやりと笑うと一言。 「破ってるくせに…」 「今日のはお前が誘ったんじゃねえか?」 「誘われたって何だってよお。破ったもんは破ったんだよ!」  痛いところをつかれた。 「ああっ!! カラオケだ、カラオケ行こう!」 「あ、圭太、ごまかすんじゃねえよ!?」 「ざんざーざんざとなみのりこえてー」  男詩。圭太の十八番である。 「ったく。ライブのテンションがみるみる下がるぜ…」  カラオケに来るといつもこの曲から始まるのである。 「あのなあ、お前も成長ってもんを知らねえなあ…」 「ふねはーよー… うるさい! サビで邪魔すんな!」 「へえへえ。勝手にどうぞ」 「圭太、テトリスやろうぜ、テトリス!」  ゲームセンターに顔を出したのは午後10時を回ってからだった。 「お前さあ、他にもたくさんゲームあるだろ? いつもそれじゃん か」 「うるせえ。圭太こそ、ちったあゲーム出来るようになったのかよ? 「ちっとも」 「んなこったから、女にもてねえんだぞ? 100円が勝負だから な」 「そうか…?」 「お前も見てないで、やったらどうだ?」  ちょっと歩いて郊外まで足を伸ばすと、圭太の行き着けのバッティ ングセンターにたどり着く。 「俺は体育会系じゃねえの。勝手にやってろよ… 嘘? あの娘、 結構いいじゃん!?」  圭太から見てずっと向こうのボックスでバットを握る女の子を、 潤一郎はかわいいと判断したらしい。 「おい、何処行くんだよ、じゅん!?」  目で追いながらも、ピッチングマシンからの球を打ち返すところ は、野球小僧の面目躍如だった。  金属バットの快音も圭太の制止も、潤一郎の耳には入らない。  県道沿いのパチンコ店は潤一郎の行き着け。 「圭太も、金になること身につけとかなきゃなあ」  店員と顔馴染みだから、安心して勝負出来るというものだ。 「さっきはバイトがどうこう言ってなかったっけ?」 「パチンコするにも元手がいるだろうが? それをバイトで稼ぐん だよ。んなこともわかんねえのかよ?」  やはり圭太は呆れ顔。 「ま、いつものことだけどなあ」 「君、いつも見てるだけだねえ。たまにはストレス発散にやってみ たら?」  高校生とわかっててそんな会話をしてくる店員を、いつもながら これまた呆れた顔で眺めるしか、圭太がここで出来ることはなかっ た。  レンタルビデオ屋に寄った圭太は、「ジャイアンツ栄光の軌跡」 というタイトルのビデオを借りた。 「もう、4回目だろ? いい加減見飽きたんじゃねえのか?」  あるコーナーでうろうろしていた潤一郎がぼやく。 「そんなことねえよ。何度見てもいいもんはいいんだよ」 「偉そうなこと言うんだったら、そのレンタル料を返してからにす るんだな? 誰が稼いだ金だと思ってんだ?」 「パチンコで出来たあぶく銭のくせに…」 「よし、次行こう」  どうやら、今うろついていたコーナーに関係するところへ行こう としているらしい。 「俺達大学生なんだよ。見りゃあわかるだろ!?」  嫌がる圭太を無理に引っ張って、ポルノ映画館に入る潤一郎。 「やめろよ、じゅん! やめろっての!!」 「お前今まで見たことねえだろ? 金は俺が出してやるから、ちゃ んと見てけよ!?」 「やめろってんだよ!!」  顔を真っ赤にする圭太を見て、明らかに潤一郎は面白がっていた。 「なあ、じゅん?」 「ああ?」  一通り遊んだ挙げ句、一銭も無くなって行くあても思い付かなく なった二人は、潤一郎の家の近所にある河原に座っていた。  圭太の家からも遠くない。  幼馴染みの二人は、何かあるとここに来ていた。  自転車に乗る練習、凧あげ、プロレスごっこ、運動会のリレーの 練習…  二人のお気に入りの場所である。 「ちょっと寒いな」 「こんなもんだろ、圭太?」  小さな川だが、河原は雑草が繁っていて座り心地がいい。  圭太はおもむろに、近くの石を手にすると川面に投げた。 「何か俺達、こんなとこで川面に石なんか投げちゃってよお。青春 ドラマの一ページみたいだぜ?」 「ちゃかすなよ、じゅん。でも…」  投げた石が何回川面ではねたかは、あたりが暗くてよく見えない が、音でわかる。  静かな郊外だった。 「おっ? やっぱ野球部あがりはうまいな!?」 「まあな。だけど…」 「何だよ、言いたいことがあるんなら、さっさと言えよ? 俺と、 真面目な話がしたいんだろ?」  圭太はもう一度川面に石を投げる。  心なしか、石のはねる音がさみしく聞こえた。 「言いたいこと、あるんだろ? 俺に隠し事が通用するか? まず は黙って聞いててやるから、好きなだけ言いたいこと言えよ?」  何だかんだ言っても、潤一郎はやはり圭太の無二の親友である。  普段は照れくさくて言えないことも、雰囲気さえつくればいつで も語り合えるのだ。 「なあ、じゅん。今日、楽しかったか?」 「はあ?」  黙って聞いてやるって言っただろうが!?  どんな話が出るのかと思えば、いきなり今日楽しかったかどうか の質問である。  拍子抜けした潤一郎だったが、そこはきちんと真面目に話す。 「まあな。俺は楽しかったぜ?」 「本当に楽しかったか?」 「ああ」 「本当か?」 「くどい!」 「あんまり楽しくなかったな、俺は…」 「そうか?」  まだ潤一郎には、親友の胸の内がよく理解出来ていなかった。  だが、焦る必要はない。  必ず圭太は、わかる言葉で思いを伝えてくる。  そんな、言葉にすることもない程当たり前の信頼が、二人の間に あるからだ。 「小学校の時はお前とここで色んな事したよな? 初めて自転車に 乗ったり、キャッチボールでどれだけ遠くに投げられるか試したり、 取っ組み合いの喧嘩したり…」  何か、感傷に浸ってやがるなあ。  潤一郎は半ば呆れながら、それでも親友の話に聞き入る。 「中学に入ったら野球ばっかりやってたよ。嫌いだった先輩達が卒 業した後は、俺はずっと楽しかった。試合にも出たし、それなりに 活躍もしたし」 「で、何が言いてえんだ?」 「やっぱり、高校でも野球部に入るべきだったのかなあ… 俺、今、 毎日が楽しくないんだよなあ。そう、何もかも…」  潤一郎は、思いが頂点まで達したようだ。  思わず口を挟んでしまう。 「けっ、俺より充実した生活送ってる奴が、よく言うぜ?」 「んなこと、ねえよ。じゅんの方が俺よりも…」 「どこをどう見りゃそうなるんだ? 金無しのペーペーがやること もなくぶらぶらしてるだけじゃねえか」  親友ならではの問答が続く。 「だけど、俺、高校に入ってから、なんてのかなあ、こう、わくわ くするってなこと、ほとんどやってないんだ。部活にも入ってない し、放課後ぶらぶらしてるだけだし、勉強だってさっぱりだし、趣 味なんてのも野球以外には特にないし、挙げ句の果てには自宅謹慎 だぜ? お前としゃべってるのと詩歌にからかわれてるのだけが楽 しいくらいのもんさ。それに、紅葉先輩にふられたし…」  最後は潤一郎に聞こえるか聞こえないかの小声だった。 「贅沢贅沢。そういうのは贅沢だぜ? 俺達もう大人になるんだか らなあ。ドキドキワクワクなんて無くなっていくんだよ。ったく、 お前は昔っからそういうとこがあったもんなあ。熱血してなきゃあ 気が済まないのかよ?」 「だけど、今からでも野球部に入れば…」 「先輩にこき使われるのが気に喰わなくて入らなかったんだろうが? 中学ん時の先輩がいたっけなあ? 今から入ったって無駄無駄。そ れに、部活にこだわる必要なんてないだろ? バイトだってバンド だって、他にいくらでも楽しいものがあるだろ?」 「そうだけど… 気に入らないって言って部活から逃げるのもなあ…」 「どうして、お前はいつも正攻法でしか物事考えられないんだ?  じゃあ、いっそのこと、自分で部活つくってみるってのはどうだ?」  気楽に言った潤一郎の一言だった。  だが、その一言が圭太に、まるで竜巻で一度上空に持ち上げられ てから自由落下で身体が地面に叩きつけられた程の衝撃を与えた。 「そうか…!」  圭太が今日一番楽しく感じられた瞬間だった。  雨が降り出したことも気にならないくらいに…